第16話 遠叫の言霊
敦たち三人は川崎を先頭にして階段を降りていった。彼はこういう時に先頭に立ちたがる性格なのだろう。
怖いもの知らずの川崎や豊平と違って、敦には階段の先がぽっかりと虚ろな感じで暗くなっている感じに見えて恐怖を覚えていた。
まるで、頭蓋骨の目や口を開けてるような状態に感じていたのだ。
「なんか暗くて雰囲気が出てるな」
「今にも幽霊が出て来そうじゃないか」
「もし、幽霊が出たらどうする?」
「一緒に写メ撮ってもらう」
「ウェーーーイってダブルピースでもするの?」
「いや、一緒にウラメシヤのポーズだな」
「あはははは」
「霊界からきたのコメントも添えてSNSに載せる」
「ちょ!」
川崎と豊平はそんな事を言いながら階段のアチコチを照らし出している。
(コイツら……)
もちろん、敦が怖がりなのを二人は知っている。更に気分を盛り上げようと喋っているのだろう。
(怖いと思うから怖いんだよと川崎は言ってるんだがな……)
人の気配がしないだけで、階段や床に埃っぽい以外は普通の状態だ。
一般的に病院は清潔を保とうとするものだ。潰れてしまったので誰も掃除に来ないのだと敦は推測していた。
怖いと思ってしまうので不気味に思えてしまうのだろう。
(過剰に怖がっても意味が無いのは知っているが……)
敦は二人の後を大人しく付いて行った。
階段を降りきってみるとやはり暗い廊下がある。廊下の両側と奥には部屋に入る扉があった。
「機械室って書かれてるな」
川崎は最初に目についた扉を躊躇すること無く開けた。
これが敦ならそーーーっと薄っすら開けて中の様子を伺ってから出ないと開けることが出来ない。川崎は豪胆な性格なのだ。
「……」
「……」
「……」
扉は施錠されていると思われていたが、そんな事は無くあっさりと開いた。呆気なさに三人とも無言に成ってしまうくらいであった。
「おー、大きめのボイラーが有るな」
部屋の中央に重油燃焼型の蒸気ボイラーが鎮座していた。だが、稼働している様子は無い。この手のボイラーは稼働していると凄い轟音を出すのは知っている。敦たちの衣擦れの音ぐらいしか聞こえないのだ。
蒸気ボイラーとは一言でいえば『デカイヤカン』だ。重油を燃料に水を沸騰させ蒸気を厨房設備やオートクレーブ(高圧蒸気を使う滅菌機器)に供給する。温水は院内の各部署に給水され利用される。それと余った蒸気は室内暖房にも利用されたりする。
「こういう配管を見ると人体解剖図とかを思い出すよな」
「理科室とかにある人形みたいなやつ?」
身体が半分透過するように作られている人形のことだ。身体の仕組みを説明するのに使われたり、学校の七不思議に登場したりする人気者だ。
小学生時分に腕の所に紐を括り付け、授業中に動かして教室をパニックに追い込んだのは内緒だ。
「いや、壁に貼られたりするだろう」
「ああ、人間の血管は総延長約十万キロってやつか」
「そうそう……」
室内はそのボイラーから伸びる配管が、複雑に組み合わさって満たされているようだった。
「会社なんかが入っている普通のビルの機械室とあんまり変わらないな」
三人はぞろぞろと中に入っていった。何か目的が有る訳では無いが見学の一貫だ。
だが、中へ入ると少し変な臭いがしてきた。それは他の2人も気が付いたみたいで顔をしかめていた。
「なんだコレ?」
敦が電源や通信のパネルを見てと、奥の方で豊平が声を上げた。
「んーー?」
川崎と敦の二人りが近づいてみると、配管が壁を抜ける下あたりで豊平がしゃがんで床を見ていた。そこには動物の毛がバサッと落ちていた。
「鹿…… かな?」
それを見た川崎が言った。鹿の毛と言われても敦には分からない。何しろ猫や犬以外の動物と接する機会など無いのだ。
「ここに巣が有ったとか?」
「いや、それだと排泄物の匂いがこもるから直ぐに分かるもんだよ」
「確かにここは臭くは無いな」
