第34話 現世の血を引く金魚屋
結と依都は金魚鉢を五個並べた。
一鉢に金魚か出目金どちらか一匹が入っている。
「紫音さんが死分けて下さい。よりちゃんは答え合わせ」
これは、と結は一番左の金魚鉢を指差した。
紫音はじいっと見つめて恐る恐る答えた。
「……金魚」
「外れでーす」
「残念!では次どうぞ!」
「え、ええと、出目金?」
「外れでーす」
うう、と紫音は困ったような悲しそうな顔をし、最終的に五個全て不正解となった。
「わ、私に死分けはできません」
「どうしてできないんですか?」
「どうといわれても、どれも同じ白い光球なのに見分けるなんて」
「ハイこれ!!」
「え、ええ?」
「今のもう一度どうぞ!どれもどう見えるって!?」
「……どれも同じ白い光球です……」
「ほらこれ!!」
ほら、と双子は手を取り大きく頷いた。
「あのですね、僕らには赤い魚と黒い魚に見えてるんです」
「赤いのが金魚、黒いのが出目金だな」
魚、と言われて紫音はきょとんと首を傾げた。
「……それは水中を泳ぐあの魚でよろしいですか?」
「そうです。だよね、よりちゃん」
「はっきりと魚には見えないですけど、赤くてヒラヒラしてるのが金魚で黒いのが出目金です」
「金魚屋はみんなこう言うんだ。だからこの世界はみんな魚に見えてるのかと思ったんだけど、これは金魚屋だけなんだ」
これは累が初めて死分けをした時に依都が言った事だった。
『金魚は赤い子と黒い子で、うーんと、死因によって弔い方が違うから僕らが死分けしてるんです』
これを聞いて、赤と黒に分けた後、さらに複雑な何かがあるのだろうと累は思っていた。
何しろここまで露骨に色も形も違うのだから、いくら数が多くても見分けが付かない訳が無いのだ。さらに言えば、出目金の入っていない水槽が七割なのだからいちいち水槽に入って一匹ずつ確認する必要も無い。
それがまさか一律同じに見えているとは思っていなかった。
何しろ呼び名が見た目通り金魚と出目金なのだから、魚に見えていると思って当然だ。
「なあ、魂を金魚って言い出したの跡取りじゃないのか?じゃなきゃ呼ばないだろ」
「そ、そうです。初代跡取りが名付けてそれがそのまま店の名前に」
「ハイそれ!!」
「え!?」
またも結に勢いよく指差され、紫音はビクッと身体が揺れた。
「紫音さんナイスアシスト。それです。初代跡取りが名付けたのが店の名前になった。では復習問題です。金魚屋の旦那さんだーれだ」
それはつい先日結が明らかにした事だ。
累達は一斉に破魔屋の旦那であり鯉屋の大旦那である黒曜をじいっと見つめた。
結はビシッと黒曜を指差して顔を覗き込んだ。
「あなた現世とこっちの人のハーフでしょ」
「はあ?どっから来た話だそりゃ」
「あなたは英語や和製英語での会話を理解している。よりちゃんはよく僕らの会話が分からないそうです。ね?」
「は、はい。聞いた事無い言葉ばっかりで」
「それどこで知ったんですか?」
「何となくだよ。会話の文脈で空気読んだんだよ」
え~、と結はにひひといたずらっ子のように笑った。
ずりずりと机の上に身を乗り出し顔を覗き込み、じろじろと黒曜を目線で追い詰める。
「神威君の破魔矢は完璧な西洋剣です。こん棒オンリーのこの世界で作れないですよ」
「センスが違うんだよ」
「よりちゃん、センスの意味は?」
「……分かんないです……」
「何で英語使ったんですか今。神威君もストレスとか、和製英語も使いますけど」
しまった、と失敗を認めたのは神威だ。
黒曜はハアとため息を吐きがしがしと頭を掻いた。
「それに、これは累も最初から疑ってたんだよね」
「ああ。大店は一週七日制で十進法。これは明らかに現世の仕組だ。大店を仕切るのは鈴屋、つまりあんただ」
「何よりも銃です。あの時点で開発済みだったのでは?完成までたったの二日なんて無理ですよ」
「頭のデキがちげーんだよ」
「構造が分かっても、二日で金属溶かして部品作って溶接するのは物理的に無理です」
「まるっと二日集中してやったらできたんだよ」
「それは嘘です。部屋に籠ってたのは合計八時間程度で、金属回収に出かけてもいない。屋敷でぐだぐだしてたの僕見てましたからね。何で今嘘吐いたんですか?」
「それで一日中散歩しようなんて言ったのか」
「そう。この人怪しいなと思って」
