第10話 情報とストレスの距離
門から見えていた建物に着いた。
(学校?)
敦は最初に見た時に学校の校舎みたいな印象も持った。
装飾が無く無機質なコンクリート製の建物で、大きい窓が規則正しく並んでいるのでそう感じたのだ。
目の前に有る建物は二階建てだが、無秩序に伸び放題になった樹々の中に埋没していた。施設の敷地と思われる場所も、草なども伸び放題で人の背丈ほどもある。肝試しにやって来るには丁度良い雰囲気を醸し出していた。
(肝試し好きな連中の好みそうな建物だな……)
夜になれば更に不気味さを増して、カップルには具合いが良いのかもしれない。お約束として女の子は怖い振りをして、男にしがみつけるからだ。男の方もそれを期待して肝試しに来たがる。
建物の前は舗装はされているもの、ひび割れた舗装面の隙間から伸びる草に埋もれ始めていた。
そして、入口と思われる庇が建物から伸びていて、そこには車が止められる空間があった。
(車止めか…… ホテルみたいだな)
全ガラスの入り口が見えた。車で乗り付けて雨が降っていても濡れずに入れるようになっているらしい。
ホテルや大きめな会社に良く有る車止めなのだろう。
「ここが正面玄関みたいだな……」
敦たちがやってきたのは玄関入り口にあたる部分だ。
「自動ドアか…… 苦手なんだよな……」
敦は自動ドアの前に立ってもセンサーが反応しない事が多い。なので、自動ドアの前で不思議な踊りをしたりするのだ、
良く友人たちに『存在感が薄いせいじゃね?』と冗談を言われたりする。自分も気にはするが、どうにかなるものではないので諦めている。
敦の思いを知らずに三人は玄関に近付いて行った。
「中には何も無いみたいだな……」
ガラス越しに見える内部はガランとしており無人のようだ。床には何かの紙が散乱しているように思える。
だが、天井の照明などが消えており、それが人の気配がないことを物語っていた。
「空くかな?」
強化ガラスで作られているらしい玄関のドアを押したり引いたりして開けようとした。だが、施錠されているので開かなかった。
暫く、ガタガタと揺らしたりしたが開く気配すらなかった。
「やっぱり無理っぽい」
「う~ん……」
「あの窓が開いているみたいだぜ……」
そう敦が言った。玄関の脇に別の入り口があり、その横にある窓が少し開いてるのが見えるのだ。
玄関脇にあるので、夜間などに出入りする為の通用口なのかもしれない。
「おお、有り難いね……」
川崎は迷うこと無く窓を開けて中に入り込んでいった。窓の高さが地上から一メートル程度で難なく中に入れるからだ。
残された二人は声をかけるタイミングを失ってしまい唖然としていた。
「へい、いらっしゃいませー」
川崎は中に入り込んで通用口の扉を開けてきた。
その戯けた様子に思わず苦笑してしまう敦と豊平。
「お泊りですか? ご休憩ですか?」
「おいおい、それは違う種類のホテルだろ」
「男同士では余り利用しないタイプのホテルやね」
「そうかあ? 世の中、分からんもんだぞ」
「ちょ」
残された二人は川崎の冗談に付き合った。
「しっかし、相変わらず行動が早いね」
「そうだね」
残った二人は川崎のバイタリティ溢れる行動に苦笑しつつも後に続いた。
(まだ、昼前か……)
敦は時計をチラリと見て中で暖かい昼食を作れるかなと思った。身体が冷え始めたから温もりが欲しかったのだ。
食料ならコンビニで調達してきた物があるし、簡易コンロがあるので温める事も出来るのだ。
「雨と風が凌げるから有り難いな」
中に入り込めた川崎は外を見ながら言った。
窓の外では相変わらず強いまま雨が降っていた。外では風が吹き長く伸びた草がザワザワザワと音を立てて揺れている。雑草も自分の身長とかわらない生い程伸びているので他に入り込める場所を探す気にはならないのもあった。
