第五話: ぱーふぇくと・こみゅにけーしょん



 さて、色々と予期せぬ事態に見舞われましたが、思いのほか穏便に解決致しました。



 誤解が誤解を招いた結果、生じてしまった争いも今は昔。



 余計な犠牲が出ることもなく、ワタクシたちと同化を果たした皆様方は……現在、幸せの中にいます。


 最初はどうなるかと思いましたが……皆様、とても協力的に動いてくれた為、何とか被害を最小限に食い留める事に成功致しました。



 それ自体は、良い事だと思いますわ。



 これまた誤解される方もいらっしゃるとは思いますが、ワタクシ、こう見えて穏便に物事を進めたいと思うタイプなのですわ。


 だって、いちいち争っていたらキリが無いとは思いませんか? 


 それこそ、『ボナジェ』同士の争いなんて、その代表と言っても過言ではございません。 


 ワタクシ、仕方なく争う結果になるのならともかく、そうでないのであれば極力平和的に物事を解決したいと常日頃から考えておりますの。


 その為ならワタクシ、多少なり痛みを堪えて受け入れる所存でございます。その証拠に、攻撃されても反撃は極力しませんでしたでしょう? 



 ワタクシも、元は人間だったからこそ分かりますわ。


 人間は、弱いからこそ自分たち以外を警戒しますの。


 何せ、銃弾一発で命を落とす生き物ですから。



 何なら、ちょいと頭を叩かれて血管の一本二本切れてしまえば命を落とす……それが人間という生き物。



 弱いですね(笑)


 馬鹿ですね(笑)


 阿呆ですね(笑)



 ワタクシが言うのも何ですけど、人間ってどうやって生存していたのでしょうか。かつての我が身ですけれども、正直、不思議でなりません。


 残っている記憶を見る限り、何事も無く生存していたのは確認出来ているのですが……いや、本当に、あのか弱さで生存出来ていた事がある種の奇跡に思えてしまいます。


 まあ、奇跡というよりは井の中の蛙……いえ、胃の中の鴉……忘れましたけれども、つまりは地球が宇宙の辺境にあるからこそ、無事だったのでしょう。


 あの弱さでうっかり『連盟種族』に喧嘩を売っていたら……止めましょう、考えるだけで怖気が走ってしまいますわ。


 というか、そ・ん・な・事より~も、ですわ。



「まあまあ、改めて近くで見ると……うん、事前確認した通りの美しさですわね」



 不幸な誤解の果てに起こった衝突を回避したワタクシたちは……無事に、人間たちの勢力圏の端っこ……に位置する惑星へと到着しました。


 普通に考えたら、人類が住まう惑星かどうかは現時点では分かりません。


 調査すればすぐに分かりますけど、それでも調べない限りは。ワタクシでも、さすがに外から目視でそんなのは分かりません。



 ですが、今のワタクシには分かります。


 だって、親切な皆様方と同化しましたから。



 同化した事で、皆様方の記憶は全てワタクシたちに共有されます。当人が思い出せない事でも、大脳より消去されていない限り、全てワタクシは把握する事が出来るわけです。



 さすがですね、ワタクシ。



 おかげで、残った人間たちの戦艦を自由に動かせるようになっただけでなく、一緒に船の構造を取得したおかげで、部品さえあれば彼らの戦艦を作る事が可能となりました。


 これ、結果的にはかなりのファインプレイというやつです。テストに出ますから、ちゃんと聞くのですよ、ワタクシたち。


 何故、ファインプレイなのか……それはひとえに、人間たちの生命維持に貢献したからでございます。


 と、いうのも、ですね。


 拿捕して治療した人間たちをこのまま『シンボル号』に乗せてもよいのですが、人間たちって脆過ぎて……ワタクシたちの騒動に巻き込まれて死んでしまう可能性が高いのです。


 なので、残った戦艦に、生き残った人間たちを乗せる必要があるわけですが……そこで、困った事態が一つ。


 はっきり言いますと、酸素が……人間が生存する為に絶対不可欠な空気が足りなくなってしまったのですわ。




 これにはワタクシ、呆れましたわ。




 いえ、仕方がない事だとは思うのです。多少なり余裕を持たせているとはいえ、限度がございます。そして、ここは地上ではなく、宇宙。


 ワタクシやワタクシたちのように、宇宙空間を自由自在に行き来出来る生物ではございませんし、濃度の変化で容易く命を落としてしまう生き物である事は重々理解しております。


