第9話 揺れる白い影
三人は干からび池から見えていた建物を目指して森の中を進んでいた。
先程までは背丈程の藪だったが、干からび池を過ぎた当たりから鬱蒼とした森に変化した。
そんな森にも細いが道は存在していた。元は遊歩道か何かだったらしい獣道みたい部分だ。三人はその道を歩いていた。
「方角は合っているか?」
「ああ、見えていた建物の方角だった」
「そうそう……」
薄暗い森にも関わらず草たちは背丈ほどにも生えている。道にも当然被っては来ている。時々、動物の排泄物らしきものが落ちているので獣が往来しているらしいのは分かった。
(踏まないようにしないとな……)
敦は足元に注意しながら川崎の後に続いていた。
頭上からは森の葉に雨が当たる音が響いてくる。そして、木々の葉の間から零れ落ちてくる水が三人を濡らしていた。
「くそー、気が滅入ってくるな」
「俺は腹が減って来てるよ」
「まあ、休憩できそうな場所だと思うよ」
「そうなのか?」
「たぶん……」
曇り空のため少し暗くなり雨にも濡れているとなるとテンションもダダ下がりになってしまうものだ。
「……」
「……」
「!」
三人とも言葉が少なくなりながらも歩いていると、先頭を歩く川崎が上を見上げたまま立ち止まった。
「ん? 木の枝に何か引っかかっているぞ」
敦と豊平が上を見ると、地面から三メートルくらいの木の枝に、細くて白い布みたいなものが絡んでいた。周りを見渡すと他の木にも同じものが絡みついているのが見える。
近づいてよく見てみると、それは布ではなくてビニールであった。白地に黒で何か文字が書かれていたビニールを細く裂いたようだ。それが風にゆれているのだ。夜中に出くわしたら幽霊と見間違うに違いない。
「人形…… じゃなくてビニールの紐みたいだね」
「太さがバラバラだから紐じゃなくて切れ端って所かもしれん」
「なんで木に引っ掛けてあるんだろ?」
「結界でも作ってるんじゃないのか?」
周りを見ると自分たちがいる場所を中心にぐるりと白い影に囲まれているようだ。ビニール紐は獣道に近い場所に絡んでいる物と、五メートルぐらい奥で絡んでいる物があった。形にすれば楕円形であろうと思われる。
(偶然にしては人為的な感じがするな)
地面にも何かあれば結界になるに違いないと敦は思った。
だが、地面には獣道が続くだけで、何も置かれていないようであった。
「結界って…… 中二病かよ」
「あはははは」
「不法投棄のゴミを包んでいたビニールじゃねぇの?」
ビニール袋が劣化して風で飛び散ったと考えるのが妥当だと川崎は言いたいようであった。
人が来ないような山奥では建設残土などの不法投棄のゴミが問題になっているのだ。中には耕作放棄地に捨てていく輩もいるぐらいだ。
ここは人目に付かないので不法投棄業者には格好の場所であろう。
「誰かのイタズラかもしれん」
「気持ち悪い眺めだなぁ」
緑が広がる森の中に人工物が靡いている眺めは異質感が満載であった。
「いやいや、なかなか気の利いた演出じゃないか」
川崎がそんな事を言って笑っていた。全員が怖がってもしょうがないとでも考えているのかも知れない。
そういう楽観的な所は昔から変わっていないようだ。
「まあ、気にしてもしょうがないから行こうぜ」
「ああ」
すると、キャアアアーーーッという女性に近い高音が静寂な山の中を駆け回った。
「へ?悲鳴?」
敦が思わず呟いた。言い知れぬ不安を覚えたのだ。
「あれは鹿の鳴き声だよ」
身を屈めて警戒する敦に、冷静に答える豊平。登山を趣味とする彼には馴染みの声であるらしい。
動画などで見る鹿は可愛らしい外見をしているのに、鳴き声はこんなに悍ましいのかと敦は苦笑してしまっていた。
川崎も頭を掻きながら笑っている。彼もビックリした方なのだろう。