黒曜が作業をすると言って部屋に戻った後、結は累を連れて屋敷を散策していた。
それは主に黒曜の部屋が見える位置をうろうろしていて、何をしているのかどういう行動に出るかを見張るためだった。
でも累と遊びたかったのは本当だよ、と言って結はがっちりと累にしがみ付いた。
「あとよりちゃんもかな。黒曜さんの血縁のよりちゃんが現世の人間に似てるんだ」
「え?何がですか?顔?」
「ちがーう。できる事とできない事だよ。ね、累」
「ああ。この世界の人間は金魚と会話できるんだけど、俺と結に金魚の声は聞こえない。実は依都もなんだ」
この世界の金魚は金魚同士で通信のような事をする。
これで出目金の居場所を把握できたりするのだが、これを依都は累に教えるのを忘れていた事があった。
『そういう重要な事先に教えといてくれよ』
『やー、僕金魚の声聴こえないから警報って存在ごと忘れちゃうんですよね』
『え?何で?みんな聴こえるもんじゃないの?』
『ほとんどの人は聴こえますよ。聴こえないのは金魚屋だけです』
『普通逆じゃないか?何で?』
『そういうものなんです。金魚と話さなきゃいけない時は神威君に代弁してもらってます』
この時から累は金魚屋に違和感を感じていた。
何故自分の預け先が金魚屋なのか、何故鯉屋に特別扱いをされるのか、何故跡取りのための技術を有しているのか。
一つ疑問に思うとどんどん積み重なり、結から金魚屋は現世の人間のような気がすると聞いた時は『やっぱり』と思っていた。
「お前の言う事はこじつけばっかだ」
「ふうん。でも認めた方が良いですよ。出目金をどうこうするなら必然的に金魚屋が巻き込まれます」
結はひょいと依都を抱き上げ黒曜の前にずずいっと立たせてぎゅっと抱きしめる。
「いいんですか?可愛いわが子を放り出して」
「え!?僕の事人質にしてます!?」
「近い未来に発生する危険を教えてあげてるんだよ。やさしーい」
「うわぁ……」
神威がよりを返せ、と奪い返そうとしたけれど、結はがっちりと依都を捕まえて放さない。
結はにんまりと笑い、もう一度黒曜に訪ねた。
「現世の人でお間違いないです?」
「……そうだ。初代跡取りは俺の祖父だ」
おお、と依都は驚嘆の声を上げた。
それは黒曜が現世の血を引いている事よりも、結が再び黒曜を屈服させたことに対してだ。
絶対逆らわないようにしよ、と依都は結の腕の中でじっと身を固めた。
「唯一死分けのできる金魚屋さんは唯一現世の血が流れてる人達です。つまり?」
結は依都の顔を覗き込み、どういう事でしょう、と問いかけながら頬を突いた。
依都はされるがままになり、ん~、と考え込んだ。
「分かった!現世の人なら仕分けができる!」
「ハイ、よくできました」
「先生!金魚屋しかできないという現状が変わりません!」
「お、よくできました。なので効率化をしますが、ここで考えるべき問題があります。何だと思う?」
「分かりません!」
正解を続けて自信満々になり、そのきりりとした顔で元気いっぱいに分からない事を叫んだ。
ざんねーん、と結は依都の頬をぶにぶにと潰す。
「正解はどこで死分けをするか。そもそも出目金にはこっちに来ないで欲しい。来なければ襲われる事も無い」
「じゃあ現世でやるんですか?無理ですよ」
「ハイそれ!!」
「やったぁ!どれですか?」
何が正解したのか分からないまま、依都は万歳をした。
結はいつも自分がされているように依都の頭を撫でる。
「現世でやればいいの。現世で捕まえて死分けて自動放流する。完璧」
「無理ですよ。だって現世に行けないもん」
「そうだね。なので行き方を知ってる人に聞いちゃおう」
結は依都から視線を上げた。
そして見つめた先はもちろん黒曜だ。
「黒曜さんはどうやって現世に行ってるんですか?」
「は?行ってねえよ」
「あなた千年以上昔の人なんですよね。和製英語ペラペラなはずないです。絶対現世に行ってます」
「知らねえな」
「説明して下さいよ、現世へ行く方法」
「知らねえ」
「あっそうですか。じゃあ僕が説明します」
「あ?」
結は得意げににたりと笑った。
「紫音さん。跡取りを召ぶ方法を教えて下さい」
「ええと、錦鯉を使います。錦鯉が道を作りそこから召びよせます」
「それですよ。錦鯉は人工で、しかも誰でも使えるんだから鯉屋じゃなくていい」
