第19話 3時26分の記憶とラッキーナンバー1

高級リラクゼーションサロンみたいに余計な物がない那覇新都心店の仮眠部屋にて、僕と絢香は密室に閉じ込められた鳥のように沈黙していた。僕は静寂を切り裂くように絢香に時間を訪ねる。


「絢香先生、今何時ですか?」


絢香は腕時計に目をやり僕に告げる。


「3時26分です。」


「326...。アメリカ軍...。」

僕は那覇新都心店に向かう途中のタクシーの運転手の話しを思い出し、呟いた。


「エンジェルナンバーですか?」

絢香は興味深々と言った目でこちらを見つめている。


「エンジェルナンバーというよりも、数字の織りなすロジックです。」

僕は単に記憶の連鎖をロジックと説明した。


「326にはどんなロジックが隠されているのですか?」

夜更けに始まった絢香との明晰夢にも似た、不思議な記憶のお話しは、断片的に倒れる前の記憶をも蘇らせつつあった。国際通りのビジネスホテルで絢香に介抱されながらふいに彼女とキスをしたシーンが脳裏を過る。しかしながら、現実に起きたことなのか妄想なのか確信が持てず、僕は聞かれた通りに『326』に纏わるロジックを絢香に説明することにした。


「第二次世界大戦の最後の地上戦。

アメリカ軍が沖縄の慶良間諸島に上陸したのが3月26日です。」


「あ、そういえばそうですね!

3時26分と3月26日かぁ。アキラは真面目なんだね。私たちの世代は戦争を全く知らないで生きてきたというのに、未だに忘れられない記憶があるのですか?」


「いや、一番楽しいはずだった青春時代、高校生の頃。僕は家にずっと引きこもっていたんです。正確に言えば、心身症を患い高校に行けなくなってしまい、痴呆症の祖母のお世話をしていました。

3月26日というのは僕を引きこもりから救ってくれた友達の誕生日の前日なんです。


彼は両親共に沖縄の人なので、自身の誕生日が3月27日であることに深いカルマを感じていたようです。その後、彼は、もう二度と戦争など起こしたくないと仏道の道へ進みました。僕も先ほど話した元宮という友人も、そんな彼の後ろ姿を観て決意したのです。どんなことがあろうとも夢を叶えよう!と。


今から思えば、貧乏人と命を失いかけた男と引きこもりの僕のたった三人だけの生涯変わらぬ誓いだったのですが、不思議なことに、貧乏人だった男が先に玉の輿に乗って結婚していき、次に僕が社会復帰をして本来の自分を取り戻し、最後に元宮という友人が音楽の道で羽ばたいていきました。」


「もしかして元宮さんという友人は、ダブテックの日本人の方ですか?」


「えぇ、ダブテックご存知でしたか?

彼とは疎遠になったかと思えば、人生の大事な局面で再会して気づきを与えてくれる、僕の人生のキーパーソンみたいな奴です。一方で、3月27日の友人は、新城というんですけど、距離が近すぎて、ケンカばかりしてしまうんです。」


「ダブテックは私も大好きなアーティストです。新城さんと元宮さんとアキラ、なんだかとっても良い関係ですね!」


「仏法には異体同心(いたいどうしん)という考え方があるんです。異体同心とは、簡単に言えば、身体は別々に存在しているけれど、どんなに離れた場所にいようとも心は同じという意味になります。同じ志を持っているからこそシンクロニシティのような現象が起きやすいです。

さっき3月27日の前日のお話しをしましたけれど、ダブテックの元宮と僕は8月生まれで誕生日が一日違いなんです。占いでの相性も良いとでます。一方で新城君とは、ないものねだりで真反対の性格になるので相性が悪いと出てしまうのです。


長年、彼とは大喧嘩を繰り返してきてようやく彼の言っている意味がわかりました。僕は僕自身のソウルメイト達と繋がっていくこと。それが世界平和にも繋がっていく。」


「アキラの言いたいことなんとなく解ります。私は、特別な信仰を持ってませんけれど、仏法は科学だと考えています。」

絢香は夜明け前にもかかわらず、どんどんと脳が冴えていくといった具合で僕の話しに耳を傾けてくれていた。

ふと、僕の話しが彼女の睡眠時間を奪っていたことに気づき、素直に謝った。


「絢香先生、少し横になった方がいいですよ。布団一枚しかないのなら、僕は地べたにカーディガン羽織って寝ますし。」


「お気遣いありがとうございます。

でも、私普段からショートスリーパーなんです。だいたいいつもこの時間は、無目的に車でドライブしていますから。」


「占術師なのに、寝ないのですか?

こんなにも頭脳を使うお仕事なのに少しだけでも頭休めた方が良いですよ。

あ、そういえば僕、リラクゼーションサロンに勤めてたことがあるんです。

ヘッドスパと足裏マッサージなら得意なので頭とか足が痛かったらいつでも言って下さい。」


「アキラがマッサージ?

また変なこと考えてない?大丈夫?」

絢香は顔をピンク色に染めてそう言った。


「え?変なこと、、、?」

僕は那覇新都心での絢香との出会いの時、ふいに腕を掴んで、あなたのことが好きだ、と言った記憶と介抱された瞬間にキスをした妄想なのかよくわからない記憶が混じり合って、沈黙した。


「アキラって、ひょっとして、ラッキーナンバー高い?」


「は?ラッキーナンバー?

確か、ラッキーナンバーは1ですけど。」


僕がそう告げると絢香は口に手をあてながらクスクスと笑った。


「ラッキーナンバー1だったら、少しだけマッサージお願いしてみようかな〜。

でも、その前にちゃんと服着てよね!」


ラッキーナンバーにどんな意味が隠されているのか僕にはよくわからない。一説によると恋愛の傾向性が判るらしい。

マジカルナンバーは護ってくれる数字で、ラッキーナンバーは勝負する時に幸運をもたらす数字として説明している。

しかしながら、絢香の小麦色した肌に少しでも触れるチャンスがきたこと自体、すでに幸運なことなのかもしれないと僕は思った。


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