第14話 儀式跡の延長線
耳障りな高周波音は部屋を出ると直ぐに聞こえなくなった。もっとも、豊平にはまだ聞こえるらしく不快そうな顔をしている。
そのまま階段に向かい三人で下に降りようとした時に川崎が声をあげた。
「ちょ、まてよ」
「キムタクかよ」
「キムタクかよ」
敦と豊平がすかさずツッコミを同時に入れた。
「そんなに俺って似てる?」
「まて、何処から突っ込んで良いのか分からん」
「わはははは」
「それでどうしたんだ?」
「まだ、上に続いているぜ……」
「……」
川崎が階段を指差しながら答えた。それは屋上に向かう階段だった。
「えーっ、屋上にも行くの?」
「もう、良いだろ」
雨が降っているので外には行かないだろうと考えていた敦は抗議していた。
「いや、良い機会だしさ」
「んー」
「まあ、此処には二度と来ないだろうしな……」
「確かに……」
豊平と敦は川崎に促されて仕方無しに階段を登っていった。人は二度と無いとかの特別な言葉に弱いものなのだ。
屋上の扉は施錠しておらず簡単に開けることが出来た。この手の病院では事故防止のために施錠されているのが普通なのに珍しい事だ。
もっとも、廃墟となってから誰かが開けたのかも知れない。
「……」
三人は扉から顔を出して屋上を眺めてみた。雨は小雨状態になっていたが濡れるのが嫌だったのだろう。
屋上には給水タンクや空調設備などがあるだけで殺風景なのが普通だ。そして、雨天特有の洞窟の中みたいな冷たく湿気った匂いがした。
「何にもねぇなあ」
「そうだね……」
「……」
川崎ががっかりしたように呟いた。
階段の出口の脇には喫煙者用のベンチと灰皿らしき残骸が雨に濡れていた。病院に喫煙者用のスペースが無くなって久しい。
そのスペースがある事から、かなり前に廃病院になった事が伺えた。
「所詮、病院なんだし観光スポットとは訳が違うのは仕方ないだろ」
「まあ、見晴らしが良い…… と、言いたい所だけど雨だしね」
「樹海の中に浮かぶ異質な空間って感じかな」
「これはこれで趣があって良いかも……」
「いや、なんか寂しいし」
屋上への入り口から顔を出しながら三人で言い合っていると気が付いた物があった。
「なんだ? アレ……」
点々と白いものが落ちているのを見つけたのだ。
「雨も小振りだし近くに行ってみるか」
「お前も好きだねぇ……」
「ええーーー」
なんと川崎が近くで見てみようと言い出した。当然、敦は渋ってしまった。心のなかでは温かいコーヒーを飲みながらまったりとするつもりだったのだ。
そんな、敦の思いとは裏腹に川崎は先にスタスタと行ってしまった。敦と豊平は渋々後を付いて行く。
「骨じゃん……」
「うへぇ、気味悪いなあ」
「……」
間近で見た白い点々は動物の頭蓋骨であった。それが十個ほど屋上に落ちているのだ。
「小型の犬か猫みたいだね」
頭蓋骨には尖そうな牙が見えており猫の頭蓋骨の印象があった。他には作りが細長いものもあり、そちらは小型犬の骨かもしれないなとも考えられた。
「なんで頭だけなんだ?」
「大型の鷲とかが運んできて食ったんじゃない?」
確かに大型の鷲などの猛禽類は小型犬や猫などを捕食することが稀にある。小型犬を散歩させている時。広場などでリードを外した途端拐われたケースなどもある。
「それだったら他の骨も残るもんだろう」
確かに頭蓋骨しか屋上に無かった。捕食されていたのなら他の骨もある筈なのに、屋上には何処にも他の部位が見えないのであった。
「骨は規則的に並べられてない?」
敦には骨が直線状に並べられている印象を受けたのだ。
しゃがんで良く観察してみると、骨の内部に小石が入っており風に飛ばされないように工夫されているようだった。それに、骨の下側は苔らしきものが生えて緑色に汚れていた。置かれてから時間が立っているような印象を受けた。
「肝試しの連中が面白がって並べたんだろ」
「それは違うと思うな……」
肝試しの演出で或るのなら、もう少し目立つようにするのではないかと敦は考えた。昼間なら直ぐに分かるが、明かりのない夜だと注意深く見ないと見えないだろうと思ったのだ。
「あっ、床に焦げた跡がある」
そこは一メートルぐらいの円形で焦げていた。
薪を縦横に井の字型に積み上げたらしく燃え残った木が残されている。神社の護摩焚きとかで見かけるやつだ。
「カルト宗教とかが儀式でもしたんじゃないの?」
「焚き火の跡に放置された頭蓋骨ってシャレにならんな」
「……」
ここで何かの願掛けでも行っていたとの推測は容易に出来る。
三人は焦げ跡に囲むように立って押し黙ってしまった。
「ん?」
「どうした?」
「これって意図的に置かれているよね?」
豊平が言い出した。皆、釣られて骨の方を見回した。確かに角度的な間隔に規則性があるのだ。
その焦げ跡を中心に考えると、五つの方向に骨が並べられているのが分かった。
「五芒星かな?」
五芒星とは五つの角を持つ星マークで、同じ長さの線が交差して構成され五角形がある図形のことだ。世界中で魔術の記号として、守護用・悪魔の象徴などの意味を持つマークとされている。
平安時代の陰陽師。安倍晴明も五芒星を魔除けとして活用していた話は有名である。
確かに頭蓋骨をそれぞれ直線で結ぶと五芒星になる。
川崎は頭蓋骨が置かれている場所が、五芒星の頂点になっている事に思い至ったのだろう。
「一つは此処に来る時に通った門に向いてるね……」
豊平が頂点の一つが門の方を向いているに気が付いた。
「焦げ跡を中心に考えると鬼門の方角になるかな……」
川崎が持ってきたコンパスの方角を見ながら呟いた。
鬼門とは北東の方位の事だ。古代中国から伝わったものとされている陰陽道では、鬼が出入りする方角であるとして万事に忌むべき方角されている。
「呪術的な何か?」
「あの木に引っ掛けてあった白いビニール紐がそうなのか?」
「かもな……」
「他の方角にもビニール紐が或るのかなあ」
「どうだろう?」
他の頂点の延長線上にも何か或るのかも知れない。しかし、その方角は無造作に伸びた樹々に遮られて見えなかった。
「何かの復活の儀式をしていたとか……」
「世紀末大魔王を呼び出して世界征服」
「UFOを呼び出したとか?」
「焚き火を焚いて、周りをグルグルと回りながらアベガーアベガーと唱える」
「わはははは」
「……」
川崎と豊平が掛け合い漫才を始めてしまった。しかし、敦はひとり気分が穏やかではなかったのだ。
「なあ、門に伸びる線を伸ばすとさ……」
だが、敦はひとり深刻そうに言い出した。
「うん」
「うん」
二人は敦の話を聞き始めた。
「延長線上に枯池にぶつかるだろ?」
「まあ、歩いてきた方角からするとそうなるな」
「確かにそうだね」
川崎がコンパスを覗き込みながら言った。
「更に伸ばすと廃神社があるんじゃないか……」
続けて敦はそんな事を言い出した。すこし懸念する事があるのだ。だが、それを二人に話す気にはなれなかった。
「いやいやいや」
「考えすぎだって……」
「何でもかんでも結びつけるなよ」
「ネットの陰謀論者みたいなこじつけだな」
「わはははは」
「あの神社の参道は南を向いてるから関係なくね?」
「そうだな」
川崎と豊平はそう言って笑っていた。
(ひょっとしたら、俺が泥山を作った場所が延長線上に有るんじゃないか?)
山元拓郎の交通事故死で神経が過敏になっているのかも知れない。
しかし、敦には廃神社で行なった禁忌の儀式に結びついているような気がしはじめたのだ。
そして、敦の感は良くない時には当たることが多い。今回もそうであった。
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