第21話 夢の中で逢えたら
絢香の柔らかな小麦色の肌に引き寄せられるように密着したい衝動に駆られた僕は、アコースティックギターを放り投げ、読みかけの本を2冊積み上げてそれを枕かわりにして絢香の側で彼女に甘えていた。
絢香は薄いタオルケットを被っていて、寝返りする様子もなく、仰向けのまま、スースーと可愛い寝息を立てて寝ている。僕は絢香に気がつかれないように彼女の柔らかなそうな胸を触った。絢香はそれでも気がつかない。ふとココナッツオイルの薫りがして、彼女のショートヘアの髪の毛を優しく撫でた。
女心と秋の空とは、移り気の早い女性の心理を指してよく使われる言葉だが、暦の上ではもう秋真っ只中に出会った僕たちの恋愛模様をスクリーンに写し出すように、絢香とKAKOが醸しだす知的で少しだけエロスを感じさせる雰囲気に、恋愛下手な僕の心模様を表現する言葉としてぴったりとハマる。
昨夜、那覇新都市で倒れた記憶は全く思い出せず、妄想なのか夢なのかよくわからない、絢香とキスをした映像が脳内を過ぎっていく。夢ならば醒めないで欲しい。隣で眠る、絢香のプクリとした唇を観ながら、僕は下半身に血が流れていくのを抑えきれず、絢香の腕にピタリと寄り添って、キスしたい衝動を我慢していた。
明日の予定などない。突然倒れてしまった僕に、任せてもらえる仕事などあるだろうか。インターネット店のお仕事をしていれば、こんなにも、恋愛の悩みに煩わせられることもなかったはずだ。
占術師として、多くの恋愛の悩みにアドバイスしてきた。その多くは、出会いがないなどの簡単な悩みだった。そういうお客様には、マジカルカラーとマジカルナンバーを勧めるだけでなく、運気のあがる場所へ行くこととパワーストーンを身につけることをお勧めすることにしている。パワーストーンを身に着けていれば、自己肯定感があがり、目標も明確になり、魅力が引き出されていくから、受け身の女性だったとしてもアプローチされる確率が高くなる。
しかしながら、自分の恋愛の悩みといえば、物語の世界に生きているかのような、誰にも相談できない、僕だけの秘密の二重恋愛なのだ。世間一般で言えば、オフィスラブなどうまくいかないに決まっている。もしくは、結婚する意思があるのならば、どちらかが職場を辞める選択をしなければならない。
自由とは責任を伴うもの。
会社員時代と個人事業主では、責任の重さとリスクの取り方が全く違う。会社員であれば、責任は会社や上司やとってくれる。個人事業主であれば、どんな失敗をしたとしても、全て自分に跳ね返ってくる。その分だけ、一般の会社員よりは自由度が高くて、成功した時の喜びも大きい。
手相には小指下から手首に伸びる線を起業線と呼び、僕の手相にも、生まれながらにしてこの起業線が出ていたのだ。まさか、セラピストと占い師の2足のワラジを履く運命になるとは予想していなかった。しかも、僕は将来的には小説家になりたくて、人とは真逆の生き方をしてきたのだ。今更、引き返せはしない。
僕が空想に耽っていると絢香は寝返りをして僕に背を向けてしまった。その小さな背中を少し摩ってあげると絢香は子猫のような笑みをしてみせた。
寝ている時に見る夢は、不思議なくらいに、奇想天外なストーリーで楽しませてくれる。僕は寝る前が一番幸せな時間かもしれない。現実に生きていれば嫌なことも多いが、寝ている時だけは嫌なことも全て忘れて、亡くなった人達とも会うことができる。
僕はよく眠れない時には睡眠薬を飲むことにしている。心療内科へ行き、睡眠薬をだして欲しいと頼めば、大抵の医者は処方してくれる。精神科の医者は、薬を処方するのが仕事だし、学生時代も薬の勉強が大半だったと言う。だから、悩みを聴いて欲しいだけの人は、心理カウンセラーか占い師のもとへやってくる。どうせ保険が効かないのだから、カウンセリングでも占いでも好きな方を選べば良い。
ただし、心理カウンセラーは答えを出してはくれない。アドバイスすらしないカウンセラーの方が多いだろう。答えはクライアントさんの心の中にしかないことを知っているからだ。しかし、占いならば、エンターテイメントの延長線上で気軽にアドバイスすることができる。客観的に観て、うまくいっていない方の逆をやればいい話しなのだが、うまくいっていない人に限って、占いを嫌う傾向にある。成功している人はすでに占い通りに生きている。それはその人が自分の心に正直で素直だったからだ。
だから、僕も寝れない時には医者の言うことを聴いて、睡眠薬を飲むことにしている。
僕は絢香から離れて、スーツケースの中にあるポーチから睡眠薬を取り出して水で飲んだ。
ふとタバコが吸いたくなりさんぴん茶をあけて飲みながら遠目で絢香を眺めていた。窓から差し込む光がタバコの煙を照らしだし目が涙で濡れた。
絢香とくっついて横になっている時の幸せ。まだ出逢ってから数日しか経っていないのに、アキラと呼び捨てにされた時の嬉しさ。さっき絢香の胸を触ってしまった自分の左手を観た。この世のものとは思えないほど柔らかな感触だった。
タバコを吸い終わると産まれたての赤子のように絢香の隣で寝ていた。絢香の背中に顔を押し当てて、甘えているうちに睡眠薬が効いてきた。絢香と身体ごと心ごと、一つになりたい。
僕は薄れゆく意識の中で夢の中で出逢えることを願った。
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