そこから少し歩いた所に建物へ行く門が有った。干からび池から見えていたのは門の頂上部分であろう。それほど大きい門だった。門はコンクリート製で錆びた門扉で閉められているようだ。
しかし、三人はその門扉の前で戸惑ってしまった。
「門……だよな?」
「うん、どう見ても門だ」
「んー?」
三人が呆気にとられている訳は。森の中に門があるだけで門の両側には何も無かったせいだ。
普通なら門から塀が続いているものだが、この門にはそういうのが無いのだ。森の中にポツンと存在していた。
「門扉もガッチリしたのが付いてるしな……」
「こ、心強いな……」
「ぷはははは」
「塀も無しで門だけってなんだよ」
「森が塀替わりかもしれん……」
「いや、隙間だらけだし」
「アート作品とか……」
外国には階段だけとか扉だけとかを、森の中に展示する芸術が有るらしい。敦はネットでそういう物を見た記憶があったのだ。
最近有名になったのは、アメリカ・ユタ州の砂漠の真ん中にポツンと立つステンレスの柱であろう。誰がなんの目的で建てたのかは不明だが、マスコミを賑わすと忽然と姿を消し違う国で再び展示されたようだ。
(まあ、アレとは趣が違うけどな……)
敦はそんな事を考えながら門の周りを歩いてみた。アート作品とは言えない様子に学校や美術館の門を思い出していた。
(門なら施設の名前ぐらい有るもんだがなあ)
表札みたいなものを探したが、蔦が絡まっているだけで特に無いように思われた。
「犬猫人間…… なんでも通れるな」
三人は門の横を通り越した。敦が門を観察すると長い事放置されたままなのかアチコチにサビが浮いていた。中の鉄筋が水分を含んでしまってサビが出てきてしまったのであろう。倒壊してしまうのは時間の問題と思われた。
「ん?」
敦が足元を見ると三十センチ四方のコンクリート製の土台が有ることに気が付いた。かなり大きいが草に埋もれて注意してみるまで気が付かなかった。
土台は等間隔に並び森の中に消えていく。恐らく反対側も同様であろう。土台があると言うことは何かしらの構造物があった証拠だ。
(金網のフェンスでも有ったみたいだな……)
山の中では獣害被害が思いの外凄いものがある。彼らは僅かな隙間から入り込み植物を根こそぎ食い散らかしていくのだ。動物たちも自然に生えている植物より人間が育てた植物のほうが柔らかくて食べやすいのを理解しているのだ。
昔は猟師などが居て適当に間引いたりしていたが、近年では担い手が居なく成りつつ在る。皆、高齢化で引退したのだ。それに後継者を育たてたがらない。
キツイ・キケン・警察が煩いの三Kではしょうがないのかもしれなかった。誰だって自分の子供には安全な職業に就いて欲しい物だ。だから、都会に出たままサラリーマンや公務員になって、地元には戻らないという負のスパイラルになってしまっていく。
住人が望んだ結果なのだから仕方がないのかもしれない。
それで獣避けのフェンスが張り巡らされていたのであろう。なんの施設か不明であるが、廃棄される時にフェンスを外したものと思われた。
そして、門は立派すぎて取り壊しに費用がかかるので放置されたのであろうと敦は考えた。
「道があるから奥に行ってみるか……」
「ああ、車の置いてある場所に辿り着けるかもしれん」
「向こうにも建物が見えるな」
普通に考えれば反対側に向かうべきなのだ。道が続いているという事は山道に接続されていたからだ。だが、何故か三人は建物が見える方に向かう事にした。何かに引き寄せられたのかも知れない。
「でも、人が居る雰囲気じゃないけどな……」
「……」
「……」
辺りは鬱蒼とした森である。人が居住している雰囲気では無いのは明白であった。
だが、三人は門から見える建物向かって歩いていった。
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