 故に、ワタクシは……爆散して散らばった戦艦の破片や、絶命して漂うばかりとなった人間たちの遺体を材料に、新たに宇宙船を建造する事となりました。


 幸いにも、人間たちが使っている戦艦(笑)は、質として考えれば低度も低度。武装を用意する必要もありませんし、ただ近くの惑星に戻るだけを考えれば良いわけです。


 さすがに『シンボル号』のような宇宙船を作るとなれば、周辺の衛星や彗星を引っ張ってくるだけでなく、必然的に小型化してしまいますが……で、ですわ。


 つまり、エンジン付きの大気圏突入が可能な箱を作れば良いのです。


 重力圏から脱出する場合は別ですけど、宇宙から向かうのであれば、そこまで高出力である必要もありません。



 ……快適性? 


 知らない言葉ですわ。



 というわけで、レッツら建造ってわけです。簡易も簡易なので、ものの小一時間で完成……で、そこに空気諸々を注入し、出発したわけでして。


 そうして、時間にして8時間14分52秒後……人間の視力でも、大陸の形を薄ら確認出来る距離にまで近づいて……さあ、彼らの故郷(?)にご対面というわけですわ。



 その名を、『惑星ゾルダ』。



 人類が18番目に見付けた移住惑星。大陸の形こそ違いますけれども、ワタクシの記憶に残っている『地球』と似たような……まあいいか。


 少しばかり懐かしさを覚えますが、所詮は似ているだけで他所の惑星ですし……あっ、そうだった、忘れていましたわ。


 何ともいえない感慨深さを他所に置いた私は、素早く『アリス・ネットワーク』を通じて『シンボル号』だけでなく全戦艦に乗り込んでいるワタクシたちへと話し掛けます。




 ──はい、集まりましたねワタクシたち。




『集まったとはいっても、ネットワークを通じているから集まっておりませんけど』


『シンボル×宇宙……そういうのもありますのね』


『ていうか、この前振りいる? 24時間常にこっちの会話聞いているじゃん』


『地球よ、私は帰って来たぞ! 者ども出撃応戦じゃ!』


『血の気荒すぎなやつ居て引く、もう少し優しさを見せるべきだと私は思いますわよ』




 相変わらず喧し過ぎて溜め息すら零してしまいそうです。ていうか、零れました。それはもう、盛大に。


 本当に、もう少しこう静かにしろよというか、落ち着きなさいと何度思ったか……やはり、所詮はワタクシたち、司令塔であるワタクシに比べて器が劣ってうぼぁっ



 ……。



 ……。



 …………はい、注目。そして、復唱。




 大事な事を考えている時に、爆弾担いで突貫してこない。





『自爆は駄目、よくない。ワタクシ、覚えました』


『自爆は駄目、よくない。ワタクシ、覚えました』


『火薬が足りなかった、次は細胞全て燃やそう』




 はいそこ、二度目は許しま──って、あなた前も自爆特攻かましたやつですわね、ワタクシ覚えておりましてよ! 


