第27話 ありふれた風景
水の方位と思われる場所にはきっと祭事の跡があるだろう。そんな確信に似た物を二人は感じていた。
「行ってみるか?」
川崎がそう提案してきた。
「水の方位に?」
「ああ……」
「やばい気がするんだが……」
「そうしないと豊平が拐われた理由が分からないと思うぞ?」
「……」
敦は決めかねていた。理由が分かったとしても解決方法が分かるとは限らないからだ。
川崎は水の方位と思われる方向を睨みつけている。
「……」
「……」
二人で黙り込んでいると物音が聞こえ始めた。
ずずぅーーー、ペタッ
森の奥から人が足を引きずって歩いてるような音だ。
「!」
「!」
二人は慌てて森の奥をライトで照らしたが何も見えない。
元々は手元を照らすためのライトなので光量は期待出来ない。無いよりはマシという程度だ。
だが、ライトを向けたことで音は止んだように思えた。今は風が森の葉をこすり合わせる音しか聞こえない。
「誰か歩いていたよな……」
「ああ……」
「気のせいか?」
「……」
二人は顔を見合わせた。
ずずぅーーー、ペタッ
ずずぅーーー、ペタッ
二人の不安を予見していたかのように音はまた聞こえ始めた。平らな床の上を何か重い物を引きずっているような感じがする。
だが、音がしているのは森の中であるはずだ。普通に考えるとガサガサっと音がするように思えるからであった。
「また煤男みたいなのが森から出て来ようとしているんじゃないか……」
敦の額から汗が頬を伝ってくるのを感じていた。異質な音に恐怖を感じているのだ。
「くそ、シャレにならねぇよ……」
川崎がボソリと呟く。恐怖を感じているのは川崎も同じらしい。
「は、早く車の所まで逃げようぜ!」
「いや、豊平が逃げて来たのかもしれねぇだろ……」
「でも、音がする方角が絶対に違う」
「く……」
川崎が迷ってしまった。彼にしては珍しい。いつもなら敦の言うことなど聞かずに行動するからだ。
すると、ガサガサっと音がしたかと思うと一頭の猪が出てきた。
「へ?」
「猪だったのか?」
虚を突かれたのか一瞬固まってしまった。煤男のような怪異が現れるのかと思っていたら猪であったからだ。
川崎は携帯ライトを猪が現れた森の方に向けた。
「一頭だけじゃないみたいだな……」
一頭だけで無いことは直ぐに解った。現れた猪の後ろには携帯ライトの光を反射する目がある事に気が付いたのだ。
それも無数にだ。光る眼が森の中まで広がっている。
「拙い……」
「あの数はヤバイだろう」
敦と川崎はジリジリと後退した。いきなり走り出すと猪が追いかけて来る恐れがあったからだ。
「背中を見せるなよ……」
背中を見せてはイケナイのは熊相手の場合だが、適切なアドバイスをくれる豊平が居ないので誤解したままであった。
だが、急に走り出したら駄目なのは一緒だ。動物たちは相手の急な行動は脅威と認識して襲って来るのだ。
「分かってる……」
しかし、猪たちは元の場所から微動だにしなかった。立ち止まったまま二人の挙動を見ているだけであった。
(水の方位に誘導してるんだろうな……)
敦がそう考えていた。川崎もきっと同じことを考えているのだろう。黙ったままであった。
「もう、大丈夫かな……」
大分歩いた頃に川崎が言った。猪たちは藪に遮られて見えなくなった。
「ああ、水の方位に着いたみたいだしな……」
敦が前を向いて辺りを照らすと、白いビニール紐が木からぶら下がっているのが見えていた。
「何があるって言うんだ?」
川崎が目の前にあった白いビニール紐を引っ張った。すると、白いビニール紐はスルリと抜け落ちてきた。
それが地面に着くか着かないかといった瞬間に風景が変わった。
公園だ。
公園と言っても都会に有るような樹々が生い茂るオシャレな自然公園ではなく、住宅街の中にあるような遊具が置いてあるごく普通の児童公園だ。
「え?」
「え!」
猪に追いかけられて森の中に入ったのに、風景が公園に変化してしまっているのだ。
(なんだ?)
