新宿占術師アキラとレヴィン
橋本昂祈
第1話 琉球王国に眠りし姫
-8月26日-
橙色したお月様が夜闇の中で凍えているように観えた。
G線上のアリアのせいだ。
母親のお腹の中にいた微かな記憶が蘇ってくる。
赤ちゃんの頃のような純粋な気持ちで人の幸福を願うことは僕にはもうできない。
air on the G string.
ピアノ弾きは技を磨き続けた。
彼女は言った。
「太陽はあまり好きではない」と。
冷たい雨に射たれることも。凍えるような雪が降ろうとも。
ひとり寒風に晒されて、、。
悲劇のヒロインを演じているのだろうか。
天空を駆ける使徒たちの物語が幾千にも綴られては消されていく定め。
聖なる母マリア様へ。
by Aki‐ra
僕は詩的な日記を書き終えるとコンビニへ向かった。頭がだいぶ痛むけれど今日は週刊スピリチャルの発売日だから仕方ない。行くしかない。
月下の棋士の世界観に影響を受けた僕は将棋そのものの興味より《月灯りの道》が似合う人になりたいと思うように変わっていった。
将棋の世界を極めたら「俺の人生を例えるなら銀だ。」と語れるようになるらしいけど「一生涯、歩兵の精神で生きる。」という人もいて、人間の考えていることや行動パターンは僕にはいまいちよくわからない。
月灯りが似合う人に憧れている僕は陰を微塵も感じさせることなく生きてきたはずだ。
友人達の前では奇妙にも明るく振る舞うことや話しを合わせることを覚えたばかり。
友人たちのバンド活動に加わろうとして通販でエレキベースを買ってみた。今みたいにインターネットでワンクリックで注文できる時代ではなく、わざわざ店に直接電話して「〇〇マガジン何月号の〇〇ページに掲載されている〇〇〇番のベースセットまだ在庫ありますか?色は黒が良いです。」と丁寧に説明しなければうまく伝わない。
後はオリジナルのフォーマットをコピーしてFAXで送る方法もある。が、届くまでお互い余計な手間がかかってしまうのだ。しかも僕はコミュ障で普段から無口だったから3歳歳上の姉に聴いてからメモ用紙に原稿を書いてそれをチェックしてもらわないとダメなのだ。
そうまでなってしまったのは、僕が子供のころから姉に何気なく心配をかけるような行動をとってしまうおっちょこちょいな性格に原因がある。
まだ幼稚園にも通っていない幼い僕は、
姉の勉強机の上に可愛い消防車のマグネットを見つけた。そのマグネットの四角いフチが僕にはどうしても息苦しく思えていたのだ。
ハサミでマグネットのフチを切っておいたら喜んでくれるのか、マグネット自体は「カッコよくきって欲しい」と言っているよう思う。
お母さんがいないからおばあちゃんに聴いてみよう、と隣の和室へと。祖母は言う。「オネェちゃんがとても大切にしているものだからむやみに触ったら傷つくかもしれないよ。必要ならオネェちゃんが自分でハサミできるから。そっとしておいてあげて。」とアドバイスを受けたのであった。
祖母からのアドバイスをすっかり忘れた僕はその30分後には消防車のマグネットをカッコよくしてあげよう!とハサミでチョキチョキやりはじめた。しばらくして祖母の言葉を思い出し顔色が急に悪くなり血の気がひいていく。
姉が激しくカミナリを落とす顔と歓喜に沸く顔の2パターンが浮かびあがり、気が気ではなくなって、祖母の部屋でゴロゴロしながら忘れようと心みたり「さっきからどうしたの?少し顔色悪いんじゃない?」と言われその優しさが神様の仕業に思えて僕はぷるぷると身体を震わせながら姉の帰宅を待っていた。
明るく元気よく「ごめん!ハサミで切っちゃった!本当にごめん。しばらく何でも言うこと聞くから許してください。」と言うべきか、ただただ、悲壮感を漂わせて電気を消した暗い部屋でメソメソとして反省の態度を示した方が伝わるのか幼き僕は必死に考えていた。
しかしながら、その日の姉は、心なしか鼻歌まじりで機嫌よく帰ってきたのである。
パターン2の暗い部屋で待機していた僕は、すぐさま作戦を諦めて全力で素直に謝ることにした。
この頃からなんとなく女性の方が本当は強いんじゃないか?そして本気で怒らせると地震カミナリ火事オヤジの父親よりも姉の方が怖いのではないだろうかと思いはじめていた。終戦直後に生まれた僕の父親は家庭内では亭主関白というタイプに属しているらしい。一言で言えば「黙って俺の後ろについてこい!」と偉そうに言う人間を日本ではそう呼ぶ。
