第三話: 動き出すユートピア




 ――色々な不幸が重なった事故より、1年。



 とりあえずは船をその場に停止して……その数、約1万体にまで分裂したワタクシたちが、『シンボル号』内部を駆け回っております。


 何故、約1万体なのか。


 それは、無駄に増えすぎてダラダラとサボるやつが現れたからですわ。まったく、誰に似たのか、すぐ楽をしようとしますの。


 この前なんて、わらわらワラワラと増えたかと思えば、広間を作ってそこで相撲をやり始めましたの。



 信じられます? ワタクシ、さすがに怒りましたわ。



 サボるのが悪いとは言いません。ですが、作業に支障が出る程に熱中するのは如何なものかとワタクシは思うのです。


 全く、おかげで賭けは大損、本体であるワタクシがボロ負けとは、ワタクシたちは何を考えているのでしょうか。


 アレにはワタクシ、本体として見過ごせませんでしたわ。罰として、カウンターを貰いましたけど、右のパンチを叩き込みましたの。


 これは、男と男の……いえ、女と女の……いや、ワタクシってばどっちが正しいのか……まあいいか。



 とにかく、落とし前は付けました。



 ワタクシ、本体なだけあって、他のワタクシたちより幾らか強いのです。ただ、命令を下せるわけではありません。


 1人だけコードネーム付いていたり色が違っていたりする個体みたいなものですから。まあ、変わろうと思えば変われますけど。


 ていうか、勝ったところで、それがどうしたって話ですけど。


 どちらにしろ、ワタクシの船には通貨など流通しておりませんので、勝ち誇った顔が出来るぐらいですけど……さあ、話を戻しましょう。


 そんなワタクシが……何故、個体数を1万体にまで増やし、そのままワタクシたちが分裂したままなのか。


 それは、1年ほど前に宣言した通り、『シンボル号』の内装工事の為に人手が必要だからでございます。



 何せ、ワタクシたちは数に物を言わせる事しか出来ません。



 ドリルで穴を開けたり、扉を増設したり、壁を壊して面積を広げたり、開発した様々な機械を設置したり、配線を通したりなど、全て手作業で進めるしかないのです。


 まあ、もちろん、それが悪いというわけではありません。


 単純なマンパワーというやつは劣っていると自覚しておりますが、全て1人で完結させなければならない他のボナジェとは違い、ワタクシは分割作業というモノが可能なのでございます。


