第19話 目に見えない奴
三人は出口に辿り着き、直ぐに外に出て階段を駆け上がっていった。携帯のライトが激しい勢いで揺れ、壁や床や天井をデタラメに照らし出す。
「なんなんだ、あの部屋は……」
「訳分かんねぇ」
「やべぇよ」
そんな事を喚きながら駆け上がった。
元のリネン室に出た時には息が上がってしまい、三人共肩で息をしているような状態であった。
「あのさ……」
川崎が最初に口を開いた。
「どうした?」
「あの部屋に赤いカーペットが敷かれていたじゃん?」
「ああ」
「お前たちが天井に見とれている時に、ふとカーペットを見たんだよ」
「うん」
「……」
どうやら川崎は敦と豊平が天井の足跡に気を取られている時に違う方を見ていたらしかった。
「カーペットの生地がさ、ポコンって感じで凹んでいったんだよ」
「凹んでいくって?」
「言葉の通りよ。 そっから凹みがこちらに向かって来たんだ」
敦は川崎の話に聞き入っていた。
「その凹みが、俺の方に近づいて来るんだよ」
「歩いているみたいに?」
「そして俺の側に来たらカーペットの凹みが無くなっていくのが見えたんだよ」
「カーペットだから音はしないのか……」
「全部無くなったなって思った瞬間に、俺の肩の上あたりが急に重くなったんだよ」
「それって……」
「すると透明人間みたいなのが川崎の肩に乗っかって来たってこと?」
「たぶんな……」
「何で黙ってたんだよ!」
「その時に言うとお前らが怖がると思ってさ」
「そうだけど……」
「……」
「パニックになると拙いだろ」
「うん……」
「幽霊かな?」
「そんなもん居ないだろ」
「じゃあ、あの天井の足跡はなんなんだよ」
「……」
「……」
「……」
三人は訳の分からなさに沈黙してしまった。
すると背後から、突如として何か人の視線のようなものを感じた。敦が驚いて振り返ったが誰もいなかった。
「どうした?」
豊平が敦に聞いてきた。
「いや、何か人の視線みたいなもんを感じた……」
「ああ、俺も建物入ってからずっと感じている」
豊平は何も感じないようだったが川崎は気づいていたようであった。
「神経が過剰に反応してるのかなと思ってたんだけどな」
「そうか?」
反対に豊平は何も感じていないようであった。
敦は、どうも自分の顔より下の位置から、じっと誰かに見られているような気がしてならなかった。
まるで自分の側に小さな子供が立っていて、その子供が自分の顔を見上げているような気がしたのだ。
敦がゆっくりと視線を下に下ろした。だが、そこにはやはり誰もいなかった。
しかし、一瞬だけ誰かと目が合ったような気がしていた。
(誰か目に見えない奴が居る……)
誰かと目が合い顔を覗き込まれている気がするのだ。敦はぞくぞくと寒気を感じ、額から冷や汗が一筋垂れた。
そのまま敦は焦りと緊張で微動だにできず、硬直したまま時間だけが過ぎていった。
豊平と川崎はライトを振り回して辺りを見ているが、敦が感じているような気配は無いようだった。
(まいったな……)
すると、急に今まで感じていた視線を感じなくなり、目の前にあった人の気配も消えた気がした。
それに釣られて敦の緊張も、だんだんとほぐれていった。
(なんなんだ……)
敦は気配の事を考えながら、ボンヤリと足元を見つめていると奇妙な事に気が付いた。
「おい、床を見てみろ」
「ん?」
「……」
床にも埃が積もっていて三人の足跡が付いている。敦の目の前には、三人の靴の跡が並んでいたのだが、その間にもう一つ小さめの足跡が有るのに気が付いたのだ。
「もう一つ足跡がある……」
「小さいから子供か女性みたいだな……」
「いやいや、俺たち以外に誰も居ないだろ…… たぶん」
最初は自分が部屋に入って来た時の足跡かと敦は思った。しかし、よく見てみると、その足跡の進行方向は扉から廊下に向かっているのに気が付いた。つまり、これは誰かが自分達よりも先に廊下に出て来た時の足跡なのだ。
(川崎の肩の上の奴?)
