第18話 足跡の存在

 電気室を出た三人は向いにあるリネン室に入ってみた。

 ここは人の出入りが多いせいなのか扉は付いておらず開口部が有るだけだ。普通は間仕切りとかがありそうなものだ。


「ふむ、洗い終わったシーツとか畳まれて置かれているだけか……」


 大型の洗濯機がニ台鎮座している。その横には乾燥機だ。中には洗う順番を待つシーツが放り込まれたままであった。


「そう言えばリネン室の夢を見たことがあったな……」


 敦が思い出すように言った。


「どんな夢?」


 豊平が尋ねてきたので敦が話を始めた。

 何処かの地方都市に旅行に行き地元の旅館に宿泊した。喉が乾いたのでジュースでも買おうと、エレベータのボタンを押すがエレベーターは動く気配が無かった。どこかの階で止まったままのようだった。

 仕方がないので階段で降りようとしたが、今度は階段が見つからない。古い旅館特有の増築に次ぐ増築で建物の内部が複雑になっているのだ。

 何度か薄暗い廊下で探していると、奥まった場所に目立たないが薄汚れた白い扉があった。何となく階段だろうと思い扉を開けてみた。

 すると扉の中は薄す暗くて良く見えなかった。だが、空気が流れる感じだったので奥に階段があるだろうと中に入ってみた。


 中に入り暗さに目が慣れてくると、大きな白い袋が積み上げられているのが分かった。奥の方にも同じような袋が積み上げられている。どうやらリネン室に入ってしまったらしい。なので、シーツなどを入れるリネン袋なのだろうとその時は考えたのだった。

 下に降りる階段では無いと分かったので、引き返そうとした時にふと袋の異様さに気が付いた。

 パンパンに全体が膨らむのではなく、いびつに突起があったり丸みを帯びた形状になってたりしている。中に入っている物がシーツの類で在るのならこうはならないはずだ。

 嫌な予感がしたので、今度こそ引き返そうと扉に手を掛けると低くかすれた音が聞こえてきた。それは喉の奥から漏れ出るような『うううぅぅぅ……』という声だ。音がした袋をジッと見ると、袋のシワがズルズルと蠢いたのであった。


「そこで目が覚めたのよ」

「それって違う意味で怖い話じゃないか」

「本当に夢なのか?」

「うん、やけにリアルだな」

「いやいや、夢だって大学とバイトが忙しくて旅行してる暇無かったし……」


 敦の夢に川崎と豊平が感心したように言っていた。敦が怖い夢の話をするのが珍しかったのもあった。

 そんな話をしながらも三人は室内を見ていた。沈黙したまま探検をするのが嫌だったのだろう。


「隣も似たような感じの部屋だね…… 奥に何か有るぞ?」


 最初に入ったリネン室の隣も、似たような構造であったが奥に扉が見えていた。


「洗剤とか漂白剤とかを格納しておく倉庫じゃないか?」


 扉にはこれといったプレートは貼られていない。この部屋の入り口上には『洗濯スペース』と書かれた札が貼ってあった。


「下手に表示すると私用で使うやつがいるんだろ」


 川崎はそういうと奥の扉を徐に開け放った。

 

「なんか…… 想像していたのと違うな……」


 敦は洗剤や漂白剤が棚に並んでいるのを想像していた。だが、扉の中には下に続く階段あった。

 コンクリートの階段が下に続いているのが見えていた。もちろん階段の下に何があるかは分からない。


「……」

「……」

「……」


 階段の扉を開けた瞬間から周辺に変な空気が漂い始めたような気がして三人共黙ってしまった。

 すると、豊平が床に落ちていたビー玉ほどの石を投げ込んだ。石はかつんかつーんと乾いた音を立てながら落ちていった。しばらく落ちたあとそこで音は止まった。下に着いたのであろう。


「降りてみるか……」

「おうっ!」

「ちょ……」


 敦が反対するよりも早く川崎と豊平は下に降り始めてしまった。


(もう、こいつらってば……)


