第25話 彷徨う怪異
二人は廃病院に目掛けて全力で走っていた。廃病院は廃病院で問題が有るのだが、今は目の前の怪現象から逃げなださないと、どうしようもないからだ。
辺りは闇が降りてきていて真っ暗になっている。山の夜は早いのだ。そんな中を二人は走っていた。
足元など禄に見えないが、獣道が続いているので間違えようがない。
藪の中を携帯ライトの光がめちゃくちゃに振り回されながら走っていた。
「ちょっと待ってくれ…… 息が続かない……」
「そうだな……」
ニ人は後少しで廃病院という所で一息付いていた。両名ともに肩で息をしている。全力疾走など最近していなかったに違いない。
前を見ると廃病院の病棟が暗くなりつつある空を背景に見えていた。空は赤から薄紫色に変化している。
星たちが瞬き出すのを待っているかのようだ。
「くそっ、とうとう夜になるな……」
「ああ、早く車まで辿り着かないと厄介な事になってしまう」
暗闇に包まれ山の中では遭難しやすい。それでは豊平の救出も覚束ない事になってしまう。
「厄介事は既に起きているけどな」
「ああ、まったく……」
「あれは何だと思う?」
敦は崖で見た長い手の妖怪の事を考えていた。
「異世界に紛れ込んでしまったんだろう」
「異世界?」
「ああ、山ではこちらの世界とあちらの世界とが繋がっている事があるらしい」
「いや、聞いたことが無いし……」
SF小説などで平行世界或いはパラレルワールドと言われる話だ。そこに迷い込んだとか帰還してきたとかの都市伝説が囁かれたりしている。
「まあ、都市伝説だよ」
「この世とは違う世界が有って、そこと重なっている時が在るとか?」
「そう、黄昏時って言うだろ」
「あれって薄暗くて相手が見えづらいから、お前は誰だって意味じゃなかったっけ……」
「あの世と繋がっている時間とも取れるんだ」
「そうか……」
「だから我々とは違うモノがこっちの世界に紛れ込み安くなるのさ」
「俺たちはこっちの世界の住人だよな?」
実を言うと敦には異世界と言うか平行世界の経験かもという体験がある。
敦は子供の頃に今とは違う場所にある家に住んでいた。海が見える丘に建つ白い家だった。幼稚園に通うくらいの記憶だと思っている。
その時には弟はまだ産まれて居らず、両親と姉と自分の四人で暮らしていた。
とある日の深夜。隣りの家で火事が発生し、貰い火に巻き込まれて全焼してしまった。深夜だった事もあり姉は帰らぬ人になった。
ところが両親にはそんな家は知らないと言われた。『貴方に姉など居ないし、兄弟は弟だけだよ』と言われたのだ。
だが、姉が生きていた時には良く遊んでもらった記憶がある。抱っこされて夕焼けを眺めていた記憶もある。
不思議なのは、そこまで姉の記憶があるのに、姉の顔を思い出せない事だ。顔に真っ白いモヤみたいなのが掛かってハッキリとしないのだ。
だから自分はこの世界の住人では無く、違う世界から迷い込んでしまったのではないかとも考え事もあった。
これは他人に話した事が無い。変に思われるのも嫌だったからだ。
「……どうだろうね……」
何だか答えが見えづらい状況になっているようだ。分かっていることは豊平が誰かに連れ去られた事。そして、相手は自分たちとは違う存在であるかも知れないという事だ。
とりあえずは自分たちではどうにも成らないという事は分かった。
「とにかく豊平の事をどうにかしてあげないと……」
「そうだな…… とにかく警察に電話して助けてもらおう」
「……」
「素人の俺たちには何も出来ないだろう?」
「ああ……」
「だから、警察に任せるのが良いんだよ」
「それが一番良いな……」
敦が歩き出そうとした時に、ふと病棟の方に目をやった。普通なら建物があるなとボンヤリ見える程度のはずだ。
だが、なぜか病棟の窓ガラスに、黒く蠢くものがはっきり見えた。ぐるぐると回転している様だった。
(ん?)
