第16話 DNAとミラーニューロン

九州ナンバーの黒塗りのベンツがミラクルスポット那覇新都心店の裏側にあるパーキングに車を入れた。

それを眺めていたアキラは見覚えのある姿を助手席に見つけた。白い襟付きのワンピースにベージュ色した7部丈のパンツを合わせて首元にはオレンジ色のスカーフを巻いている。質素な装いでオーラを隠しているが、間違いない、アイドル占術師KAKOだ。

KAKOは車のドアを開け足早に僕の元へ駆け寄って来ると「アキラさんお待たせしてすみません。今日は家元の車で来ていますので、早く行きましょう!」と言い僕は絢香にお別れの挨拶を告げると、KAKOも「絢香さん。家元からの伝言です。今日は週末なのでいつもより気合を入れて売り上げを上げるようにと言われていました。後、勝負は夕方7時からだから、それまではチラシ配りよりもネット集客に力を入れるように指示が出ています。」と絢香に伝えた。


仕事モードに入っている絢香は、ステーキを食べている時の表情から一転して、妖艶な笑みを浮かべながらKAKOからの伝言を無言で頷くように聴いていた。

KAKOと絢香との間にある上下関係や微妙なパワーバランスがアキラにとってはとても興味深いものに映った。


KAKOにエスコートされ、家元の黒塗りのベンツの後ろ側の席に乗るように指示されると家元はKAKOも後ろ側の席に乗るようにと言われてKAKOは大急ぎで助手席に乗せていた少し大きめの肩がけカバンを取り出して、僕の右側の席に座った。


家元はみんな席に着いたことを確認するとエンジンをかけて車を発進させた。

「KAKOちゃん。絢香にはちゃんと伝えてくれたかな?」


「はい!ばっちりお伝えしましたよ!」

KAKOはカバンの中からスマホを取り出しながらそう言うと、僕も念のためメモ帳とスマホをカバンから取り出してPCM録音レコーダーを起動させて一門一句聞き漏らすまいと準備した。


「今日は天気が良いから、南部に行こう!南部の綺麗な海でも観ながら講義してあげるよ!」と家元が言った。


ベンツには久しぶりに乗ったけれど、動く応接間と言われるくらいに車内は静かでレザー製のシートはまるでソファーにでも座っているかのようなリラクゼーションを与えてくれる。そして、あんなにもピーカンだった太陽に照らされた天気が嘘みたいに車内はオレンジ色の間接照明を照らしたリビングルームみたいでゆるやかに会議がはじまった。


今日の講義にタイトルを付けるならば、DNAの謎とミラーニューロン。僕はメモ帳にそう記入した。


家元はまず、人気ディズニー映画のことを話題に持ち上げると、主演を務めた声優の両親が共に芸能人であることや、テーマソングを歌っている二人の歌手の対比を通して日本人の苗字に秘められたDNAの謎を簡単に説明してみせた。


「例えば、明治時代になるまでは、庶民に職業選択の自由はなかった。だから、代々親の職業を受け継ぐのが自然の流れだったのだけれど、明治時代と言えば、相当古い話しに思うかもしれないけれど、冷静に計算してみれば今からたった7世代前くらいのお話しなんだ。だから、芸能人に2世タレントが多いのも僕たちからしたら当たり前の話しなんだけれどね!

それに最近になって気づいたんだけれど、沖縄は日本列島とは少し変わった珍しい苗字が多い。この苗字だって、さっきのDNAの理論に当てはめて言えば、だいぶ人間の成長過程に影響していると考えて良い。だって、名前は変えられるけれど、苗字は変えられない。女性は結婚すれば苗字は変えられるけれど、残念ながら、人間は同じくらいの身分の人と結婚する確率が高いので、運命自体に与える影響は少ないと思う。

