第20話 感傷的なアキラのリラクゼーション術
僕はスーツケースからアクアグリーン色したサーフTシャツを取り出して着た。なにがどうなってここに寝ていたのかは、全く思い出せないが、下に履いていたショートパンツまで脱いでいたよいだ。慌ててスウェットのショートパンツを履く。
足裏とヘッドスパをして欲しいと絢香に頼まれて、フェイスマッサージもするから簡単に顔だけ洗ってきて欲しい、と僕が言ったら、絢香は簡単にシャワー浴びてくるからリビングルームで待っていてと言い、僕は絢香がシャワーを浴びている間、電子レンジがあることに気づき、これで蒸しタオルが作れることを確認した。冷蔵庫の中には水しか入っていないことに気づき、僕は自動販売機くらいあるだろうと思い絢香にバレないようにこっそり外に出た。
朝焼けまでにはまだ早いが、見上げた、星々の輝きが今にも消えてしまいそうなくらい儚く映った。琉球王国は物理的にも地上と天までの距離が近いゆえ、今にでも星の一つくらい簡単に掴めそうだと錯覚してしまう。
中国やアメリカに支配されてきた複雑な歴史ですら琉球民の心を分断することはなかった。あるがままを受け入れる強さ、しなやかさ。リラクゼーションの施術をするにはこれ以上ない最高のロケーションかもしれない。
僕はさっそく自動販売機を見つけることができて、さんぴん茶を2つ買った。
部屋へ戻るとシャワーを浴び終えた絢香がリラックスモードの服に着替えて待っていてくれた。
「アキラもシャワー浴びたら?」
絢香は悪びれもなくそう言った。
「手は洗うから心配しなくても大丈夫だよ。」
今ここでシャワーを浴びてしまったら僕の方まで変な気分になってしまいそうだった。癒し系に見えるらしいけれど、一応、一人の男なのだ。
「ねぇ、仰向けとうつ伏せどっちになればいい?」
絢香はマジカルカラー緑で癒し系の雰囲気を持つ。お互いに緑同士だからすぐに遠慮しない仲になれるのかもしれない。
「足裏から全身やってあげるからまずはうつ伏せになって。でも、その前にさんぴん茶買ってきたから少し飲んで。身体の巡りが良くなって施術効果あがるからさ。」
そう言って布団の中で足を横に崩して座っている絢香にさんぴん茶を手渡した。
「ありがとう!わざわざ買ってきてくれたんだ。アキラって結構ちゃんとしてるセラピストなんだね。私も趣味でマッサージ学んでるから後でやってあげるね!」
「絢香先生がマッサージ?
有難いですけど、今日は遠慮しておきます。たぶん、全身マッサージしてヘッドスパとフェイスやっている間に寝ちゃうと思います。」
セラピストという職業柄、多くの身体に触れてきたのでなんとなく予想はついている。普段からショートスリーパーだったらなおさらやりがいもある。
「じゃあうつ伏せになればいいのね。
疲れてたら無理しなくていいからね。」
絢香は手を顔の前で交差させて布団にダイブした。
絢香の足裏のツボを押すと、パンパンに張っているようで、ふとヒラメ筋にオイルを塗ってスローマッサージからはじめることにした。
「絢香先生、とても足がむくんでますね。チラシ配り頑張り過ぎじゃないですか?」
僕はついついサロンのようなリラックストークをしてしまった。お客さんとの距離が遠い足裏マッサージの時には、こうした世間話しをすることで安心してもらうことが大事だ。
「ありがとう。足めっちゃ気持ちいい。
なんだかすでにとろ〜んとしてきちゃった...。」
絢香はそのまま夢に落ちていくようなほど小声で囁いた。
無心に絢香の足裏をマッサージしていると絢香は時々、寝息を立てては、寝まいとして、ありがとう気持ちいいよと言ってくれた。たぶんこのままヘッドスパをしたら寝るだろうと直感し、絢香を仰向けにさせて絢香の額から目の上に優しく蒸しタオルを乗せた。
「じゃあ、ヘッドスパとフェイスやっていきますね。」
絢香にそう伝えるとフェスラインを撫でるようにリンパ節に向けて血流を流していく。絢香はフェイスマッサージをしている途中に完全に寝息を立てて寝てしまった。一通り施術し終えた僕は、絢香には気づかれないようにスーッと組んでいた足を抜いて立ち、キッチンに向かった。
ワンルームの部屋とはいえ、物が少ないから仮眠部屋には充分なほど広く見える。僕は換気扇を回してタバコに火をつけた。絢香の発言から推測するとKAKOや家元とサンセットを観た後、那覇新都心店へ向かいそこで僕は倒れたのだと言う。アコースティックギターやらスーツケースやらをどうやって運んだのかすら謎のままだ。
僕はアコースティックギターを取り出して練習中である黒いオルフェという楽曲を弾きはじめた。朝、もう二度と帰ってこないかもしれない恋人を想いながらギターをつまびく、という女性心理を歌ったボサノバのスタンダードナンバー。
絢香とは付き合ったとしても、うまくいかないかもしれない。なぜだか、黒いオルフェを弾き語っていると、そんな心境になっていた。自由を求める僕は、女性をその気にさせておいてある日突然いなくなる。僕だって本当は結婚して幸せになりたいのだ。けれども、女性は結婚してしまえば二度と連絡することはできない。女性からモテる訳ではなく、ただ、僕の方から女性が好む趣味に飛び込んでいっただけの話しだ。
うまく弾けない、黒いオルフェを弾きながら、僕は朝焼けを待っている。
絢香とこのまま身体を重ねてしまえば、このはっきりとしない感情が少しは楽になるのかもしれない。
KAKOと観た美しいサンセット。
絢香と過ごしたかけがえのない時間。
どうして神様は二人もの素敵な女性を同時に巡り合わせたのでしょうか。
運命の歯車は止まることを知らない。
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