 擬似的に分割するのではなく、物理的に分割出来るのです。その気になれば、本当の分割払いだって出来ますよ。


 ……我ながら、ナイスジョークです。


 隠したって無駄ですよ、ワタクシたち。フフッと2割ぐらい笑ったのが分かりましたからね、良い子のワタクシたちは後でご褒美です。



 ――さて、何やらいきなり笑い出した気色悪いワタクシたちは、置いといて。



 実に効率的に作業が進んでいるのですが、その分だけ非常にやかましかったりします。まあ、幸運な事に、この船にはワタクシたちを除いて誰もおりません。


 なので、いくら騒いでも問題なし。飛んだり跳ねたりしたところで、苦情は出ません。出たとしても、ワタクシが却下致します。


 故に、ワタクシたちは思う存分、内装工事……分かり易く言い直しますと、リフォームとやらに精を出せるわけでございます。



 ……おかげで、我ながら良い物が出来ました。



 剥き出しの配管やら内壁やらは全て見えない様に工事をして隠し、代わりに照明器具や壁紙や塗装などで、肉眼では分からないように。


 何も無かった広間は『食堂施設』や『入浴施設』を始めとした、人間が生活するうえで必要なスペースへと形を変え、何から何までピカピカに。


 大量に作った個室は、そのまま居住区域として寝泊まり出来るようにしたうえで、プライベート空間を意識した、様々な機材を作って設置して。


 こりゃあもう、向かうところ敵無しってやつですね。


 我ながら、くっそ強過ぎて腰が引けてしまうぐらいです。痒いところに手が届き過ぎて肉が抉れるぐらいに完璧かつ最高な内装へと近づきました。


 こっそりあの船より得た情報はそれほど多くはありませんでしたが、いわゆる『高級品』や『貴重品』に関する情報が有ったおかげです。



 ……とはいえ、未だ完成というわけではありません。



 何故なら、出来たのは内装……つまりは、ケースだけなのです。どれだけ御立派な箱でも、中身が伴わなければそれは、ハリボテも同じでございます。


 しかし、残念な事に……今のワタクシに、伴う中身を用意する事は出来ません。


 まず、何と言っても人間を持て成す為の資材が何一つありません。あ、いえ、やろうと思えば物質転換装置オメガチェンジで作れるのですが……食べ物等は難しいのです。



 だって、ほら……味覚って、人それぞれでございますでしょ?



 見た目はオレンジでも味は豚肉とか、人間たち面食らっちゃう。賢いワタクシは分かっております。やる前から失敗すると分かっている事に労力を注ぐなど致しません。


 ていうか、味覚に合う食糧を作るのって、めちゃんこ面倒臭いのです。


 単純に甘味や辛味や苦みだけなら作るのは簡単ですけど、『美味しい』って、それらの複合体でございましょう?



 ワタクシ、そんな面倒臭いの嫌ですわ。手抜き、大好きですわ。



 いちおう……参考となる情報は、ワタクシたちから受け取ってはいるのですが……それでも、生物から作る方が簡単だし楽ですので、そっちから攻めることにしました。


 他にも、この身体に成る前の記憶情報は有るのですが……我ながら言うのもなんですけど、これは参考にしちゃ駄目ってのは分かりますので。


 なので、食料関係は一旦、横に置いて。


 仕方がなく、今は……全個室に、ワタクシたち主演のAVをセットしておきました。顔も見た目も性別も変えたので、全年齢対応AVでございますわ。


 総監督ワタクシ、主演女優ワタクシ、主演男優ワタクシ、映像音声その他諸々全部ワタクシの、何処に出しても恥ずかしくない健全なAVでございますのよ。


 ……ワタクシ、元は男なので分かります。


 とりあえず、未知のAVは好みの地雷ジャンルでなければ、一回見ておくのが作法というもの。抜ける抜けないはどうでも良いのです。


 あの船にも、そういった映像データがいっぱいありましたし……何時か、『シンボル号』に人が来た時、見せてさしあげましょう。


 ……。


 ……。


 …………しかし、これは、アレですね。


 何でございましょうか、業務や利益を一切考えない作業に黙々と取り組むって、けっこう楽しいですね。



 これが、いわゆる趣味に没頭するというやつなのでしょうか。



 ワタクシ、この身体になって……まあ、おそらく長いのでしょうが、始めてそういう感覚を心から実感致しました。


 ほら、アレですよ。


 望んだ形にならなかったという失敗なら既に経験しております。


 動力源を作っている時は、何度も作り直す事になって気力が萎えていました。


 でも、これは違います。作り直すといっても、一から同じモノを作り直すわけではありません。


 だから、とても楽しいのです。


 極めた匠の気持ちって、こんな感じなのでしょうか。


 望んだ形になるまでストレスを感じたりしますが、形を成した時の快感ときたら、脳汁が出ました……っと、話を戻しましょう。




 ――色々有って、内装工事も一通り終わったワタクシは、『シンボル号』を発進させました。




 今の『シンボル号』は、全長40km。


 縦にも横にもパワーアップ、装甲も前より分厚く頑丈に。


 そう、アレもコレもと詰め込んだ情熱のおかげで、以前よりも大きくなりました。本当はもう少しパワーアップさせたかったのですが、キリが無いので切り上げました。


 もちろん、それでもなお、この船の動力源である『炉心』の許容範囲でありますわ。


 伊達に、惑星を割る程の爆発を引き起こす代物ではございません。たかが40kmの宇宙船、フルパワーで動かしても余裕なのでございますわ。


 ……。


 ……。


 …………で、そんな『シンボル号』が何処へ向かっているのかと言えば……ここより4光年ほど先にある、とある惑星でございます。


 ここは、かつての地球と同じく恒星との距離が適切で、質量も大気圧も水などを留めていられる程度にあり、火山活動が程よく活発という、もはや実質地球みたいな惑星でございます。