「……それは、確かに……」
「となると問題は錦鯉です。紫音さん、錦鯉はどうやって作られたんですか?」
「はい。あれは……その、かつての跡取り様の御身を削り作られた物と聞いています……」
「具体的な製法は知ってますか?」
「いえ、そこまでは……」
「ですよね。作り方教えて下さい、黒曜さん」
「俺が知るか」
「あっそうですか。じゃあ僕が説明します」
「……あァ?」
結は黒曜の言う事などお見通しだと言うようにアッサリと流した。
依都を神威に返し、おいでと手を伸ばしたのは話題の錦鯉である臨だ。
「この子は僕が作りました」
「え!?結様産んだんですか!?」
「何でさ。作ったというか生き返らせたんだ。死骸を再利用できないかと思って試しに血を与えてみたらなんとまあ」
臨は結に撫でられると嬉しそうにくるくると旋回した。
結が目の前で指を動かすと、それに引っ張られるように付いて行く。
「錦鯉は現世の人間の血肉で作られます。ここで同時に気になったのが破魔矢です。錦鯉と同等の性能なら製法も同じである可能性が高い。となるとそれも現世の血肉で作られてるのではと」
「いや、待てよ。破魔矢は旦那がくれたもんだ」
「だってこの人は現世の血肉を持ってるから。錦鯉もあなたが作ったんでしょう?」
「違う」
「まだしらばっくれますか」
「錦鯉を作ったのは俺の祖父だ。放流で身体が腐り、零れ落ちた肉を素材にした。俺はそれを真似て破魔矢を作った。それだけだ」
累は以前破魔矢が欲しいとねだった事があった。
その時に言われたのは『破魔矢を作るなら腕一本よこせ』という言葉だ。あれはそういう意味だったのか、と累はなんとなく腕をさすった。
なるほど、と結は珍しく少し驚いたようだった。
「なるほど。じゃあ現世との行き来は」
「待てよ!待てって!何だよそれ!」
「あれ?神威君は知らないんですか?」
「教えてねえ。神威は他の破魔屋と事情が違うからな」
「何だよ事情って!どういう事だよ!」
黒曜は大きくため息を吐いて肩を落とし、何度か言葉に詰まったが諦めたように重々しく口を開いた。
「お前は俺の血統じゃない。お前の母親はかつて跡取りとしてやって来た男の双子の妹だ」
「ふ、たご?」
「累みたいに連れて来たんですか?」
「いいや、こいつは偶然だ。双子ってのは魂が同一視されるみてえだな。たまにいる」
そんな、と神威は呆然と黒曜を見た。
俺は違うのかとぼそりと零し俯くと、あまり見ない弱気な姿に不安を覚えた依都はぎゅっと神威の手を握った。
神威は大丈夫だと返すけれど、大丈夫そうに見えない依都は結と累のようにべったりと神威にしがみついてやった。
やけに衝撃を受けてる理由は結も気になったけれど、二人の間に割って入る空気でもないしそっとしておこうと黒曜に向き直った。
「それで、現世とこっちを往復する事は出来ますか」
「できる。錦鯉を二匹連れていきゃいい。奴らが身代わりになってくれる」
「あ、あの、身代わりとは何のでしょうか」
「現世へ行くと魂は輪廻するが、当然魂は一つの肉体につき一つだ。輪廻する時に剥き出しになってる魂がいればそっちが優先して輪廻される」
「錦鯉に輪廻する役割をやってもらって、その隙に通り抜けるって事ですか。何だか随分雑な仕組ですね」
「輪廻転生は仕組じゃなく理だ。俺がやってるわけじゃねえよ」
「でも輪廻回廊で輪廻するんでしょう?」
「ありゃ俺が作った物理障壁だ。何でか連中はあの場所で輪廻転生するが、やたらのったらのったらしやがるせいで出目金に食われるんだよ。だから出目金が入らないように囲った。ついでに錦鯉も放してあるから二重で守られる」
輪廻回廊は流れる水に囲まれている。
そこを錦鯉がうろついているが、それはつまり出目金どころかこの世界の人間でさえ出入りができない鉄壁の防御だ。
しかしそれは出目金が出没しないのなら必要のない、ただ美しいだけの施設という事になる。
「よし。観光名所にしましょう」
「おい」
「だってもういらないし」
結は、よし、と手を叩いて大きく頷いた。
「はい、じゃあ話をまとめると、現世で仕分けして出目金を消せばよし。という事で次の議題は誰が現世で仕分けをするか」
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