普通なら夕闇の中で黒い物など見える訳が無いはずなのに不思議に感じた。
(何だろう……)
敦が思っていると、蠢く黒い物は窓から湧き出した。まるで火事の時に湧き出る真っ黒い煤のような感じでだ。窓にはガラスが嵌められているはずなのに何故湧き出すのか理解出来ない。
ただ、火事の時に見かける煤と違うのは、その黒い物は地面に溜まり出しているように見えたのだった。泥流が堤から漏れて溜まっていく感じであった。
(また、怪異なのか……)
ハッキリと異物が存在しているのが分かる。敦は足が竦んでしまった。それは未知の物に対する反応だ。
「アレ何だよ!」
「え?」
敦の声に反応した川崎は始めて黒い物に気が付いたようだ。
「煤みたいなのがやって来る!」
やがて煤は人の形を作りだした。ただ、人と違うのは目にあたる部分に煤が渦巻いているのだ。
二人が見つめていた僅かな時間で煤は大きくなり人の形となってしまった。
「煤男?」
人の形になっただけで根拠は無い。だが、何となく男だと敦には思えた。なので、そんな一言が漏れ出たらしかった。
煤は人のように歩き始めた。ズンと足音が響いているような気がする。それほどしっかりとした足取りであった。
「逃げろ」
「やばい、やばい……」
どう考えてもまともな物とは思えない。逃げ出そうと二人はアタフタと走り出した。
だが、大事な所でミスをするのは敦の性であった。慌てた敦は自分の足に躓いて転んでしまったのだ。疲れが溜まり始めているらしい。
「大丈夫か?」
心配して立ち止まった川崎が声をかけてきた。手を貸そうとしてきたが、それよりも早く立ち上がろうとした。
「……」
敦が返事をしようとした時。敦は森の中にいる者と目があった。灰色の帽子を被り、マスクをしているのは直ぐに気が付いた。灰色帽子の下からは白髪が見えていた。どうやら中年ぐらいの歳のようだ。
そして、中年男性と思われるそいつは四つん這いになったまま敦たちを見つめている。
「こ、コッチにも居る!」
「え?」
「四つん這いの男が居るんだよ!」
敦が四つん這い男を指差した。
「なんてこったい……」
川崎も四つん這いの男に気が付いたようだった。彼は煤男と四つん這い男を見比べていた。
どちらの方が脅威が大きいのかを推し量っているのだ。
四つん這いになった男は、四つん這いのままで両手足を動かし始めた。まるで蜘蛛のようだと敦は思った。
「お、追いかけて来る!」
追いかけてこようとしているのだと、手足を動かし始めた四つん這い男を見て敦はそう考えてしまった。
敦たちは前後を怪異に挟まれてしまった形だ。逃げ場が無い。
「くそっ、コッチだ!」
川崎が煤男を回り込むように建物の反対側を目指し始めた。幸い、煤男は素早く動けないようであった。敦たちの動きを顔だけ追いかける程度だ。横を通り抜けるのに支障は無かった。
だが、振り向くと煤男は敦たちの後を追いかけようと向きを変えている最中であった。
また、四つん這い男はカサカサと山の中に逃げて行くのも見えた。その様子を見た限りでは四つん這い男は煤男の仲間ではなかったらしい。
「四つん這い男は山に逃げたぞ」
「煤男は追いかけてくるんじゃねぇか?」
「俺には分からん! 後ろ振り返ると呪われる気がする」
「何なんだ! この廃病院は!!」
次から次へと怪異が自分たちを襲ってくる。川崎もいい加減に辟易しているらしい。
吐き捨てるように叫んでいた。敦もそう感じていた。
「くそっ気持ち悪いな!」
幽霊を見た怖さというより、気持ち悪い昆虫を見たときの怖さに近い感じが残っている。
二人とも怨嗟の声を上げながら建物の反対側に向かっていってしまった。
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