三人が鼻をクンクンとさせるが、ちょっと埃っぽい程度であった。
「街中の廃墟だと直ぐにハクビシンなんかが住み着いてドエラく臭くなるのよ」
「その異臭で近所の人が獣の侵入に気が付くらしいね」
「建物の外まで臭うって、どんだけ臭いんだよ」
「俺の靴下よりちょっと臭いぐらい?」
「それは酷いわ」
「ちょっと待て」
「あはははは」
三人はそんな事を話ながら動物の痕跡を探したが見つからなかった。毛の塊だけがポツンとあるのだ。
「人の毛髪とは違っている印象だよね」
川崎が落ちている毛を足でどけてみると、下に血痕らしきものがいくつかあった。赤い点々が数箇所あるのだ。
「血?」
「え? 新しいの?」
「ここで食われたのかな?」
それにしては骨が残っていない。落ちている血の量も少ない。毛の塊が落ちていただけだ。
何より、ここは地下の機械室だ。窓は無いし出入口の扉は閉まっていた。なので、動物が入れたとは思えない。
「おかしいぃな……」
「……」
「退去する時に誰かが捨てて行ったんだろ」
「血は?」
「赤く見えているだけで血とは限らないよ」
「錆びかも知れないしね」
「血液は酸化すると黒くなるし……」
「さすが、川崎物知りだね」
「本で読んで知っているだけだよ」
「じゃあ、次の部屋に行こうか」
原因が分からないので、とりあえず毛はそのままして部屋を出ていった。どうせ何も出来ない。
川崎は次に機械室の隣の電気室に入るつもりらしい。
敦が最初に部屋から出た。出入り口に近かったからだ。
すると。
オオオォォォゥ……
敦が機械室から出た瞬間を見計らったかのように声が聞こえた気がしたのだ。
それは遠くの方でそんな感じの声が聞こえた。何かの叫び声のようだった。
敦は思わず立ち止まった。
「……」
寒いし気味が悪いしで、早く探検を終わらせてコーヒーを飲みたい一心だった敦はビクッとしてしまった。
「何、立ち止まってるの?」
機械室の出入り口で固まってしまった敦に豊平が声を掛けてきた。
「さっき、声が聞こえた……」
「いいや、聞こえなかったよ」
「俺も聞こえなかった」
川崎と豊平はお互いに頷きあった。そして、耳を澄ませるかのように顔を傾けている。
「やはり、何も聞こえないな……」
「静寂が耳に痛いぐらいだね」
人間の神経は不要なものをフィルターにかけて脳に信号を送っていると言われている。車の騒音とか自分には関係ない人の会話などだ。
逆に静かになると、今まで聞こえなかった音が聞こえて来る感じに囚われる。鋭い感じで『キィーン』『ピィーン』と聞こえるなどだ。
これは、静寂になると耳の神経が過敏になってしまい、本来は音ではない刺激までも音として認識する為らしい。なので、気にし始めると益々静寂の音が大きくなってしまうらしい。
だが、敦が聞いたのはそういった類いの音では無い。
「おかしいなー。 オオウって誰かが叫んだのが聞こえたんだけど……」
「怖い怖いと思うから聞こえちゃったんじゃね」
「……」
「空耳だろ」
「隙間風が多そうだしな」
「……」
聞こえた時に扉の外に出ていたのは敦一人だった。位置の関係で聞こえなかったのかもしれない。
敦は改めて周りをグルリと見たが何も変化は無いようだ。無人の廊下が在るだけだった。
(まあ、少し神経が過敏になり始めているのかも知れないな……)
敦は少しため息をついた。子供頃からストレスを感じると自分の影にすら怯える癖が治らないようだ。
「ここも鍵が開けっ放しなってるな」
川崎が電気室の扉に手を掛けながら言った。
「どうぞ、中を見ていってくださいって事なんだろう」
「サービス精神が旺盛でヨロシイ」
「あはははは」
川崎と豊平は電気室と書かれた扉を開けて中に入っていった。敦も釣られて入っていく、やはり暗い廊下に独りで残されるのは嫌なのだ。
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