それよりも、やっぱり、人間の持つモノマネ機能とも呼ばれる『ミラーニューロン』という神経細胞が成功に深く関係しているんだよ。


家元はKAKOというよりも僕のレベルにまで下げて講義をしてくれている。

一般的にも、朱に交われば赤くなるとか、郷にいれば郷に従え、などと言ったことわざがあるのだが、理論的に説明されるとやっぱりそうだったのか!と小学生でも納得がいく説明をしてくれているのだ。


「ミラーニューロンって、今、流行りの脳科学の本でみたことあります!」

KAKOは僕と同様に科学に興味があるのか、少し興奮気味にそう言った。


「ホメオスタシスという脳内物質も成功と関係があるのだけれど、詳しくは、僕のブログに書いてあるのでみて欲しい。


ホメオスタシスとは、要するに、人間はステージを上げようとすると、変わりたくない!と抵抗するように出来ているので、今までと違った行動がとれないように安全な道を歩みたがる性質を持っているんだよ。だから、人間は中学生、高校生、大学生って徐々にステップアップできるように国から仕組まれているんだ。


だからといって、大卒が成功者になれるか?と言えばそうではない。むしろ、国が推奨するエリートにはなれるかもしれないが安全を重視するあまりに変化に弱い。だからこそ、僕も大学を2年間で中退しているのだけど頭の良さというのは、残念ながら学歴では決まらないんだよ。」


僕は家元が走らせる車の後ろに居て、チラチラとバックミラー越しに家元と目が合いそうで合わないことに対して気になっていた。成功に向けた話しはたぶんKAKOに向けての講義なのだろう。

しかしながら、一度は高校を中退し引きこもりの生活を送っていた僕にとっては大卒が頭が良い訳ではないという家元の主張に安心感を覚えたのである。


「今は占星術的に言えば土の時代から風の時代に変わる大事な転換期に生きている。この転換期は何百年も続いてきた安定の時代に終わりを告げて変化のスピードが速くなっていく。そして数年後、風の時代が幕を開けた時にさらなる革命が起きるはずだ。今まで大卒が良しとされていたのは、彼らが一流企業に就職して安定した生活を送りたかったからだ。

インターネット全盛の時代には、情報に価値があった。数年前までは貧乏でもお金持ちになれるチャンスがそこらかしこにたくさん埋もれていた。

その情報を求めて各地でセミナーが盛んに行われていたのだが、風の時代には、情報自体には価値がなくなってしまうだろう。

この占術だって本当は情報のビジネスなのだが、これからは占術師が想像力を駆使して勝ち上がっていく必要性が出てくる。KAKOちゃんやアキラ君はパーソナル『公』だったね。

このパーソナル『公』は自分自身が実力をつけて上に這い上がるというよりは、本当に運が良くて実力のある人を10人、取り巻きに持つことで勝手に成功していくよ!

でも、気をつけて欲しい。

パーソナル公は、誰とでも話が合わせられる一方で人間関係に振り回される傾向がある。

だからこそパーソナル『空』や『公』はどんなチームに身を置くのかで人生が180度変わってしまう。


DNAに秘められた謎やミラーニューロン。ホメオスタシス、風の時代における成功術について簡単に説明したけれど、どうだったかな?

じゃあ、アキラ君から気づきを話してください。」


急に気づきを報告しろと言われた僕は乱雑に書かれたメモ帳の走り書きを眺めながら頭の中で必死に家元の話しを整理していた。


「ちょっとだけ、、、はじめて聴くお話ばかりで頭が混乱していまして、、、。

5分ほど時間を頂けますか?」

僕が家元にそう告げると頭の回転が速いKAKOがじゃあ私から気づきを発表しますと告げ家元の話しを要約しながら自分の考えを話しはじめた。それを横で聴いていた僕は自然と自分がどんな発言をすれば良いのかをメモ帳に要約してまとめあげた。家元の講義がレベルが高いゆえに、必然的にKAKOや僕までもレベルが上がっていくのが手に取る様に解る。

それは僕がモノマネ細胞のミラーニューロンをはじめて意識した瞬間でもあった。

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