「ああ、体力を無駄に消費させられてしまう」
「ちょっとコーヒーでも呑んで一服しようぜ」
「ここ、少し寒いな……」
敦は簡易コンロでお湯を沸かしコーヒーを入れた。本来なら室内で使うのは気が引けるが寒さには勝てなかった。
三人とも濡れた合羽を脱ぎ、各自好きな場所に座ってコーヒーを飲んでいると川崎が言ってきた。
「ここって病院だったんじゃね?」
「なんで?」
「受付ってカウンターに診察券入れって書いてあるじゃん」
「本当だ……」
敦がカウンターに近付き診察券入れを覗き込むと、中には診察券の見本があった。どうやら正しい向きで入れて欲しかったようだ。
その見本には『府前メンタルクリニック』と書いてあった。これがこの施設の名前であろう。
「メンタルって事は精神科系の病院?」
豊平がそんな事を言った。
現代社会では、いじめなどの対人関係・仕事の重圧・鬱などのストレスに起因する『心の問題』が増大し社会問題になっている。そうした様々な人の心の問題をケアする為にメンタルクリニックがある。
「そうみたいだな」
「山の中で心を癒そうって寸法だろう」
「……」
「普通の社会じゃ生き辛い人用の病院だな」
呼吸器系や精神科系の病院は人里離れた場所に作ることが多いと感じることがある。
やはり、人が多いことによるストレスや疲労から開放する必要があるのだろう。現代社会は人と情報の距離が近すぎる。スマートフォンの出現でそれは更に顕著になったと敦は考えていた。
必要としない情報が溢れ返るのは人間には良くないのだろう。だから、敦はガラケーのままなのだ。
「見ろよ…… 館内案内があるぜ」
「ホントだ」
「……」
川崎がカウンターの上を指差しながら言うと、豊平が釣られて覗き込んだ。敦も豊平の肩越しに一緒に見る事にした。
カウンターの上に有る館内の案内図は簡易なものだ。元は壁に貼ってあったらしいが外されて置かれたようだ。
見てみると一階には診察室や処置室・事務室などがあり、奥の方と上の階は入院病棟だったらしい。
きっと、初めてやってきた来館者用に用意されたものであろう。
「結構、大きい病院だったようだね」
「個人病院という感じじゃないな」
「まあ、何人か入院させなきゃならないとなると、規模も大きくなるんじゃない?」
総合病院のような巨大さは無いが、自分たちが知っているのは街中にある個人診療所ぐらいだ。それに比べれば大きいという事だろう。
それに、入り口から受けた印象では小さめの学校という感じであったのだ。
「奥に長いタイプなんじゃないかな……」
「採光用の窓を取る都合があるんだろ」
「大きめの個人病院かな……」
入院病棟には二十室程有ったようだ。ということは、最低でも二十人以上の患者が入院していた事になる。
それを世話する医師・看護師・職員などを考えると百人程は居たのではないかと敦は考えた。
「ふーん……」
「うむ、入院病棟もあるな」
「暇だし中を見て回るか……」
「廃墟探検か! 良いね」
「ええーー……」
川崎と豊平は折角来たので廃病院内を見て回りたいようだ。廃墟探検の気分になったらしい。
動画サイトなどでも廃墟探索の動画は結構人気があるらしく、中には数百万再生するものまで在るくらいだ。
(止めてくれよ……)
二人が館内地図を熱心に見ているので、探検に行こうと言い出さないか心配だったらしい。敦は怖いものが苦手なのだ。
だが、願いも虚しく二人はスタスタと歩きだしてしまっていた。怖いという感情より探究心の方が勝っているのだろう。
(ああ…… やっぱりそうなるのか……)
敦はがっくりと肩を落として二人に付いて行く事にした。こんな所で一人っきりで待つのはまっぴら御免だと思ったのだ。
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