敦はそう思った。だが、他の二人は何も言わない。彼らも敦と同じことを考えているらしかった。
三人はリネン室から廊下に出てきた。だが、先に出た豊平が困り顔で呟いた。
「なあ……」
「なんだ」
「この廊下ってこんなに奥行きが有ったっけ?」
「……」
豊平が照らす先は一階に上がる階段を照らしているはずなのにライトは奥まで届いていなかった。
「ちくしょう、さっきの部屋と同じじゃねぇか」
「どうするよ……」
「奥に行くか……」
「いや、上に戻ろう」
敦が言い出すより早く川崎が言い出した。彼のことだから奥に行こうと言うと思っていたのだが以外だった。
「ああ、そうだな」
「想定外の時には原点に戻るが鉄則だろ」
「何だか此処は居心地が悪いし……」
「確かに……」
「……」
三人は一階に戻る事にして階段の方に向かって移動しようとした。
だが、直ぐに足を止めてしまった。
「なんか臭くね?」
「ああ、俺の靴下より粘っこい匂いだな……」
「獣臭だよ……」
豊平が答えた。彼は山登りをするので獣には結構敏感であるのだ。
山には人間と馴染みが薄い獣が多い。鹿・熊・猿・猪などだ。彼らは基本的に人間を避けてくれるが、全部がそうしてくれる訳では無い。
中にはパニックを起こして人間を襲って来る事があるのだ。そういった事態を避けるために豊平は獣臭には警戒するのだった。
「獣って……」
「さっき、ライトを照らした時には何も無かったじゃん」
「人間は自分の見たいものしか見えないように出来てるのさ……」
すると、暗闇の中からカツンカツンと音が聞こえる。コンクリートの床を硬いもので叩くような音だ。それは徐々に大きくなって来る。
それに従って悪臭も強くなってきた。どうやら大型の獣であるらしい。
「何かやってくる!」
「この音は爪が立ててるのか……」
「……」
豊平が廊下の奥をライトで照らすと猪が居た。口には尖そう牙を生やし、目には狂気を宿しているような感じを受けた。そして、ライトで照らし出せれた事で興奮させてしまったようだ。
猪は身を低く構え始めて、今にも此方に突進して来そうだった。たとえ初心者でも猪が何をしようとしているのかぐらいは分かる。
「猪!」
「何でこんな所に居るんだ」
「猪は動くものに反応する。 背を向けずにゆっくりと後ずさりしながリネン室に隠れるぞ」
「あの訳分からん地下に行くのか?」
「いいや、棚の上に上がる」
「どうして?」
「ヤツの視界から消えれば興奮が収まると思うんだ……」
「了解」
三人がゆっくりと後ずさりし始めるのを待っていたかのように猪が突進してきた。
「向かって来るぞ! 真横にジャンプするんだ」
川崎が猪の的になったようだ。彼は豊平の言った通りに横にジャンプした。
「避けるだけじゃダメなのか?」
「猪の牙の高さは人間の太ももぐらいなんだ。 あれに触れられたら大怪我をしちまう」
「だから、高く飛ぶのか!」
「そうだ」
猪は奥の部屋の前まで進んでしまった。だが、反転して向かって来るのは予想できた。
「今のうちに上に行こう!」
「おぅ!」
「……」
ところが三人とも直ぐに立ち止まってしまった。新たな障害物を見つけたのだ。
「ああ、なんてこった……」
「くそ……」
「鍋にして喰っちまうぞ……」
階段に行こうとすると、もう一頭居る事に気が付いたのだ。つまり、三人は前後を猪に挟まれてしまった。
そこに奥に向かった猪が戻ってきた。今度は豊平が的のようだった。蹄がコンクリートを蹴る音が廊下に響いてくる。
「うおっと……」
豊平は難なく猪の突進を避けた。急に方向転換できないのは人間も一緒だが、いつまでもヒラリヒラリと避けてばかりも居られない。
猪は反転して敦に向かって突進をかます気のようだ。
「しょうがない、奥の部屋に逃げ込もう!」
「早く」
「走れ!」
川崎が奥の部屋に向かって走り出した。その後を豊平と敦は追いかけていった。
その三人の後を、猪が蹄の音を響かせながら追いかけていった。
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