普段は優しいのだが、一度怒らせると、ファミコンを子供たちからとりあげベランダに叩きつけて壊したり、プロレスのパワーボムという大技を仕掛けられて僕は逆さつりのままベランダから投げられそうになったほどだ。
しばらくは父親と口をきけなくなったのだが、ほどなくして父親には逆らうことをやめ勉強を頑張ることにした。父親が壊れてしまったファミコンを何度も修理にチャレンジしている姿を見てしまったからだ。彼がファミコンをばらしてハンダゴテで作業してたので、気になってしまい「その煙出る機械なに?」と質問してしまい父親との無言の冷戦は終わりを告げた。
こんな調子だから僕は小学校でもロクな友達付き合いができずにいて、たまたま低学年の時に、「アキラは男子からいじめられるタイプ。だから俺が守ってあげる。」と幼稚園の頃からの友人がそう言ってきたのだ。奇妙な友達付き合いは6年間にも渡った。その孤独な少年と行動を共にすることになりすぐに彼は女性から人気が出るタイプであることがわかった。彼はジャニーズ系の可愛い顔たちをしてるので放ってても女性の方からすり寄ってくるのだ。その少年は学校でも明るくて面白くて雰囲気を盛り上げてくれると言う。
彼の後にくっついていくと公園で学校の友達と必ず出逢う。カラーボールとバットを持ち寄って野球をしたり鬼ごっこの最新版ケイドロという遊びに興じているのが夕暮れまでの日常風景だ。
彼が孤独になるのは夕暮れを過ぎてからのこと。
ひとり寂しそうにコンビニエンストアへいき
「うちは夕飯が遅いから。」とよく解らない理由をみんなに告げ、おでんや肉まんを買って団地の下のホールで時間を潰しているのだ。
その様子が気になったのかひとつ歳上の先輩たちが彼のことを気にかけて話しかけるのである。
夕方過ぎにホールの下に野球道具を持ち寄り集まってくるのが日常の風景へと変わっていった。
僕の家はあいにくルールがうるさい。
「5時の鐘がなったら必ず帰ってこい。
どんなに遅くても6時までに帰って来なければ夕飯は食べさせない。他所のお宅と違ってうちにはおばあちゃんもいるんだ。小学生のおまえでも言ってる意味は解るだろ。」
という意味が僕にはわかるはずがない。
父親の喋り方はだいたいいつも説明不足なのだ。
気のいい友達たちは夕ごはんを食べたら出てくればいいと言う。「ソフトボールの夜の練習に行く。」と親に言えば絶対に大丈夫だ!と誰がきいてるわけでもないのに野球グラブで口元を隠しながら密談を交わす。
密かに気になっているのは孤独な少年と反りが合わないで仲間からはじかれた色黒のサーフ少年のこと。
朝の通学はその日焼けした少年ととぼとぼ歩きながら学校へ行くのだが、僕が元来の無口の上に学校の先生のことをニックネームで呼ぶことについて「アキラはみんなの真似をしない方がいい。黙ってれば女子から人気が出るよ。けっこう長いこと一緒に通学してて学校でも時たま様子みていて最近ようやく気づいた。アキラは口で失敗するタイプだと思う。」
大人びたサーフ少年は学校では憎まれ役だ。
が、どうせ大人の綺麗な女性たちに囲まれて僕たちにはよっぽどそっちの方が羨ましいのに。
そのことを素直に言うと
「アホか!俺らが20歳になった時には彼女たちいくつだと思ってるんだ。母ちゃん相手に恋愛しろというのか。」
「母ちゃんと結婚するって未だに言ってる人もいるじゃん。女性には歳は関係ないと言わないと。うちの母ちゃんに怒られる。」
「アキラ。そういう話しじゃないんだよ。
良いかい?馬鹿にして言ってる訳じゃないから少し落ちついて聞いてくれよな。
女子に興味があるってのは人間としてあたり前の感情なんだ。それに俺が大人の女性たちに遊んでもらってるのは仕方ないことなんだ。親父が波乗りやってるから俺は生まれた時から海にいるのが当たり前で育ったんだ。
ハワイではナイスバディの金髪のおねぇさんがたくさんいるし海にいくとギャル風のおねぇさんしかいないから悪いけど恋愛対象ではないんだ。人間って不思議と見慣れてくると飽きちゃう生き物なんだ。将来はわからないけれどさ。清楚な子とか森にいそうな子の方が可愛くみえてしまうよ。アキラはどうなんだ?」
「その気持ち。わからなくもない。
まぁ、僕はみんなが可愛いっていうから一番人気ある子に投票して口裏を合わせてるけどさ。
人はたまに、嘘をつく。今の僕みたいに。
ところで、月曜日の夜にやってるドラマのヒロインの人ですら歳をとるとダメってことなのかい?
