第15話 強者どもの夢影
屋上で妙な儀式の跡を見つけた三人は屋内に引き上げようと話していた。
「小雨とは言え雨は気が滅入って来るからねぇ」
豊平がそんな事を言って歩き出そうとした。
川崎は手に持った携帯で写真を撮り始めた。
「こんなの写真に撮るの?」
「ああ、後で方位なんかを詳しく調べてみようと思ってさ」
「お前は不思議系が大好きなんだな」
「だって、面白いじゃん?」
「……」
「此処まではそんなに荒らされた様子は無かったのになあ……」
廃墟では肝試しにやってきた連中が室内を破壊して回る事が多い。彼らは反撃して来ないモノには無類の強さを持っている。
しかし、この廃病院はそれほどボロボロでは無く、思っていたよりも中は綺麗な方だと思われるのだ。
「余り知られていないか、廃墟になって日が経ってないかだろ……」
恐らくは後者のほうだろうと敦は考えた。
「俺は怖い話は苦手だからなあ」
「確かにお前はヘタレな方だからな」
敦の話に川崎は誂うような返事してきた。
「い、いや、俺は高校出てから地方に行っちゃったし……」
「はははは」
「俺は幽霊よか、こんな所に来たがるヤツラの方が怖いよ」
川崎は壁を指差しながら言った。
敦や豊平が何の事だろうと川崎の指差す方を見た。
『これを見たお前は呪われる』
『かかって来いヘタレ野郎』
『天誅』
『お前を祝ってやる』
『コロス!』
ここも赤い字で書かれていた。しかも殴り書きされているので一層禍々しく見えた。
一階や二階で見た挨拶のような一文と違って、肝試しに来たヤツラの落書きは殺伐とした雰囲気でひと目で分かる。
「何だかSNSでイキリ散らしてる小僧みたいな落書きだな」
「確かに……」
自分が反抗できる周囲で弱いものにしか攻撃出来ない。それは、心の打たれ弱さを表しているものだ。
「反論してこない相手だと、とことん追い詰めて楽しむのがネット民だからな」
「ネットワークに上手く隠れているつもりなのさ」
「汚ねえケツが見えているのに間抜けな連中だぜ」
「正義を手にしたと勘違いした奴が、一番性悪な性格に変化するのがネットってもんだしな」
「はははは」
人はネットワークの拡がりに比例して、心に余裕が無くなっていった。敦はそう感じていた。
「まあ、マスコミが頼りないってのもあるけどな」
「でも、情報が溢れると自分が信じたいことが真実になるのは良く在る事じゃないか」
「そうそう、自分たちにとって都合の良い事だけを集めるようになるんだよな」
「だから、本当かどうかなんかどうでも良くなる」
「分からなくなるんじゃなくて?」
「いや、どうでも良くなるんだよ」
「どうして?」
「考える前に次の情報に関心が移ってしまうからさ」
「なるほど……」
ネット社会では話題の移り変わりが激しいのは良く知られている。だが、タイミングが合致するとバズッたりするものだ。
それを目当てに有る事無い事を書き自己の承認要求を満たしたがる困った人も多い。
(人の目が触れる機会が増えるのは良いけど、厄介なのが表に出やすくなったのだろうな……)
人生程々を目指す敦には良く分からない感情らしい。だから、承認欲求のカタマリのようなネット住人の考え方が良く分からないのだ。
(時間かけてまでやって来て、他人の建物を汚すのに労力を掛ける連中は何を考えているか分からんよな……)
辿り着くのも困難な場所なのに、品の無い落書きしか出来ない連中を見かけると悲しくなってしまった。
「まあ、大人のたしなみ方としては話半分で済ませる事だな」
「なんだよ大人って?」
豊平がしたり顔で言ったので川崎が尋ねた。
「んーー、嘘の付き方が上手くなるって事かな」
「気付かない振りが出来るようになる」
「そっちだな」
三人はここで笑いだしてしまった。経験を積み大人となりつつ在る今は、色々と思い当たることが在るらしい。
「まあ、人間なんてそんなモノさ……」
