第33話 跡取りにしかできない放流の自動化

 世界の理に問題あり――という議題がいきなり経営の話に転換され、全員がきょとんと首を傾げた。


 「経営?跡取り辞めたいって命乞いの間違いじゃねえのか?」

 「いいえ。方針を変えて跡を継ぎます。僕の方針は跡取りの汎用化と金魚屋の独立」


 全員がハァと疑問を抱えたままとりあえず頷いたが、黒曜だけはピクリと眉を動かした。

 続いて依都が金魚屋の名前が出た事に遅れて気付き、あえ?と混乱のあまり舌を噛んだ。何で僕?ところりと首を傾げたが、もはやルーティンのように神威が破魔矢に手をかけた。


 「よりに何させる気だ!!」

 「え~?怒るのは話が終わってからにしてよ~」


 分かり切っていた神威のリアクションに、結はやんやんと肩を振り、逃げるように累に抱き着いた。

 その身振りだけでも神威はイラついたが、累がそれに同意してよしよしと甘やかす姿はさらに周囲を苛立たせた。そしてたまらず黒曜は煙管を結に投げつけ、それが結の額にごいんっとヒットした。


 「いたーい!」

 「何すんだよ!結、大丈夫か!」

 「いい加減にしろお前らっ!」


 結はわあんと嘘泣きで累にしがみ付き、累は赤くなった結の額を撫でながら黒曜を威嚇する。

 黒曜はふうふうと鼻息荒く怒りを爆発させ、今にも血管が千切れ飛びそうだ。

 そして結衣は満足したのか、分かりましたよう、と頬をぷくぷく膨らませ背を正した。


 「えっと、まず現状の問題は全てが属人化してる事です。跡取りを召ぶ鯉屋と出目金を大量処分する跡取り、個別退治する破魔屋、死分けする金魚屋。属人化は対少量であれば有効です。でも対応母数が増えたら手に負えなくなる。今がその状態」


 打って変わって真面目に語り出され、呆れとも驚きとも、何とも言えない気持ちで累以外の全員がため息を吐いた。

 各々結の言葉の意味を考え始めたようだったが、早々に諦めた依都はシュッと手を挙げた。


 「先生!分かりません!」

 「できる人が一人しかいないと、その人がいなくなった時困るよねっていう事。特に跡取りが顕著だね」

 「ですがそれは仕方のない事です。誰も放流はできないのです」

 「やろうとしないからできないんです。やればできる。まず仕組を解明して放流と同等の効果を持つ道具を作ります」


 自分の常識でありこの世の理だと言われているものを一刀両断跳ね返された衝撃と、弱々しい人だと思っていた結の切り付けるような言葉に紫音は思わず息を飲んだ。

 紫音は何か言おうとしていたけれど、結はくるんと依都に目を向けた。


 「ここで問題なのが死分けです。放流を汎用化しても仕分けができなきゃ放流自体ができない」

 「でも金魚屋は血統です。これはどうにもならないです」

 「ううん。これは血統じゃないんだ。ある人種なら誰でもできるの。工夫は必要だけどね」


 この時点で依都の脳はオーバーヒートしていた。

 人種って何、と思いはしたがぐるぐると頭の中に色々な情報が飛び交いぼんやりと口を開いて固まってしまう。

 結はあははっと軽く笑い、ぽむっと手を叩いた。


 「というわけで、考える事は二つ。放流の自動化と、死分けの仕組化と効率化」


 さっきまでイラついていた黒曜だったがこれには価値を感じたようで、ようやく身体を結に向けた。

 説明しろと促すと結はにっこりと微笑んだが、依都と神威はもはや何の話になっているのか分からなくなっていた。依都はもういいやと立ち上がると、結様の真似~、と言って神威の脚の間に座り直しぐだりと背を持たれた。

 依都が甘えてくることを神威が拒否するわけもない。結への警戒心など捨て去り依都の頭を撫で、二人はあっさりと戦線離脱した。


 「まず放流の自動化をします。目先の出目金は銃で対応。その間に放流の自動化をする」


 紫音と元大旦那は真剣な顔で各々噛み砕きながら聞いているけれど、累は結しか見ておらず神威は依都しか見ておらず、依都は自動化って何だろと思いながらも口には出さず神威にごろついている。