 ポチッと、ボタンを1つ押す。


 途端、ワタクシの下へと落ちてくるワタクシ。こっそり再生して逃げ果せたつもりでしょうが、そんな甘い考えでは無駄ですわ。



『うぉわ~吸収される~次回の活躍にご期待くださ~……』



 さすがに、2度目は許しません。


 ていうか、ここで許すと3度目の自爆特攻をかましてきそうなので、問答無用の吸収でございます。


 ワタクシ自身、あの程度の爆発でどうにかなる事はありませんが、周りがそうではないのです。


 こう、何と言いますか……経年劣化による汚れはいいのですけど、それ以外の理由で汚れたのを放置するのが嫌でして。


 爆発されると破片やら何やらが飛び散って周りが汚れると、掃除がくっそ面倒なのですわ。


 倉庫とか、作業スペースとか、始めから汚れても大丈夫な設計にしている場所なら良いのです。


 掃除しやすいですし、何なら壁でも床でも剥がして新しいやつに入れ替えてしまえば終わりですから。


 でも、さすがに『シンボル号』の頭脳……コクピットならぬ中枢デッキでは、そんなに簡単にはいきません。


 いえ、やろうと思えば出来ます。しかし、それをするには一時的に『シンボル号』を停止しなければなりません。


 だから、力いっぱい注意しておきましょう。お前ら、同じことをやったら問答無用の吸収ですよ。


 そもそも、自爆戦法をされると部屋がぶっ壊されます。


 あの程度の爆発ではビクともしない頑丈性を確保しておりますが、中枢デッキ以外にも、場所によっては『シンボル号』が一時的に機能停止に陥ります。


 そういうの、嫌でしょう? 


 せっかくここまで来て、目の前で待ちぼうけとか嫌ですよ、ワタクシは。ワタクシたちも、イベント発生直前の地点で延々と足踏みするのは嫌でございましょう? 




『当然ですわね、時間は有限、ちゃっちゃと進めた方が宜しいかと』


『ワタクシ、手に入るアイテムは全部揃えてからイベントに突入したい派閥でして……』


『分かりますわ、ワタクシも、ラスボス手前まで極力アイテムは使わない性分でして……』


『え、使わないで行くとか何の為に集めたの? 使った方が楽出来るのでは?』


『派閥を敵にまわしたな、訴訟も辞さない、覚悟せよ』





「……ワタクシたち、もう少し意志を統一してくださる?」



 ワタクシたちは全てワタクシですけれども、全てがワタクシではございません。


 これは言葉では説明し辛い概念ですが……ワタクシは個であり群、群であり個。全てが一つの生命体であり、一つ一つが同じ生命体でもあるのです。


 なので、統一した思考で動くことが可能ではありますが……こうして長い間分裂した期間が続くと、ある程度の個性というか、思考に違いが生じてきますの。


 まあ、個性といっても全てワタクシたちですし、ネットワークを通じてワタクシとワタクシたちは常に繋がっておりますので……止めましょう、話が逸れましたね。



「とりあえず、このまま『惑星ゾルダ』に接近……おそらく、向こうから何かしらの反応が来るでしょう。様子を確認しつつ、このまま外交を行い、友好的な関係を築きたいと思います」




『初手艦隊壊滅したワタクシたちが、友好的……? 友好とは、いったい……うごごごご』


『普通に考えて、敵勢生物が攻めてきたと考えると思いますがどうでしょうか?』


『ワタクシなら初手反撃ですわね。ありったけの爆弾積んで突撃かましますわよ』





 本当にやかましいですわね、ワタクシたち。


 とはいえ、ワタクシたちの言う事はもっとも。



 如何な理由があったとしても、不幸にも初手で艦隊を壊滅し、それなりの犠牲者を出してしまったのは事実。ある程度元に戻したとはいえ、破壊したのは事実。


 今でこそ彼ら彼女らはみな幸福の中でワタクシたちと一緒になられましたが、だからといって、事実は事実。


 多少なり、人間の皆様方との交渉にてこちらが不利益を被るのも、仕方がないのかもありません。



「……あ、艦隊の幾つかに通信が入っているみたい。どうする? こっちに映像回して代表面晒しますか?」



 そうして、ぼんやり考え事をしていると、主に通信関係を担当しているワタクシより口頭による報告。


 それを聞いて、ワタクシ少しばかり首を傾げましたが、すぐに賢いワタクシは答えを導き出しました。



 ──どうやら、人間さんたちは無事だった彼らの戦艦に連絡を取っているようです。



 考えてみれば、当然でした。


 所属不明の『シンボル号』だけならまだしも、その傍には彼らの下より出発した戦艦が同伴しております。


 状況が全く分からない彼らは、まず同じ仲間の戦艦に連絡を取ろうとするでしょう。


 どんな対応するにしても、彼らが求めるのは情報……そう、最重要である『情報』が欲しいはずですわ。



 ……な~の~で。



 残った艦隊に居る代表者(もちろん、ワタクシたちと同化しております)を通じて、ワタクシを紹介してもらいます。


 本当はいきなりワタクシが表に出ても良いのですが、以前の……何故かいきなり攻撃してきた人たちの事もありますし、まずは間にワンクッション挟むべきでは……と、考えたわけですわ。


