第12話 絢香のパーソナル『智』とアキラのパーソナル『公』

無意識のうち絢香の右腕を掴んでいた僕は、絢香の腕の柔らかさに性的な興奮ではなく、アルファ波がそのまま手から手へと伝わってくるような今までに体験したこのない癒しを感じていた。

絢香は「こんな場所で眠っていると風邪をひいてしまいますよ。」と言って、僕の手を優しく振りほどいてから「あなたは沖縄のひとではないようですね。どちらからいらしたんですか?」と尋ねてきた。


ヤシの樹からゆっくりと身体を起こし、彼女が右腕に持っていたチラシに目線を下げて、琉球占術の占術師絢香であることを再確認した。


「いきなり腕を掴んでしまって申し訳ありませんでした。僕は東京からやってきた占術師のアキラです。

絢香先生ですよね?」


このまま絢香を連れ去りたいくらいの衝動を覚えた僕は、あんなにも楽しみにしていた家元との約束の時間を気にすることもなく、現在、目の前にいる琉球に眠りし姫の伝説の世界から飛び出してきたような、絢香の大きくて少し潤んでいる瞳を見つめてそう言った。


「東京のアキラさんなのですね。リアルでは初めましてですね。

インターネットではいつもお世話になっています。占術師の絢香です。」


彼女の緑色のドレスからこぼれだしそうな胸の奥、無数の天珠を連ねたネックレスがマンゴー色に染まるヤシの樹の木漏れ日の中でひと際輝いて観えた。


「無事に逢えて良かった。これから家元とお会いする約束なのですが、その前にどうしても絢香先生にお逢いしたくて。お忍びで那覇新都心に遊びに来てしまいました。」


さっきまで眠りに落ちそうだった僕は、鮮やかな緑色のドレスに身を包んでいる絢香のピンと背筋が伸びた折り目正しきその立ち姿と、琉球訛りの不思議なイントネーションに、さっきふいに感じてしまった恋心にも似た「あなたのことが好きだ」という切なさの残る自分が発したセリフの事をはぐらかされたような気がして、それでも、マジカルカラー『緑色』が持つ癒し系の雰囲気と曖昧さを感じるセリフに焦らされる思いがして、綾香からの返事を待たずにこちらの方から質問を続けた。


「絢香先生は、手相も観れるんですよね。もしよかったら、僕の手相を観て貰えませんか?」


絢香が琉球占術に繋げるための誘導として無料で手相を観ている素人なのは知っている。アイドル占術師であるKAKOとは違い同じ琉球にルーツを持つ絢香に対してはなぜか甘えてしまうようだ。彼女は突然の鑑定依頼にも嫌な顔一つ見せることなく快く承諾しくれた。


「手相をみるなら少しだけ待ってもらえますか?

今日は本当は15時からの営業の予定だったのですが、店舗のストーンの補充のために来ています。

看板をしまえばすぐにフリーになりますから、少しだけ待っていて下さい。」


絢香と共に那覇新都心を歩いていると身長が167センチしかない小柄な僕なのに、絢香はたぶん身長150センチもないほど小柄な女性なので、自分の身長が突然伸びたかのような錯覚を覚える。

ピンク色のワゴン車のトランクには折り畳み式のテーブルや椅子などが綺麗に整理されたまま置かれていて、店の看板商品であるパワーストーンや天珠などは鍵付きの桐の宝箱に厳重に管理されていた。

絢香はストーンの在庫をみながら本店から持ち出した天珠を一つ一つ丁寧に振り分けて桐の箱を閉じた。


「私は沖縄県民なので、お昼でもステーキを食べて精をつけています。この近くには少し歩けば色んな飲食店があるのですが、アキラさんはお昼はもうたべましたか?」


「ステーキいいですね!僕の母親も沖縄出身なので、沖縄のサーロインステーキは僕の大好物です。

もしよければTUTAYAの2階にあるファミレスへいきませんか?僕は手相だけでなく色んなお話しがしたいので、ドリンクバーがある方が嬉しいです。」


「ええ、わたしもお昼休憩は店舗から一番近いジョナサンを利用しています。では、ジョナサンへ行きましょう。でもその前にパワーストーンのチューニングをするのでアキラさんは横から観てて下さい。不思議なことが起こりますよ!」


海風になびくように彼女の耳に着けられているイヤリングがキラリと太陽の光を反射して、艶やかな黒髪のセミショートヘアに文学少女特有の色気を感じてしまった。


絢香のパーソナルは『智』。このパーソナルとは大人になってくると一番表にでてくる性格のことで、主に、仕事の適正をみることに長けている。『智』は、研究者タイプで芸医術的な分野にも強い。けれでも、パーソナル『智』の人は俗に言う『人が見ないような盲点となるべき事象』スコトーマとも呼ばれる独特な視点で世界を観てるため一般人には理解されがたい性格を持っているのだ。


専門分野の学びを掘り下げていく研究者タイプのため、付き合う人たちがどうしても限定されていく。

僕やKAKOがもつパーソナル『公』は、どんな人とでもコミニュケーションがとれるため、人脈が広がりやすいので、広く浅くのお付き合いが増えていくのだ。逆にパーソナル『智』の絢香は、深く狭くの人間関係を構築していて、滅多なことでは心を開かせない。こうして、プライベートでの僕のお誘いに付いて来てくれるような性格ではないことを僕は知っている。


なぜ、絢香が僕の誘いを断らなかったのか。

佳子先生からは僕の沖縄滞在中のお世話係として絢香にお願いしてあることを聞いてはいたのだが、プライベートでは深く関わることはないかもしれないと思っていた。

なぜならば、上級鑑定師である僕よりも、エリア鑑定師の絢香は僕にとって上司にあたる存在だからだ。

ティンバから那覇新都心や国際通りの一号店での過酷な修行のお話を聞いていたので、占術師同士が仕事や勉強会以外で関わることはしない方が身のためだとの忠告を受けていたのだが、ティンバは広島に奥さんと小さな子供がいるから、僕の気持ちはたぶん理解できない。


ティンバのパーソナルは『匠』。

この『匠』というのはその文字のままの性格で、スペシャリストタイプであり、天才肌。そして、美的センスも高く、パーソナル『智』とも似ているように思うが、『匠』は究極を求めていく思考回路を持っていて、『智』のような研究者や開発者タイプと比べると、もともとあるものをもっと上へ上へと向上させていくことに生きがいを感じる職人気質なのだ。匠や智が一つの事に長けているのに比べて、オリジナルを大事にするパーソナル『創』は趣味を幅広く持ち、多趣味であるがゆえに人脈も横に横に広がっていく傾向性を持つ。だから、広報や企画、宣伝や営業などは、パーソナル『創』と『公』がいれば、勝手に広がっていくのだ。


パーソナル『智』を持ちマジカルカラー『緑』を持つ絢香は、マジカルカラーの性質上、パッと見は、とっても『癒し系』に見える。そして、既成概念に縛られることをもっとも嫌う。世間一般の感覚でいう常識というのは智の人にとてとても生き苦しい言葉なのだ。


僕の鑑定結果は、パーソナル『公』。マジカルカラー『緑』。深層心理『樹』。

ハートレベル『6.1』。行動力『6億』。シンキングパターン『44』と出ている。

これは、5点診断とも5シークレットとも呼ばれる、琉球占術の一番のコアとなる鑑定結果なのだ。

この5シークレットさえわかれば、だいたいのことが解る。性格や性質、恋愛の傾向性や判断の基準など、多くの情報量がこの5項目に書かれているのだ。


けれども、占術師としての勉強や実践をしているひとでなければ、とても読み解けない暗号のように感じてしまうであろう。この占術は悪用されてしまうと困るので、幾つものフィルターをくぐり抜けないと協会員にもなれないほど厳重に情報規制をかけているのだ。


絢香はチベットの秘宝であるシンキングボールを手にしてパワーストーンの周波数を調整しはじめた。その独特のうねるようなキーンとして静寂の中での瞑想をイメージさせるその音色に合わせるように、小鳥たちがハーモニーを奏でるように泣き始める。そして、不思議なくらいにうっとりとするその自然界の持つ周波数に、同じく自然から採れたパワーストーンたちが、共鳴をしているかのようにキラキラと輝きだした。


この魔法のような音色。

チベットから中国を経由し琉球王国へと伝わる秘宝であるシンキングボールの魔力。さっきまで活気に溢れていた人々たちですら、何か大切なことを思い出したかのように大人しくなってしまい、街には幸せな笑顔や談笑が交じりあって、つかの間の平和な時間が訪れるのであった。


「アキラさん。お待たせしました。お昼ご飯食べに行きましょう!」

そういって振り返った絢香は、まるで魔法の国での仕事を終えたかのように大人びて観えた表情から一転して、子供のような可愛らしい笑顔をみせた。頬は心なしかピンク色が浮かぶように観え、長い睫毛に隠れた瞳は潤いに満ちて、彼女の純潔さを証明するかのように一筋の光が彼女の頭上を照らし、艶やかな黒髪の上、楕円形のエンジェルリングが浮かびあがていた。


絢香先生とのプライベートでの時間は、幾つもの謎を追いかけてきた僕にとって、重要なヒントを授けてくれる時間になることを予感させた。

琉球占術と手相はどのように繋がっているのか。

絢香との出逢いでいきなり「あなたのことがすきだ。」と言ってしまったこと。自分自身でも不思議に思う。けれども、恋愛のトキメキよりも人間が持つ最大の欲望である知的好奇心を満たすことが優位になり沖縄で経験する未来への希望へと変わっていった。

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