 だが結も黒曜もお互い以外と話をするつもりはないようで、外野には見向きもしない。


 「放流の自動化はフェーズを三つに分けましょう。まず跡取りの放流を分析する。それを道具にする。それを運用に落とし込む。黒曜さん、放流は銃の要領で道具にできますか?スイッチ押せば勝手に大量放流される道具がいいです」

 「放流の仕組が分からねえんだよ。お前は何やってんだ」

 「鯉屋作ったのあなたなのに分からないんですか」

 「鯉屋って形にしただけだ。現世の人間が来て出目金を消すってのは昔からある形なんだよ。毎回跡取りに聞いてるけど分かった奴はいない」

 「あー、なるほど。運用取りまとめただけって事か」

 「悪かったな」

 「いいえ。ミニマム運用で開始して問題提起できる状態にまとめるのは一番大変な作業です。それが完成されてるのは素晴らしい功績ですよ。だから僕が改善できるんです」


 たかだか二十年ばかり生きただけの子供に上から目線で褒め言葉を貰う事を喜べるわけもなく、ああそうかよ、と鼻で笑った。

 だが依都は、結様が褒めた、と拍手をしていた。


 「紫音さん。放流は跡取りしかできない。これは間違いないんですか?」

 「は、はい!」

 「僕これ違うと思うんです。僕はやり方が分からないのにできてるんです。着任と同時に魔法が使えるようになる!とかならともかく何もやってないのに。だから『跡取りしかできない』んじゃなくて『条件を満たせば誰でもできる』んじゃないかなと」