 ……。


 ……。


 …………そんなわけで、映像を傍受しながら紹介されるのを早く早くと待っているわけなのですが。





『──お、おい、本当にどうしたんだ? 何があったんだ?』


 『大丈夫です、ここには幸福があり、彼女が幸福へと導いていきます』


『──司令官、そこに副司令官はいるか? いるなら、代わってくれ』




 『分かりました、では映像を切り替えます』




『──うむ、よし、君が副司令官だね? 私は惑星ゾルダ艦隊総司令官の──』




 『皆様、ここには幸福があります! 彼女と共に、幸福の中を生きましょう! よろしければ、ワタクシから話を繋ぎますが?』




『──君も、か。おい、これは本当にハッキングによる性質の悪いジョーク映像ではないのだな?』


『……はい、映像のみならず、識別番号含めて全てのチェックをクリア。出発した戦闘艦のFT-809番で間違いありません』




 『さあ、どうしましょうか? ワタクシたちは、私は、俺は、僕は、とてもとてもとても幸福であります!』




『……何の悪夢だ、これは』


『総司令、どう致しましょう。警告用の信号弾を撃ってみますか?』


『いや、それはまだ早い……おい、あのデカブツの所属は判明したか?』


『いえ、依然として不明です。現在、形状より該当すると思われる艦を全星系より片っ端から確認しておりますが……』


『……こんなことを言うのもなんだが、アレとは戦いたくないな。出来る事なら、穏便に解決したいものだが……』


『何を悠長な事を言っているのですか、総司令! 貴方も見たでしょう! あの艦は、有無を言わさず我が艦隊を攻撃したのです! これは明らかに敵対行為だ!』


『そうですよ、総司令! 既に、戦端は開かれてしまった! ここで戦わずして、何時散ってしまった同胞たちの仇を取るのですか!』


『そうは言うがな、諸君──』





 とまあ、こんな感じでございまして。


 どうにも……話が一向に進む気配がしません。



 というより、会話が噛み合っていないというか、通じ合っていないというか。



 ──おそらく、戦艦に乗っている彼ら彼女らと同化しているワタクシたちのせいでしょう。



 というのも、最初はお互いの相互理解の為に同化し、ついでに、不必要に怖がらせてしまった皆様方の精神を少しでも癒す為に色々と手を施しました。


 その中の一つが、負傷した彼ら彼女らを癒した時と同じ、脳内分泌の操作です。


 もちろん、同じような処置は施しません。アレは負傷した肉体を直す為にという必要な処置でしたし、他にも戦闘で高ぶった精神を落ち着かせる意味合いもありました。


 しかし、戦艦に乗っている彼ら彼女らは精神の高揚こそ認められるものの、肉体的な損傷はほとんど皆無。中には軽く負傷した者もいましたが、それは転倒したとかその程度の理由です。