僕は母親の言うことを全て信じている訳ではないけれど容姿や声が美しいキミのお母さんとだって恋愛できそうだ。誤解しないで欲しいのは、単純なる憧れ。綺麗な人は綺麗なままであって欲しい。」
「人ん家の母ちゃんが好きとかいきなり気持ち悪いこと言うなよな。まぁ、つまりそういうことか。なんとなく解った。アキラって興味あることと一対一ならけっこう喋るんだな。
サーフショップに出入りしてる女子高生の人ならひとりいるけど学校帰りに寄っていくか?
でもあまり期待しない方が今後のためだぞ。」
「うーん。
そろそろ勉強のために寄っていきたいけれどソフトボールの絡みもあるし。いきなりはレベル高くて無理だ。」
このような調子で家族や兄弟、友達たちなどの話しを傷つけないように振る舞うことを、いつしか
『カメレオン人間』になるぞと彼は警告を鳴らした。
「うちの親父が言ってた。みんなに話しを合わせているうちに自分が何者とか忘れて、何が大好きとか言えず。そのうちに本気で自分自身を見失ってしまう人を多くみてきたらしい。アキラは根が優しいからみんな心配だ。俺は友達からはぶかれたり孤独とかにはけっこう慣れてる。本当に心通わせた友達は遠くに住んでいて中々会えないだけ。海へ行けばすぐまた逢える。同じ歳でついつい生意気なこと言ったけどさ。
おまえ良い奴だから嫌われたくなかった。
けど今日は本音を言わせてもらったよ。悪く思わないでくれよな。お互いちょっとだけ大人になった時にまた会おう。」
これは彼が僕に言った最後の言葉だったかもしれない。
大人になり色黒のサーフ少年はハワイ出身の白人とユニットを結成し、彼らはインディーズながら数百万枚のセールスを記録するほどに、音楽業界の常識をことごとく覆して躍進し続けたのだ。
僕が趣味ではじめた宿曜占星術で色黒のサーフ少年と白人の相性を観たら栄親(えいしん)という最高の相性であることが解り、逆に、幼き頃に、色黒のサーフ少年をいじめていた孤独な少年と彼の相性を調て観ると安壊(あんかい)という最悪な相性であることが判明した。
色黒のサーフ少年の誕生日は8月28日で、僕の誕生日は8月27日、たった一日違いの誕生日なのに、こんなにも大きな差をつけられてしまったことに対して、西洋占星術や東洋占星術だけでは読み解けない不思議な運気の流れの謎を知りたかった。
今は音楽雑誌やテレビの向こう、CD屋さんで彼の姿を見かける度に、遠目から見ていて気がつくことなのだ。彼の周囲には不思議と『栄親』の関係が集まってくる。
かくいう僕も、3000人を目の前にして活動報告をした時には、僕の活動を心身共に支えていてくれていた大切な仲間たちがことごとく『栄親』という最高の相性と出て、仏法の神秘を痛感したのであった。
幼馴染のサーフ少年とは違い、僕にはピアノを弾くような素養もないし、詩を綴る感性も弱いと思っている。いざ物語を描こうと奮起して原稿用紙とエンピツを買ってきても、ついでに買っておいた夜食のサンドイッチの方が気になってしまう。
そういう信念なき男なのだ。
食べたらアイスコーヒーを飲んでテレビ観ながらまったりして。嫌なことすべて忘れて赤ちゃんのように寝ることを幸福と呼んだ。
ゆるくまったりと生きる人間とはいえ、リアルな人間付き合いは相変わらず苦手だ。そろそろ人間関係にもほとほと疲れてきっていた20代最後の年に月をベースにした星占いを趣味として学びはじめたのである。
入門セットのエレキベースはいつしかエレキギターへ変わり、最終的にはアコースティックギター1本と安いエレキが1本だけあればいいとなった。
リリック歴は長いようで浅く、寝てる時間にさえ神がかり的なインスピレーションが降りてくることを密かに期待しているタイプだ。一流を目指していたつもりが目指すジャンルがある日突然変わってしまい、子供向けの可愛い詩しか書けなくなるなどして、成長の遅い僕でも、どうにか、ブログに記事を書くことを覚えたのだ。
早熟と晩成運。
この違いはどこで生まれるのかをはじめの課題に設定して星占いの世界での遊学が始まっていったのである。
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