第10話 占術師・絢香~琉球と台湾のDNAを持つお姫様~
タクシーを使って那覇新都心へと向かう道中、頼みもしないのに、生粋の沖縄県民であろうタクシーの運転手が、首里城の秘密を教えてくれた。彼が言うには、第二次世界戦時中、日本軍の総司令本部は『首里城』の地下に置かれていたというのだ。
第32軍司令部豪、首里城から南西に300メートル下った森の中に、約75年間ほとんど人目に触れることなく眠り続ける戦跡がある。
首里城の高台に降り注いだ雨が琉球石灰岩の地層を通り抜けて漆黒の地下壕の奥から出口に向けて、滾々と小川のように流れ続けている。3月26日にアメリカ軍が沖縄へ上陸し攻撃を開始すると、総司令本部が置かれていた首里城は瞬く間に見る影もなく焼失してしまったのだという。
2000年7月21日には、九州・沖縄サミットが沖縄で開催された。
キーワードとして『一層の繁栄』『心の安寧』及び『世界の安定』があげられ、紛争予防をはじめ、IT革命、感染症対策、貿易問題、国際犯罪や薬物対策、生命科学および環境問題などの重要な討議が行われた。サミットを記念して首里城が描かれた2000円札が発行されたことも今となっては懐かしい思い出だ。
僕は淡々と沖縄の歴史を語るタクシーの運転手の話に耳を傾けていた。時計に目をやると時刻は12時16分。東京で仕事をしていると時間などあっという間に過ぎていくのに、なぜか沖縄にいると時の流れが遅く感じてしまうのだ。リゾートホテルにでも泊まっている時ならばいざ知らず、まるで人気アニメの『精神と時の部屋』にでも入って修行しているかのように、現実世界と精神世界での流れる時のスピード感の違いに、圧倒的な情報量や経験を積み重ねれてきたように感じるのだった。
僕が沖縄入りしてたったの2日目だというのに『気づき』をまとめた日記用のブログはすでに11記事にも膨れ上がっていた。目にはみえない力に気づくことは、それだけで、成長なのかもしれない。
国際通りからタクシーにて移動をし、しばらくはつまらない街並みをぼんやりと眺めていたのだが、気が付けば、沖縄県とは思えないほどの都会に来ていた。
バックミラー越しにタクシーの運転手が「お客さん。もう那覇新都心ですけど、どのあたりで止めればいいですか?」と尋ねてきた。那覇新都心上を走るモノレールを目で追いかけていた僕は、「レンタルビデオ屋のTUTAYAとジョナサンがある通り沿いで止めて下さい。」と伝えた。
紫色したレザー製の肩掛けバックから財布を取り出して、お会計をすませ、車から出ると、真夏の沖縄の照り付けるような暑さに、喉の渇きを覚えた。
まだ人もまばらな那覇新都心通り沿いにはピンク色のワゴン車が一台止まっている。
(占術師・絢香先生か。)
FACEBOOKでしか見たことがないその姿だったが、マジカルカラーが緑色だという情報を得ていた。
僕は、てっきり絢香先生は、アーティストの夏川りみのような背の小さくて癒し系の琉球顔をしている人をイメージしていた。佳子先生が言うには、琉球と台湾のハーフだという。
僕は昔から、台湾と日本人のハーフであるアーティストの一青窈さんのような、異国情緒に溢れていてミステリアス、かつ、月明かりが似合う美しくて大人な女性がタイプだった。
一青窈さんの唄の物語に登場するような、名家のお嬢様の言葉遊びにも似た、独特のリリックに強い憧れを抱いていたのだ。
視界の先、ピンクのワゴン車が止まっているあたりまで、あと数十メートルまで差し掛かった頃、強い喉の渇きを脳が認識してしまい偶然見かけた自動販売機の前で脚を止めてしまった。思えば、沖縄の夏に慣れていない僕は、真夏の炎天下、国際通りの長い距離を歩いている時ですら、ビル陰に護られて涼し気な顔をして歩いていたというのに、那覇新都心に到着してから、海風が吹きぬけていく様子もなく、ただただ灼けるほどのアスファルトの照り返しに東京でアルバイトした引っ越し作業のことを思い出してしまった。
引っ越しのアルバイトは、水を飲めば飲んだだけ汗をかくと解っているけれど、やはり、真夏の繁忙期になると、一日に3件の引っ越し作業に加えて隙間時間には別現場へ応援に行かなければならないほど、忙しくて、スポーツドリンクを飲んで、ミネラルやカリウム、塩分を補給しなければ、すぐに熱中症になって倒れてしまうのだ。
真夏の暑さは東京よりも沖縄の方が断然ヤバい。歩いているだけなのに、サウナにでも入っているかのような息苦しさ、肌を焼いたようなヒリヒリ感、そして、日中は観光客以外を除いては滅多に歩いている人を見かけない。沖縄の人はどんなに近くにあるコンビニでも冷房が効いた車で移動する人が多いのだ。
僕は耐え切れずに、自動販売機でペットボトルのコカ・コーラを買い、すぐさま蓋を開けて、グビグビと喉に流し込んだ。爽やかな香りが鼻の奥にスーッと抜けていく独特の味。僕はそのまま力なく街路樹のヤシの樹にもたれて、土の上でも気にせずに座り込んでしまった。土の湿った匂いとヤシの樹からマイナスイオンの霧が神の僕と呼ばれる属性『緑樹』の僕の頭上から優しく降り注いだ。
僕は東京にいる頃から絢香先生に早く逢いたくてお話ししたくて仕方なかった。
彼女はマジカルカラーが僕と同じ『緑』なので、優しくて癒し系の雰囲気を持っていることはすぐに解った。しかしながら、SNS上でやり取りをするうちに、独学で手相を勉強していることを教えてくれたりお互いの鑑定を観ながら勉強を教えてくれたのだ。彼女はパーソナル『智』の性質上、こうでなければならないという、既成概念は一切通用しない。幸いにも僕のパーソナル『公』は、どんなひととでも話を合わせることができる。
むしろ、絢香先生の独特な知識、知恵に対して、一種の憧れを抱くようになっていった。
リアルでの顔合わせももうすぐ、あと、数十メートルもあるけば、ピンクのワゴン車にたどり着き、絢香先生が営業をしているのだろう。そう思うと、自分でも良くわからない強い胸の高鳴りを感じ、ひょっとして、琉球に眠りし姫とは絢香先生の事ではないだろうか?と、琉球王国のヤシの樹の下で一人、空想に耽るのであった。
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