確かに、面識の無い相手に悪意剥き出しで罵るのは、通常の感覚では理解出来ない物だ。日常の生活の中では決してやらないであろう。
だが、SNSだと手軽に出来てしまう。不思議な世界であった。
そんな話をしながら三人は一階に向かって階段を降りていった。
「ここって山の中なのに虫がいないな?」
「そういや、そうだな……」
「虫と言えばこの間さ……」
「うん」
「部屋の電気付けて鏡を見たら何か黒いのがタンスに居たんだわ」
「うん」
「何だろうかと振り向いた瞬間に、そいつが俺の顔目掛けて飛んで来るんだよ」
「わははは、Gあるあるだな……」
「洒落にならねぇ生き物だわ」
「ぷははは」
「ところで大学には慣れたか?」
「まあまあだな」
「自炊はしてるの?」
「いや、バイト先で賄いを出してもらってる」
「三食とも?」
「昼だけ……」
「朝とか夜は?」
「朝は喰わないし、夜はカップラーメンとポテトチップ」
「あははは」
「中々若者らしい食生活送ってるじゃないか」
「まあね」
「実家にいるのと変わらないじゃん」
「そういやそうだな……」
「でも、家だと野菜喰え大魔神がいるから強制的に食わされてしまう」
「まあ、母親の野菜喰えは挨拶みたいなもんだろ」
「確かに……」
「あはははは」
そんな話をしながら階段を降りて一階に着くと地階がある事に気が付いた。
「あれ?」
「まだ階段がある」
「地下?」
「昇る時に有ったっけ?」
三人は顔を見合わせてしまった。見過ごすとは思えなかったからだ。
「いいや…… まあ、気が付いていなかっただけかもしれん……」
「それに、これだけ大きな病院なら地下も有るだろう」
「ボイラー室とかリネン室とかな」
「行って見ようぜ?」
「イヤイヤ暗いじゃん、懐中電灯なんか持ってきてないぞ?」
さすがに探検に飽きてきた豊平は止めようと言い出した。
「あんなもん見た後で良く行く気になるなあ」
敦も屋上での不可解な儀式を見た後なので、余計に暗い地下に行くのは反対した。
「だからだろ?」
川崎としては屋上で秘密の儀式を行なった連中は地下でも何かしらやってるかも知れないと言いたいのだ。それを確認したかったらしい。
「それに、このスマホのライトは結構強烈なんだぜ」
そう言って川崎は手にした携帯のライトを点灯させた。確かに明るいライトだ。
照らす強さは選べるらしい。今は廊下全体が見えるぐらいに強く点灯させている。
「いや、俺のガラケーにもライトぐらい付いてるよ」
勿論、敦のガラケーにもライト機能はあるが、バッテリーの消耗が激しすぎるので滅多に使わないのだ。
もっぱら、夜中に自転車の鍵穴を探すのに使った程度であった。
「使えなきゃ意味が無いじゃん」
「所詮、ただの道具だ」
「お前もスマホにしちゃえよ」
敦は川崎・豊平のスマホ連合に説得されて始めた。
別にガラケーに思い入れが有る訳では無いが、面倒なのでそのままに使っているだけであった。しかし、大学関係の連絡はスマフォ利用を前提としているものが多くなってきており、そろそろ買い替えても良いかなとも思っていた。
「バッテリーは持つの?」
「急速充電器なら持ってきてる」
ポケットから何やら四角い箱を取り出してみせた。これを使って充電を行うのだという。市販の電池を充電器にするパックもあるらしい。
中々に便利な世の中になっているものだ。敦は自分の興味がないことには関心を向けないタイプので知らなかったらしい。
情報が溢れる世の中でも関心を持たれなければ無いのと一緒なのだろう。
「用意が良いね」
「山奥だと近くにコンビニは無いと思ったからさ」
「さすが川崎、頼りになる」
「おう、任せておけ」
川崎は用意周到な男なのだ。敦は諦めた。彼は言い出したら聞かないのを思い出したのだ。
そのまま三人は何かに引き寄せられるように階段を降りていった。
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