第7話 真夜中の恋の記憶
僕はシャワーを浴びたばかりの裸のまま、コットン製の柔らかなバスローブに身を包まれて、アロマのふんわりとしたラベンダーの香りが部屋中に漂う空間に酔いしれながら、東京に出張中の佳子先生からの電話に出た。
「アキラ君、家元とはどんな話ができたの?」
「海外への憧れや出版への夢を語ったら、卍一眼天珠を勧められました。」
「家元から直接セレクトして貰えたなんてラッキーじゃない!
そして、卍一眼かぁ。確かに、一心に叶えたい大きな夢があるときは一眼天珠がおススメよ。
家元もこの占術を広めていく、と決意したときに持っていたのが卍一眼天珠だったの。」
「え?家元も卍一眼で奇跡を起こしたのですか?」
「えぇ。彼は昔からの経営者仲間でスピリチャルなどの非科学的なことは、一切信じない理系の人だったの。でもね、事業拡大を目指して中国へ進出したときに大失敗したの。その時に、国宝級のゴールドルチルクォーツと出逢うのだけれど、先輩から勧められるがまま渋々買ったこのゴールドルチルが、その後、事業の大成功に導かれるきっかけになったのよ。」
「ゴールドルチルですか?そういえば、中国本土を離れて海を渡りお商売する華僑たちも、7世代先までの家宝としてゴールドルチルを持つことが伝統らしいですね。」
「そうそう。華僑はもともと海を渡った中国人だから、現地に根ずいて成功するまでは本土へは帰らない覚悟を決めて東南アジアへ渡ったからね。実は、パワーストーを加工する工場は中国が9割を占めているので、世界中で採れた天然石の原石は一旦、中国に集まってくるの。」
「中国ですか?それは初めて知りました。だから、中国との関わり合いが深い琉球王国にはたくさんのパワーストーン屋さんがあるんですね?」
「そうなのよ。琉球王国は一万年の貿易で栄えた歴史がある、と首里城で発見したんだけれど、中国や日本、そして東南アジア諸国とのハブとして大変有利な場所にあるから。日本の教科書とは矛盾した歴史よね。
けれど、一万年前に琉球王国と秋田や新潟と貿易していた証拠として、その当時日本には作れなかったはずの土器などが発見されているの。世界の人からしたら沖縄県は日本という認識はなくて、やはり琉球王国なのよ。」
「琉球王国、貿易で栄えた一万年の歴史。日本人としては知られたくない歴史でしょうね。」
「まぁ、権力者の立場からしたら、消し去りたい歴史でしょうしね。
明後日、沖縄へ帰るから詳しい話は家元のマンションでお話しすますね。
ところで、明日から那覇新都心店の絢香(あやか)にアキラ君の身の回りのお世話をするように頼んであるのね。アキラ君は沖縄ではうちの会社のトップである家元のお仕事を最優先してもらうから、何かあったら、絢香に相談して。」
「絢香さんって、マジカルカラー緑の方ですよね?那覇新都心店の?」
「そう。アキラ君は東京出身だから電車移動が主だったと思うけれど、沖縄は車がないときついから絢香にお願いしてあります。絢香は台湾と琉球のハーフだけど沖縄育ちだから、アキラ君のDNAの謎を知るにも、どんどん質問してみて下さい。
アキラ君にはインターネットをお休みして貰って、店舗の経験を積んでもらいたいと家元にお願いしておきました。たぶん、少し仮眠をとって夕刻すぎから国際通り店と那覇新都心店の見学をして、同じく国際通り沿いのショッピングモールにある本店では鑑定というよりもストーンの知識を深めてもらうためにセレクトやデザインを手伝ってもらうことになると思います。」
「了解しました。色々手回しをしてありがとうございます。
ところで、東京はどうですか?」
「やっぱり東京は最高だね~。
長いこと沖縄にいると琉球タイムでそれはそれでまったりとしてロケーションも最高で楽しいんだけれど、仕事となるとやっぱり東京は優秀な方が多いので、仕事一番のパーソナル『長』の私としては嬉しいです。
いずれは、うちの会社も占術の協会も東京に拠点を置くのが家元と私の夢です。
ですから、東京出身の占術師はアキラ君と指で数えるくらいしかいないから沖縄と東京の懸け橋となることを期待しています。」
「チャンスを頂き光栄です!ありがとうございます!」
「いえいえ、深夜に電話してごめんね。
仕事は充実してるんだけれど、東京には誰もいないから淋しくなっちゃってさ。」
「え。先生でも淋しいという感情あるのですね。」
「普段はないんだけれど、帝国ホテルでアキラ君とはじめて逢った時のこと思い出しちゃてね。
あの時、帝国ホテルに宿泊していた私は、遅れてカフェテラスに向かったので。
その時、アキラ君はわざわざ席を立って私をエスコートしてくれたこと、とても嬉しかったです。」
真夜中も過ぎて、
突然の佳子先生からの突然の電話は、過去の恋愛の記憶を蘇らせた。
昔、愛していた人から2年越しで『一人になった』との告白、真夜中過ぎの電話。
JAZZの流れるコンポが置かれた本棚と流線型のテーブル、コカ・コーラしか入っていない空っぽの冷蔵庫、エレキギターしかない無機質な部屋で、
黒のレザーのソファーに寝転がりながら、僕は彼女との空白の2年間を思い返しながら、
もう愛していたことも思い出せないほど、長い月日がたった現在でも、好きだった記憶は色あせない。
「あなたのことが好きだった。」と僕が言えば、しばらくの沈黙が訪れ、
「でも、彼女いるんでしょ?」と彼女が言えば
なんて運命の残酷さ、あんなにも人を愛していたことはなかった。
神様の悪戯か、お互いに彼氏彼女と別れたと言って一番辛い時期に、連絡先を好感した時のトキメキ。
彼女と明け方まで、電話して、君が「このまま寝ずに始発をまって新宿へ行く」と言えば、僕も「新宿へ行く」と返事をして、Tシャツにエメラルドグリーン色したサマーカーディガンだけを羽織って家を飛び出した。
まだひともまばらな始発電車のガタンゴトンという夏の響きに、恋の予感が走った。
またしても運命の悪戯、別れたばかりの彼女と別れ話を切り出された新宿のファーストフード店が待ち合わせ場所だったよね。お互いに好意があることにも気づけずに、無言のまま、無目的に街を歩けば、不眠症だった君は寝ずに電話してきたものだから、代々木公園のベンチで可愛い寝息をして寝てしまった。
あんなにも大好きだった君のこと。なぜ、好きですとその場で言えなかったのか。
ある日、突然連絡が途絶えて、しばらくして風の噂で彼氏がをできたことを知った。
2年も経ってから、こうして電話してくるなんて、もう遅すぎるよ。
でも、純粋に人を愛することができなくなった35歳になっても、まだこうして、あなたの影を探している。新しい運命の出逢いを信じている。
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