唐突のありふれた風景を目の当たりにした敦は面食らってしまった。山の中にいきなり現れるような施設ではないからだ。
公園内は不自然なくらいに手入れされているらしく、雑草などは僅かにしか生えていなかった。公園の端を示すかのような生け垣を堺に森が壁のように生い茂っている。敦はその光景に違和感を覚えてしまっていた。
(デジャヴュ?)
先程の子供の国分が現れた時の事を思い出していた。あの時もいきなり風景が変化した。
「これってお前が言っていた国分が現れたって奴なのか?」
川崎が尋ねて来た。先ほどと違うのは川崎が目の前に居て二人共同じ光景を見ている点だ。何故なのかは分からない。
「ああ、そうかも知れない、俺が見たのは公園じゃないけどな……」
国分が現れた時に敦に見えていたのは廃病院の風景だった。今にも子供が遊びにやってきそうな公園では無い。
「また、国分が現れるのか……」
「分からん……」
「廃病院は何処に消えたんだ?」
敦と川崎は見廻して廃病院を探したが見つからなかった。あんなデカイ建物が消えるなどありえないはずなのにだ。
「くそっ、元の道も分からなくなっちまってる……」
振り返っても森があるだけだ。公園に来る前は二人は藪の中の獣道を歩いていたはずだった。それどころか公園の出入り口がパッと見には判別できなかった。公園の端が森と一体化しているような感じがあるのだ。
「?」
目の端に何かが動いているような気がした。そちらを見ると無人のブランコが揺れているのが見えた。
三メートルくらいの櫓に、金属製の鎖でぶら下がってる公園などで見かける普通にあるタイプだ。二組ある内の片方が揺れていた。
(風で揺れている?)
敦はちょっと周りを見回した。草や木々を見たが風が吹いているような様子は無かった。
それに、小さく揺れているのでは無く、誰かが漕いでいるような揺れ方をしている感じがしたのだ。
ぎいっぎいっとブランコに揺れに合わせて軋む音が聞こえてくる。
(誰かがブランコに居るのか?)
しかし、ブランコは無人のままであった。
敦がブランコの方に顔を向けていると川崎がブランコを指差しながら言った。
「影を見る限りは誰かが乗っているみたいなだ……」
確かに揺れるブランコの影には子供ぐらい人間の影が写っていた。だが、ブランコの上には誰もいないのだ。
「国分なのか?」
敦がそう尋ねると影はスゥーッと消えていった。掻き消すように霧散していったが正しいのかもしれない。
(また、何処かに現れるのか……)
敦はジャングルジムやシーソーの影の中に国分を探そうとした。しかし、何処にもいなかった。砂場には誰かが忘れていった玩具が放置されたままであった。
(影が何処にも無いな……)
そもそも、影が出来ていないのだ。それは陽の光が四方八方からやって来ているせいだ。
(何故、ブランコにだけ影が有ったんだ?)
空を仰ぎ見たが曇り空なのか太陽は見えない。真っ白いペンキを空にぶちまけたような色であった。パンダを模したベンチが敦に微笑みかけてきていた。
(誰かが居たから影が有ったのかもしれない……なら、ブランコがまだ暖かいかもしれない……)
それを確かめようと敦がブランコに向かって一歩踏み出そうとした。ブランコはまだ揺れている。ひょっとしたら自分に見えないだけなのかも知れない。国分には尋ねたいことが沢山あるのだ。
「おい、アレは何だ?」
突然、川崎が敦に聞いてきた。
「え?」
驚いて敦が川崎を見ると、彼は公園の真ん中辺りを指差している。
そちらを見てみると木製の扉が忽然と現れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます