第12話 公衆電話の残影

 三人は二階にある入院病棟に上がってきた。


「案内図だと病室だけみたいだったけど……」


 二階の階段を登りきった所に踊り場のような場所が有り、そこには緑色の公衆電話が設置されていた。

 液晶画面などは暗くなったままで、通電されていないのが分かる。薄っすらと被った埃が利用するものが居なくなって久しいと告げているようだ。


「こういう電話って撤去されるものでないの?」


 一般的に公衆電話はNTTの所有物で、施設などには公益の為に設置されている。なので、使われる見込みが無いものは引き上げられてしまうものだ。


「さあ、山奥だから面倒くさいんじゃないか?」

「人件費も高いからね」

「或いは建物の所有者と連絡が付かないかだな」


 無断で立ち入って撤去作業をする訳にもいくまい。敦は連絡が付かなくなったに違いないと考えた。


「講習電話で思い出したけど……」


 川崎が何かを思い出したようだ。


「ん?」

「中学の時に出ると噂の公衆電話ボックスを見に行った事があったな」

「ああ、受話器を取ると幽霊の声が聞こえるって奴だろ?」

「いいや、電話を掛けていると女の幽霊が背後に出るって聞いたが……」


 敦も豊平も噂話は知っていた。だが、内容はバラバラであった。当時、地域の中学生の間では有名になったものだ。

 失恋をした女性が最後に元恋人に電話をかけたらしいとか、心臓発作を起こした老人が救急車を呼ぼうとしたが事切れてしまったとかだ。

 噂なので誰も真実を知らないのが、都市伝説と呼ばれる理由であろう。


「一時話題になったな」

「撤去されて道路になった所だろ?」

「そうそう」

「通っていた塾の友達で隣の中学の奴が居たのよ」

「うん」

「塾でも話題になっていたから、そいつに聞いてみたら自分も知ってるって言ってた」

「こういう話題は皆好きだからなあ」

「中学生じゃ行動範囲が狭いからねえ」

「じゃあ、塾帰りに見に行こうぜってなったのよ」

「わはははは」

「なんでそうなる」

「そいつの家の近くだって聞いたからさ」


 友人宅から歩いて30分かかるかどうかの距離で、住宅街から少し外れた場所にポツンとあり、遠目から見ると何の変哲もない公衆電話ボックスだった。

 これに何故か幽霊が出るという噂が広まっていたのだ。


「本当に出るのか見に行こうぜ……」

「いいねぇ」


 川崎と友人は憂さ晴らしの話題に飢えていたのか、塾帰りの勢いで突撃する事にしたのだ。

 時刻は夜の九時ぐらい。塾の帰りなので遅い時間になってしまったようだ。

 そんな時間だからか或いは住宅街の外れという事もあるのか、公衆電話ボックスまでの道のりは誰にも会う事なく到着した。


「アレか……」

「おう!」


 暗闇に浮かび上がる公衆電話ボックスはそれだけでも不気味だった。もっとも、事前に余計な噂話をしていたせいもある。


「別にどうって事無いじゃん」

「ホントだな……」


 川崎たちは本当に何かが出そうな雰囲気はあったが特に異変は無い。


「ちょっと気味が悪いけどな……」

「じゃあ、電話してみようぜ……」


 そこで、川崎は中も調べてみようと近づいて中に入ってみた。若干の息苦しさは感じるが見た目は普通の公衆電話ボックスだ。

 緑色の電話と誰が使うか分からない電話帳。アクリルガラスにはかつて貼られていたらしいピンクチラシの跡。


「……」


 受話器を取って耳に当ててみたが何も音は聞こえなかった。川崎は受話器を戻し、何も無いことに落胆したのか安堵したのかため息を付いてしまった。

 すると、友人が公衆電話ボックスの扉を開けて川崎を引っ張りだした。


「うあぁぁ!」


 友人が大きな声を上げて川崎の腕を引っ張った。余りの勢いに川崎は電話ボックスを出ると、友人は来た道を猛ダッシュで走り出した。


「ちょ!」


 何が起きたのか分からないまま、川崎も駆け出して最寄りの友人宅へ駆け込んでしまった。


 一体何があったのか、急に大声を上げた友人に話を聞いた。


「お前は見えなかったのか?! 公衆電話の受話器に手だけくっついてたよ!」


 そう言われても、何も異変を感じなかった川崎はキョトンとしていた。


「その受話器は俺が持っていた奴か?」


 友人は激しく頷いた。川崎が受話器を元に戻すと女の手だけが残っていたのだそうだ。もっとも見たのはその友人だけだった。

 女の手だと分かったのは赤いマニキュアが施されていたらしいからだ。


「いやいやいや……」


 本当に見たと震えあがる友人を横目に、川崎はすっかり興覚めしてしまった。たちの悪い冗談だと考えてしまったのだ。


「そんな演出とかいらないって……」

「いや手だけあったんだって!マジで!」


 そんな押し問答をしていると、手を見たという友人の携帯電話が一瞬鳴りました。

 取り出して画面を見たその友人は、青い顔をして画面を川崎の方へ向けてきた。


『不在着信 公衆電話』


 それだけが表示されていた。


「……」

「……」


 押し黙ってしまう二人。


ピリリリリッ


 すると、川崎の携帯にも公衆電話からの着信が来た。


「マジかよ……」


 掛かってくるのワンギリというもので、すぐ切れてしまうので通話は出来ない。しかも、公衆電話には此方側から掛け直すことが出来ないので、誰が掛けてきた確かめようが無かった。


「……」

「……」


 黙って携帯電話を見つめている間にも、数分くらいの間隔で何度も川崎や友人の携帯に着信が続いていた。


「ん?」


 電話の着信を眺めていた川崎が在る事に気が付いたらしい。


「どうした?」


 川崎の様子に気が付いた友人が尋ねてきた。


「コレ…… 同時に着信してね?」


 川崎は着信が二人同時になっている事に気が付いたのだ。一台の電話から複数の電話には、同時に掛ける事など出来ないはずだ。

 特殊な装置を使えば別だが、今はそれどころでは無い。怪奇現象が一つ増えてしまったのだ。


「……」

「……」


 二人の苦悩が深まってしまった。川崎の額を汗が流れていく。解決策が見つからないからだった。


「どうする?」

「この電話に出ると拙い事になりそうな気がする」

「俺もそう思う……」

「放っておいた方が良いかもな……」


 流石にこれはマズいと感じた川崎と友人は携帯電話の電源を落とす事にした。他に方法は思いつかなかったのだ。

 大人に相談するなど論外だった。怒られてしまうに決まっている。第一彼らは子供の言うことなど頭から信じてくれない。

 そして、そのまま友人の家でゲームや馬鹿な話をしてから、川崎は父親に車で迎えに来てもらって帰宅した。

 翌日、陽が昇ってから携帯電話の電源を入れたが、公衆電話からの着信は無くなった。友人の携帯にも着信は無かったそうだ。


「まあ、肝試しをして謎の電話が掛かって来たって話しだけどな」


 川崎は苦笑しながら言った。


「その後、公衆電話からの着信は無いの?」


 敦は聞いてみた。話の内容からすると、川崎は公衆電話が苦手になったに違いないと敦は考えた。


「一度も無い」

「そうか、じゃあ……」

「公衆電話から掛けて来るのは無しだぞ?」


 川崎は豊平に釘を刺した。彼なら面白がって電話を掛けて来そうだからだ。豊平は肩を竦めて見せていた。

 当たっていたようだ。


「結局、幽霊には出会えなかったのか……」

「まあね」

「そ、その方が良いんじゃないか?」


 そんな川崎の話を聞いた敦は、目の前にある電話が鳴り出しそうで不安になってしまっていた。

 シンと静まり返った廃病院で鳴り響く電話は想像しただけで恐ろしくなってしまう。


「奥の方を見てみようぜ……」

「そうしようか」

「ああ……」


 豊平に促されて三人は病棟の探検を続けることにしたのだった。


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