 「跡取りが後天的に授かるモンじゃねえって事か」

 「ですです。だって跡取りの舞と歌って大店の人が作ってるんですよ。絶対関係無い」

 「ですが歴代跡取りはそのようにしています」

 「そうなんですよね。実際そうしないと放流できないし」

 「振り付けも歌詞も関係無いがそれをやれば放流になる……」


 なんだろ、と四人が考え込むと、分かった、と依都がシュッと手を挙げた。


 「はいっ!」

 「はい、よりちゃん」

 「運動する!!」

 「ふんふん。で?」

 「で?」

 「運動してどうなるの?」

 「さあ」


 結は自信満々に目を輝かせる依都の頬をぎにににと引っ張った。

 にゃー!と依都はじたばたと暴れ、警戒する猫の様にフーッと毛を逆立てた神威が目を吊り上げて依都を奪い返す。


 「よりに触んな!現世特有の何かがあるんじゃねえの!?」

 「……あ!今度こそ分かった!ハイハイ!」

 「はい、よりちゃん」

 「疲れる!!」


 結はさらに自信満々に目を輝かせた依都の頬をぎにににと引っ張った。

 よく伸びるほっぺだ、とむにむにすると、はたと何かに気付いた累が結の袖を引っ張った。


 「なあ、それ依都は疲れないって事?」

 「だって僕ら物理的な肉体消費しませんもん」

 「ああ、そっか。魂だもんな。それであの大八車引っ張ろうとしたのか……」

 「でも手が痛くなるのでやりたくはないです」


 鯉屋に金魚の納品で出向いた時、依都はこの小さな体で水槽を大量に乗せた大八車を一人で引こうとしていた。

 どう考えても無理だもんな、と累はようやく納得がいった。

 けれどその時、そうか、と結は依都の頬をぶにゃっと潰した。


 「「呼吸か!」」

 「ふぎゃっ」


 頬を潰された依都が鳴き声を上げると、結はまたぶにぶにと頬をこね回す。


 「よりちゃんナイス。疲労で呼吸が粗くなると呼吸が増える。これだ。こっちの人は呼吸をしない」

 「え!?そうなの!?」

 「肉体構造が違うからな」


 何それ、と累は依都の胸に手を当ててみる。

 確かに胸が動く事はない。知らなかった、と累は驚きと感動のため息を吐いた。


 「呼吸は食べ物の栄養をエネルギーにして、その燃えカスを吐き出すみたいな事なんだ。それで二酸化炭素を吐くけど、この世界の人はそれが無い」

 「放流は二酸化炭素って事か?」

 「着火剤だと思います。こちらの何かに二酸化炭素を混ぜる事で出目金を消せる毒ガスが発生する化学変化で――……そっか!だから硫黄みたいな匂いがするんだ!」

 「何だそりゃ」

 「放流ってすっごい臭いんです。吐き気がするくらい」

 「そういえば結様はいつも酷い吐き気でお倒れになりましたね」


 紫音は申し訳ありません、と俯いた。

 元大旦那は紫音を気遣うように肩に手を回し支えるが、結は構わず話を続けた。


 「あの匂いが現世の肉体に毒なら跡取りが早死にする可能性はあると思う」

 「説得力あるな。この世界ってゲームみたいな魔法は存在しないだろ。踊って浄化なんて、そんな超常現象起こせると思えない」

 「うんうん!魂の世界ってのは驚いたけど、発生するのは死んだ物が具現化するっていうルーティンなんだ。絶対に原因があって結果が出てるはずだよ!」


 そうだそうだ、と結はぎゅっと累に抱き着いた。

 双子がきゃっきゃする様子に黒曜は苛立ちを覚えずにはいられないが、もう慣れた依都はまた神威に寄りかかり、はーい質問、とだるそうに手を上げる。


 「結様今も呼吸してるんですよね?放流中って事ですかぁ?」

 「ううん。だから他にも要素があるんだと思う。元々この世界にある何か」


 結は自分のやっていた事を思い返す。

 しかしやっていたのは踊って歌うだけ。うーん、と眉間にしわを寄せるが何も思いつかず困っていると、あの、と紫音がおずおずと手を上げた。


 「場所は関係無いでしょうか」

 「場所って、放流するあの場所?そういやいつも同じ場所でしたね」

 「……結様の御心を乱すと思いお伝えしておりませんでしたが、あそこは跡取りの墓場です」

 「え!?そうなんですか!?」

 「はい。もしやあそこに歴代跡取りのお力が宿っているのではないでしょうか」


 何だと、と累はがばっと結を抱きしめ、結も累にぎゅうと抱き着いた。

 今でこそふざける元気を取り戻した結だが、捕らえられていた時は恐怖に苛まれ憔悴しきっていた。結はそれを思い出すと体が震え、がっちりと累にしがみ付く。大丈夫だ、もう一人にしないからな、と累は結の頭を撫でて落ち着かせてやった。


 「……飴の栄養を燃焼させたエネルギー」

 「栄養?」

 「この世界にあって現世に無い元素っつったらこれしかない」


 元素、と聞いて結はむくりと身体を起こした。


 「そっか。現世の人間の体内で飴がエネルギーになって、それが魂と同じ扱いになったなら出目金を魂で相殺する事になる」

 「跡取りの早死にはそのせいもあるかもな。本来生者が得てはいけない物が入った拒絶反応」


 それだ、と結はあっという間に立ち直り、勢いよく立ち上がった。


 「なら飴が燃料になるって事ですよ!飴ってどうやってできてるんですか!?」

 「知らん。飴屋は独立国家みたいなもんで、鯉屋を作った時は既に在った。俺らとは成り立ちが違うんだ」

 「絶対何か隠してますよ、それ!命生かせるなら殺せますって!呼びましょうその人達!」


 結はその人呼んできて、と目を輝かせる。

 依都は金魚屋の従業員に声をかけ、大急ぎで飴屋を呼ぶように頼んだ。

 ついさっきまで顔を青くして震えてたくせに、と神威は結の変わりようにため息を吐くばかりだった。


 「まず間違いないでしょうね。飴が燃料で二酸化炭素が着火剤」

 「仕組さえ分かれば道具にできる。ちょいと研究は必要だが」

 「問題無いです。ようするに焼却炉作ればいいんですから。それより問題はもう一つの方です」

 「死分けか」

 「はい。僕と累、最大の疑問がこの死分けなんです。何でみんなできないんですか?」


 何で、と言われて全員しばらく考え込んだ。

 金魚屋じゃねーし、と神威はこぼしたが結はピクリとも反応せず流した。馬鹿にすらされないのはそれはそれで腹立つな、と神威はギリギリと歯ぎしりをした。

 それでも結は振り向きもしない。けれど紫音だけは優しくにこりと微笑んでフォローを入れた。

 

 「神威の言う通りですね。やはり見分けがつかないので襲ってくるの待つしかな」

 「ハイこれ!これ!」

 「え!?ど、どれでしょう!?」


 急に結は目をカッと見開き、ビシッと紫音を指差した。

 しかし当の紫音は何が結の興味を引いたのか分からず、え、え、と焦ってしまう。

 結は待ってましたとばかりニコニコと微笑んで、ぶんっと手を天井へ向けて振り上げた。


 「ハイ、じゃあ実験してみよー!」

 「おー!」


 誰も何も付いて行けていなかったけれど、依都はノリで手を振り上げた。

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