 敦は渋々と従って降りていった。

 扉を開けて中に入ると、そこには先が真っ暗でよく見えない階段が続いていた。携帯ライトでは照らしても奥まで届かないようだ。

 そんな中を三人は階段を降りていく。


「そう言えば山奥に廃墟になった病院があるって噂話を聞いた事があるな……」


 気を紛らわすためなのか川崎が話を始めた。


「それってここの事か?」

「聞いた話だと倒産した薬品メーカーのお抱え病院って事だ」

「じゃあ、違うんじゃね?」

「うん、ここは精神病院みたいだしね」


 学生たちが怖いもの話の一つとして良く語られる都市伝説の類であろう。


「何でそこは廃墟になったの?」

「死者が相次いだので廃院になったらしいんだ」

「死人が出るから廃病院にはならないだろ」

「ある意味、死が一番身近ななのが病院だからね」


 病院と言われると確かそうだが、どちらかと言うと葬儀場じゃないかと敦には思えたが黙っていた。

 以前の敦であれば口にしてしまって、話の腰を折って嫌われていたものだ。彼も大学で学んだのであろう。


「入院していた患者と、死んだ患者の数が合わない事があったらしい」

「だから、何か極秘の試験に患者を使ったんじゃないのかって言われてたらしい」

「全部らしい、らしいばっかじゃん」


 三人は自分の持つ携帯ライトで廊下のアチコチを照らし出し、その照り返しが三人の顔を暗闇の中に浮かび上がらせていた。

 屋内なので風も吹いてこない。初夏のせいなのか少し蒸し暑いかなと思える程度だ。


「……馬鹿らしい?」

「あははは」

「なんだ。 それ……」


 三人並んで歩いていたが、豊平の話を聞きながら全員で爆笑してしまった。

 不意に階段が終わった。照らすと引き扉があった。

 川崎が手を掛けて少しだけ動かした。


「ここ開くっぽいぞ」


 扉を開けると二十畳程の広い部屋があった。

 そして、部屋の中央には机が一つポツンとあり、その上には三体の日本人形が鎮座していた。

 机の前には、何故かぼろぼろの座布団が一枚だけ置かれいた。


「雰囲気出してるな」

「いいねぇー、盛り上がるじゃねぇか」

「……」


 そう言いながら全員で笑い合っていた。

 部屋の中を携帯ライトで照らしたが、机以外に置かれているものは無かった。そして、床には赤い絨毯みたいなのがひかれていた。

 ぐるりと照らしてみると、ここが大きな地下室であることが分かった。床も壁も階段と同じコンクリートで出来ているらしかった。


「何もないじゃん」

「窓も無いし何の部屋なんだ?」


 室内は壁も天井も真っ白で窓らしきものが何処にも無かった。


「天井が高い……」


 天井は高さが普通の部屋の倍以上で六メートル程はある事になる。二階分ぐらいだろう。

 試験とか実験とかに使うと思われたが、器具を搬入させる手段が狭い階段だけだ。部屋の用途が不明すぎる。


「まるでまだ使われてる部屋みたいだな……」


 誰かがそう呟いた。机の上を見ると埃が無かったのだ。誰かが掃除をしたかのようだ。


(ここ…… ヤバイ気がする……)


 敦の本能がそう告げていた。

 さほど空気の対流が無いのか澱んでいる感じがしている。


「何も無いのに嫌な感じがする部屋だな……」

「何であそこにあるんだ?」


 部屋のアチコチを照らしていた豊平がポツンと言った。


「え?」


 その言葉に釣られて皆が天井を見上げると、天井の真中あたりに唐突に三つの足跡があった。


(さっき見た時には無かったよな……)


 誰かが天井を歩いたような感じで黒めの靴跡が付いていた。


「あんな所を歩くなんて器用な奴だな」

「お前には無理だよ」

「いや、気合いを入れれば歩けるっしょ」

「わははは……」


 そんな事を言って全員で笑っていた。


「でも、誰が付けたんだ?」

「ああ、四つも付けるなんて大変だったろうにな……」

(え? 四つ??)


 敦が奇妙な事に気が付いた。


(俺が見た時には三つだったはず……)


 もう一度、天井を見上げると確かに四つの足跡が付いている。増えたのだ。

 たった今。


(え? 新しい足跡が出来始めている??)


 三人が不思議そうに天井を見詰めていると音がした。


ガチャンッ


 地下室のどこかで食器が崩れるような音が響いてきた。

 見ると机の上の日本人形が倒れている。三体ともバラバラの方角に向けて横倒しになっていた。


「え?」


 その瞬間。空気が変わったのを一同は感じた。

 もうそうなったら息をするのも憚る(はばかる)くらいの緊張感が全員から漂っていた。

 三人とも謎の原因を探ろうと携帯ライトをアチラコチラに向けていた。


「なあ…… あれってさ……」


 豊平がそう言いかけた時。全員の携帯ライトが消えた。


「あっ!」

「なんだよ……」

「ちょっとビビっちまった」

「ちょっとか?」

「少し漏れた……」

「実の方?」

「ガスの方」

「やめい!」

「やっぱし、安もんは駄目だな……」


 そんな事を言っていると、川崎の携帯ライトが直ぐに復活した。


「ふふふ、家電品は高くても国産に限るぜ」


 川崎の携帯ライトが復活した後で、豊平と敦の携帯ライトが点灯した。


「でも、国産といっても中身は外国で作ってるけどな」

「バッテリーの接続不良かな……」

「うっかりスイッチに触ったんだろ」


 そんなことを三人で言い合っていると豊平が静かな事に気が付いた。


「どうした?」

「ここって…… こんなに奥行深かったっけ?」


 豊平は携帯ライトで部屋の中を照らしていた。しかし、光は向かい側にあるはずの壁を照らすだけでなく虚しく吸い込まれて行くようだった。

 確か、二十畳程度の大きさなので奥行きは五メートル程度だったと記憶していた。なのに光が届いていないのだ。


「……」

「……」

「……」


 黒い。光すら吸い込むような暗さだ。三人は暫し唖然として部屋の中を携帯ライトで照らしだしていた。


「上に戻るか……」

「ああ、そうしよう」

「賛成……」


 三人は無駄であると思っているが、そーっと音を立てずに出入り口に向かって後ずさりしていった。


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