第15話 提婆達多の成仏と福沢諭吉

15時きっかりに家元から連絡があった。

たまたま彼の住まいが那覇新都心店の近くにあり、車ですぐに迎えに行くから、店舗で待っていてくれと言われた。


絢香は慣れたように、ピンクのワゴン車のバッグドアを開けて椅子やテーブルを取り出して、対面鑑定用の設営をやっていた。その作業を説明を受けながら近くで観ていた僕は、絢香の真剣な眼差しに触発を受けて姿勢を正される思いでいた。看板を出してピンライトの灯りを灯せば、アウトドア系のこじんまりとした可愛らしいパワーストーンショップの出来上がりである。車なのでいざという時は移動販売もできるのが面白い。


僕は絢香の後ろ側にいて、彼女のお尻を眺めていた。体型を隠すことのできない緑色のドレス。絢香のお尻はプリプリとしていて、丸みの帯びたラインが女の子らしさを感じさせてくれる。

男とは何気ない女性の仕草に弱い生き物である。小さなジービーズをピアノ弾きのようなか細い指先でつまむ。椅子に座り書類をチェックする時の真剣な眼差し。ヒールの高い靴から上を除けば、Vライン奥に秘められし月の神秘。


男は逆立ちしたって子供を産めやしない。だからこそ、肉体的な痛みには弱いことも女性はよく知っている。

もともと僕たちはどんな悪人や善人であれ女性の身体から生まれてきたのだ。

つまり、どんなに罪を犯した悪人でさえ、赤子の時は仏の使いとして産まれてきたかもしれないのだ。

当たり前だが、子供は親の後ろ姿を通して育つ。だから悪人になるのは『行為』によって悪人になるのであって、その行いを正しくすれば普通に生きてきた人よりも強く優しくなれる可能性を秘めている。日蓮の経典『提婆達多品』には、仏教の始祖である釈迦を殺そうとした極悪人である提婆達多(ダイバダッタ)が、実は前世では釈迦の師匠だったことが書かれている。

釈迦は提婆達多のお陰で仏になることができたと弟子たちの前ではっきり宣言しているのだ。飛行機は追い風だけでは飛べない。どんな気の合わない人でもその人がいるお陰で飛躍していけるチャンスに変わるのだ。占術しとしてセッションする時もこの『当たり前のこと』を伝えることが大事である。


なぜならば、人は当たり前に思うことほど軽視しがちで忘れてしまう生き物なのだ。一番難しいのは『時を待つ』こと。


不倫などは絶対にやってはいけないことだと理論的に知りながらもあえて肯定するフリをしなければならない。嘘も方便。幸せになる不倫は少ない。なぜならば不倫は相手から人を『奪う』行為だからだ。人からモノを奪う人は罰せられる。罰金刑などなんらかしらの刑罰も受ける。不倫には特別な刑罰はないかもしれないがお互いに不幸になる確率が高いのだ。


クライアントさんが何かしらの気づきを得て幸せな道へと進むように細く長いお付き合いをしていくこと。すぐに結果がでなくても焦らずにじっと心の中で祈りながら待つこと。幸せの種を植えたのだから大丈夫だ。後は、じっくりと人生大逆転劇のヒロインの勇姿を楽しみながら観戦しようじゃないか!


文学はその人の人生そのものである。

だから本来ならば誰しもが小説家になれる権利を持っている。自分が体験できないことを本を通して知ることが、一体どれほどの『勇気』を与えてくれることか。お金とは幻のようなもの。普通に生きてればお金は自然と入ってくるし貯まっていくもの。自らの限界に挑戦し敗れて無一文になったとしても『経験という財産』が残る。

昔を懐かしみながら汗水流して働いているうちに、だんだんと気づきを得て、なんとも言えない幸せを感じる時もある。


一番の最低辺からいきなり飛躍せずに着実にステップアップしてきた僕たちには、見栄も外聞もなにもなくなったとしても全国にたくさんの仲間達がいる。

大丈夫。ここまで強く優しく生き抜いてきたあなたならば幾らでも再起できるチャンスがやってくる。

本来ならば、挑戦しないことの方が一番のリスクだと思うから、挑戦する心だけは忘れてはいけない。


東から昇る太陽がシャーベットのように溶けていく時間まではまだ早い。

十六夜のお月様が雲の隙間から隠れんぼするように日月の神々達が絢香と僕を優しく見守ってくれているように思う。


絢香はパソコンでの作業を終えて、チラシを配り始めた。

絢香にかまって貰えなくてつまらなくスマホでゲームしてた僕は絢香のもとに駆け寄り「絢香先生、何か手伝うことありますか?」と訪ねた。


「アキラさんはゲストだからお手伝いの必要はありません。大丈夫ですよ。

せっかくだからパワーストーンでも観ていて下さい。桐箱の横にパワーストーンに関するファイルもありますから。

まずは、商品の名前と販売価格を覚えてくださいね!」


お喋り好きな人格『公』の僕は絢香と一緒に楽しく談笑しながらチラシでも配っていたかったのだが、念願だった店舗デビューに向けてストーンの価格を覚えることにした。過去に東京や横浜近辺にあるパワーストーンショップを練り歩いていたこともある僕はストーンの名前は知っているつもりになっていたのだが、うちの会社のメイン商品はチベット発の珍しいパワーストーン天珠(てんじゅ)。

東京でも高いお金を出せば良質なパワーストーンを買えなくはないのだが、さすがに高級天珠だけは僕たちのショップでしか買えない。旅費を計算したとしても東京でパワーストーンを買うのが馬鹿馬鹿しく思えてくる程高クォリティー低価格を実現してくれているのだ。物の価値は時と場所が変われば高く売れる可能性があるからこそ、金持ちが多い関東をターゲットにしているのであろう。

天珠をこうしてマジマジと観ているとなんだか自分も欲しくなってくるのだ。龍のマークが描かれた龍神天珠だけでなく、仏教が盛んなチベットらしい観音天珠(かんのんてんじゅ)、眼のマークは一眼天珠から二十一眼天珠まで豊富に揃えてある。

絢香はさっき本店からパワーストーンを持ってきたと言った。


移動式のスパゲティ屋さんとかケパブの店は東京でも観たことがあるが、沖縄ではそれがパワーストーンなのだ。

ビジネスの原理というのも基本的には一緒なのかもしれないなと思った。

本好きの僕だったらいずれは移動式図書館というのを経営してみたい。福沢諭吉が創設した慶応義塾大学の高等部の子が書いた作文コンクールで、図書館の未来というテーマで小論文を書いていた。

実は福沢諭吉は幼くして父親を亡くしていて母親に育てられている。その母親の旧性が橋本だったのでご縁に感じて応援しているのだ。

僕が大好きなアーティスト一青窈も慶応だし好きな小説家もだいたいが慶応義塾大学出身の人が多いのだ。

とはいえ、ライバル校の早稲田文学も好きだ。ほんわかしたような柔らかな優しい人達が多いように思う。


夢のキャンパスライフを送れる人達のことを羨ましく思う。図書館での恋愛模様を描いた作品が好きだった。でも、離れていてもこうしてみんなと同じ気持ちで僕も日夜勉学に励んでいる。

もしも作品が10万部売れたらそのお金で、2年間くらい大学に通ってみるのも悪くないかもしれないな。けれども、自由を求める僕は学歴が欲しい訳ではない。

むしろ、学歴なんて要らない。

アウトロー作家のDNAを継承するには、僕自身もより人が経験し得ない体験を求めて喜び勇んで行動していくしかないと悟ったのである。

将棋指しは今でも高校での3年間の勉強の時間が邪魔だとはっきりと言う人もいる。その貴重な時間を将棋に専念させるべきだ、と。人生は色んな人がいていい。そんな風に誰しもが自分に秘められし最大の能力に個性に気づけるようにして、占術を通してあなたにしかできない才能を伝えていきたいと思うのであった。

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