 ワタクシとございましては、別に問題は無いと思うのです。ワタクシと同化しておけば、好きなだけ快楽を楽しむことが出来ますから。


 その方が皆様方も幸せですし、ワタクシと致しましても友好的な関係を築けるから、一石二鳥だと思ったわけでございまして。


 ただ、無事だった戦艦に乗っていた皆様方……どうにも誤解が生じているようで、ワタクシとの接触をとにかく嫌がったのです。



 これにはワタクシ、困りましたわ。



 ならばと思って対話を試みようにも、完全に正気を失った皆様方は、ワタクシを見つけ次第、レーザーを撃ちまくって来ましたの。


 威力は……何時ぞやの人達が所持していた武器に比べて、少しばかり強かったです。


 やはり、正規軍の装備だからでしょう。まあ、一般人の彼らと正規軍の装備が同レベルだったら、それはそれで管理しなさいって話ですけど……で、すわ。


 威力は高くとも、ワタクシにとっては誤差の範囲。ぶっちゃけ、周囲が汚れるし下手に飛び散ってしまうしと、その分だけワタクシたちが増えるので、止めてほしい限りですわ。



 おかげで、無駄に一つの戦艦を壊してしまいました。



 途中で何度も撃つのを止めるよう警告しましたのに、それでも発砲を続けてきました。


 当然ながら、その分だけ増えます。文字通り戦艦の中はワタクシで埋め尽くされ、彼ら彼女らは尽くワタクシたちに押し潰されてしまいました。


 しかも、どうやらその映像が、生き残っていた他の戦艦にも流れていたみたいで……もう、この時点で対話が不可能なぐらいに皆様狂乱しておりました。



 ──なので、大脳同化からの脳内マッサージ(意味深)でございます。



 最初は同じく快楽3000倍にしようかと思いましたが、あんまりにも泣き叫んで嫌がるので、500倍程度にしておきました。



 ワタクシ、こうみえて優しいのですわ。



 幸いにもマッサージがよく効いたようで、皆様方は随分とワタクシたちに心を許してくださいました。いわゆる、大親友というやつですわね。



 これにはワタクシ、鼻高々ですわ。



 ただ、どうにもこの人間たちは距離感が近いというか、何というか……仲良くなりましたし、一時的に同化を解いてみようかなと思って離れてみたのですが。



 ……そうした途端、皆様方……そりゃあもう、泣いて喚いてワタクシたちに縋りつきまして。



 どうやら、脳内マッサージが随分とお気に召したみたいで……乞われるならばと思って再び同化したのですが……すると、困った事態が一つ。


 それは、快楽500倍中はまともに会話が出来ない……という事です。


 まあ、それはそうでしょう。間にワタクシが入る事で人体に悪影響こそ出ませんが、だからといって、平時の状態が維持されるかといえば、そんなわけがありません。


 言うなれば、常にオーガズムが続いているような状態です。それも、ワタクシが間に入らなければ即座に気絶するほどの、強烈なやつですわ。


 当人は普通に話せているつもりなのでしょうが……傍から見れば……はあ、やれやれ、これはもうワタクシが出るしかありませんわね。



「仕方ありません、ワタクシに映像を回しなさい。以後、ワタクシが直接窓口となって彼らと対話を行いましょう」

「了解、映像回します」



 は~、まったく。


 やはり、ワタクシが頑張らないと駄目ですわね。



 不甲斐ないワタクシたちの対応に苦笑しつつ、ワタクシは……映像にて映し出された総司令と呼ばれていた男に、挨拶を──。




『……そ、その、どうして君は裸なのかね?』




 ──しようとしましたが、出来ませんでした。



 ……。


 ……。


 …………そうです、そうでした、すっかり忘れていました。



 自爆特攻された時に、衣服が消し飛んでいたのを。


 いえ、それ以前にワタクシ、最初から服なんて着ていませんでした。そういうのが必要だということを、すっかり忘れておりましたわ。



 ……いちおう、理由はありますのよ。



 それは、分裂する度に服が破けてしまうから。負傷した際のワタクシの分裂速度とパワーを抑えようと思ったら、並大抵の強度では耐えられません。


 かといって、ゴムなどの伸縮する素材で抑えようにも、無理なのです。


 圧迫が原因で何かしらの出血なり負傷をすると、それ以上のパワーで分裂してゆきますので。


 ぶっちゃけ、服なんて用意した端から破損してしまうので、個人的にはいらないモノ筆頭でございます。


 ……まあ、とはいえ、ですよ。


 さすがに、人間たちと交流する際に、裸のままはよろしくなかったですね。少なくとも、ワタクシが記憶している人間のソレでは、服を着るのが常識でしたから。



「……服って、何でしょうか?」

『え?』

「困りましたわね、ワタクシ、服なる言葉を聞くのは初めてでございます」



 なので、誤魔化すことにしました。


 さすがですね、ワタクシ……天才的な言い訳に、思わず身震いしてしまいましたわ。






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