第2話 827と素数の謎を追い求めて

-静かなる誕生祭-


夜来、夢の中でも優しい香りに包まれた。

台湾から琉球に伝わるほんのり甘くてスパイシーな香り。


色と数字の織りなす星語り。

あなたも琉球占星術を試してみませんか?


-占術師アキラ


銀座にある隠れ家的なカフェテラスにて僕はパソコンを開いて黙々と作業をしていた。

琉球占術とは、東洋占星術と数秘術、古典風水に加えて心理学をベースにつくられた沖縄発祥のオリジナルの占いだ。と、同時に高級な天然石の販売も手掛けているので、店舗に立つ時はハイブランドのお洒落な服を着て出なければいけない。

ただし、インターネット店においては、ダイレクトレスポンスマーケティングといって、お問い合わせがきてから幾つかのステップを踏んで顧客とのリアルセッションがはじまるので、普段は、ヨレヨレのTシャツを着ている方が作業しやすい。最悪は急なセッションが決まった時にデパートでハイブランドの服を店員さんにセレクトしてもらってから試着して購入し、ヨレヨレのTシャツは「捨てて下さい」という臨機応変に動ける人材でなければ、ネットのスピード感についていけない。インターネット店は誰しもができるわけではない。

だから、発送作業がメインのリアル店舗よりもインターネット店はうちの会社において花形部署なのだ。


東京にて一人インターネットをメインに活動している僕は、沖縄で活動する占術の開発者である家元や家元の一番弟子である佳子先生たちとは主にLINEでやり取りをしている。

本店は沖縄県の国際通り沿いにあり、沖縄県はもともとは琉球王国という独立した国家であった。


僕の母親が沖縄出身ということもあるのだが、僕や家元、佳子先生は、沖縄県は日本ではないという認識を持っている。江戸時代に琉球王国が薩摩藩からの侵略を受けて、その後、琉球藩という名で日本に帰属することになったのだが、もともとは琉球王国は、中国との関わり合いが深く、東南アジア全域の国と貿易をして栄えた歴史があるので、沖縄県となった今でも、琉球民族であることに誇りを感じているひとが多い。てぃんさぐぬ花という沖縄民謡に代表されるように、琉球言葉は日本語とも中国語とも違う不思議なイントネーションで伸ばす音が特徴的なのだ。


コピーライティングやインターネットマーケティングのノウハウを教えて貰ったばかりの僕は、アメブロとFACEBOOKの記事に加えて、無料メール鑑定をこなしている。記事を5記事書き終えた僕は琉球グラスのカップに注がれた冷たいコーヒーを飲みほした。

実は、8月27日は僕の誕生日だったのだが、宮沢賢治の誕生日も8月27日であることにご縁を感じていて、占い師というよりは、未来、小説家になるのが夢でこの世界に入ってきた。


しかし、普段ろくに本も読んでこなかった自分は、短い文章を書くことでも精いっぱい。

もともと無い頭をフルに使って記事を書いているのだし、せっかくの誕生日なのだから、たまには仕事から離れてご褒美に甘いケーキでも食べたいところだ。


FACEBOOK記事はタイムライン上に消えていく性質の宣伝だから、読んでもらえるのにも一苦労する。僕はさっき書き上げたばかりの記事を読み直した。

スパイシーな香りと星語りをかけて韻を踏んでみたのだが、3行広告は詩的なセンスがいるので、昔、アマチュアのバンド活動で歌詞を書き続けていたことが、家元や佳子先生に評価され始めていたことに対してとても嬉しくやりがいを感じていたのだ。


僕はカフェテラスの窓際の席から外を眺めた。

夕暮れの景色を観ながら歩くことが大好きな僕は仕事道具のパソコンとスマホ、ノートをレザーのビジネスバッグにしまい帰り支度をはじめた。


そういえば今日は、満月。


喫茶店をでると、お洒落でセレブなお嬢様たちと何度もすれ違って、彼女たちを眺めているとなぜか無性にタバコが吸いたくなるのだ。有楽町駅周辺で唯一タバコが吸えるのはパチンコ屋か少し離れたところにある公園だけだ。


柳が揺れる公園へたどり着くとポケットから煙草を取り出して一服していた。すると、どこからともなく人が集まりだして休憩中の調理師の人や仕事をおえたばかりのサラリーマンもニコチン切れの症状を埋めるために、今日も一仕事やり終えた満足感と言った表情でタバコの煙が消えていく空を見上げて安堵の表情を浮かべるのであった。


今日は幸いにも、メール鑑定の依頼が少なかったので、せっかくの誕生日を一人お祝いすることにしよう。さて、これから何処へ出掛けようか。


大田区の蒲田に住んでいる僕は京浜東北線の一本道でだいたい横浜か有楽町しか行かないワンパターン人間。しかしながら、だいたい夜の7時から深夜までにお問い合わせの電話やメールが殺到するケースがあるので、スマホのバッテリー節約のため、あまり遠くへは行けない。


僕は遠出することを諦めておとなしく蒲田に帰ることにした。

京浜東北線に揺られて蒲田駅ビルに着くと、駅ビルの1階にあるケーキ屋さんで苺のショートケーキとチョコレートケーキを買った。

リスペクトする宮沢賢治のバースデイだから静かにひっそりと銀河鉄道の夜でも読もうと思う。


ただでさえ小説が嫌いなのに児童向けの本ですら読み解きに時間がかかってしまう。

つい勢いで「賢治研究こそ我が人生!」と友人に宣言してしまったから余計に話しがおかしくなってしまった。黙々と勉強をはじめなければならない。


大好きだった映画の影響で、G線上のアリアを聴きながら、読書をすることが最近のマイブームだ。

家に帰ると僕はおもむろに制服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びていた。


上司であるティンバからの着信に気が付いたのは、僕がご褒美の誕生日ケーキを食べようとした瞬間だった。留守電を再生するとティンバからの伝言が入っていた。


「もしもし、橋本さんですか?お疲れ様です。ティンバです。実は沖縄から出張で東京に来ています。もし今日か明日、お時間ありましたら、ぜひ、銀座でお逢いしましょう!」


マジカルカラー黄色を持つ、ティンバは時々、こういうサプライスをすることが大好きだ。

しかしながら、さっき銀座から帰ってきたばかりの僕は「明日にしてくれ」とティンバにLINEで送ると「明日の7時、東銀座の駅前についたら電話してください。」とすぐに返事が来て

「了解です」と適当に短く返事をしてダメ押しのLINEスタンプをぽぽんぽん、と3つ4つ送り付けて(誕生日だから邪魔するな!)と無言のアピールをしたのである。


翌日、ティンバに逢いにいつもの青い京浜東北線ではなく京急電鉄の赤い電車に乗って東銀座へと向かった。赤は僕のラッキーカラーだし、京急蒲田駅出発であるならば都営浅草線の東銀座駅へも乗り換えなしでいけるからだ。

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