 ……あのくそマンボウ、なんでこっちにしなかったんでしょうか?(憤怒)



 いえ、まあ、これに関しては責めるのは間違いでしょう。


 だってこの星、限りなく地球に近い構成ですけど……まだ、知的生命体が誕生していないのです。


 より正確に言えば、それに近しい個体は観測出来たのですが……アレが人間レベルに進むまで、最低でも10万年ぐらいは掛かりそうですわね。


 なので……事前に先行していたワタクシたちに、食物連鎖の頂点に立ってもらいました。分割作業って、便利ですわね。


 抵抗が原始的ですから、色々と楽ちんチン。


 広い大陸使いたい放題の実験し放題。


 いやあ、自由に使える場所があると本当に楽ですわね。


 おまけに、協力してくれる人間たちがいっぱい出来ましたので、その分だけ作業も捗りまして……と、着きましたわね。


 ワタクシたちの視線が、空間モニターに表示された青い惑星へと向けられる。


 元々は黄緑掛かった青だったのですが、1年掛けてテラフォーミングした頑張りのおかげです。パクパクモグモグ、頑張りました。



 ――で、そこには現在、事前に先行していたワタクシたちが作った大規模な農地と、大規模な酪農(又は、家畜施設)施設がございます。



 種や家畜などは、『連盟種族』から授かった知識でどうにかなりました。持っていて良かった連盟種族の知識……とはいえ、それでもすぐに実用段階に至るには骨が折れました。


 『シンボル号』に積んである炉心の動力を使って、色々と物資を送ったり省略化したりのおかげで、『種』を作る機械は順調に作れましたが……問題は、そこから先。


 泣き言というわけではありませんが、味覚に関しては、ワタクシでもどうにもなりません。


 もうね、こればっかりはサッパリですわ。だってワタクシ、自由自在に味覚を変えられるので、特定の好みが無いのですから。


 だから……他所で協力者になってくれた人間たちを現地に運んで、そこで頑張ってもらうことにしました。


 いやあ、有力な協力者でした。彼ら彼女らの協力無くして、この計画は成り立たなかったでしょう。



 もちろん、ワタクシも協力致しましたわ。



 そうしないと、皆様方の胃袋が供給過多で破裂して、みんな死んでしまいますから。ワタクシ、そのような非道は嫌いですの。


 で、どうして破裂するのかと言いますと。


 それは、サイクルの速さが原因でございます。


 これでもかと種や家畜のサイクルを劇的に早めたおかげで、3時間に1世代の速度で個体の寿命を迎えます。


 つまり、生まれてから死ぬまでが3時間。専用の培養装置を使用して行うわけでございますので、次から次へと試していただかないと追い付かないのですわ。


 はっきりと言うなれば、3時間ごとに食材の味見をしていただくわけなのですが……その量が、1人当たり24時間で2トンです。


 思いつく限りのパターンを試しましたので、それぞれが一口ずつだとしても、だいたいそれぐらいの量になってしまうのです。



 ……。


 ……。


 …………もちろん。ええ、もちのろん、ですわ。



 何処となく天然で愛らしさ抜群のワタクシでも、そんな量を人間が短時間で摂取出来ないことぐらいはわかっております。



 なので、皆様方には食べられるように致しました。



 ワタクシってば、冴えておりますね、天才ですね。食べられるようにしてしまえば、全て解決でありますわ。


 もちろん、皆様方には一切の苦痛は与えません。危険な食物だって与えてはおりません。うまみ成分たっぷり詰め込みましたので、食べる為なら親すら殺すぐらいに夢中になりましょう。


 ワタクシ、そこらへんもばっちり考えておりますから。


 『種』は作りましたが、家畜などは元々この星に住んでいた個体を改良して作りました。やはり、オーガニックな食材って人気らしいですからね。


 加えて、人間にとって毒に成りうる要素は極力排除も致しました。


 そうして、栄養面と安全面をクリアした後、彼ら彼女らの協力を得た結果……今では、誰もが笑顔で食べられる最高の食材になりました。


 ワタクシたちが常に皆様方を保護し、最上級の快楽と幸福の中で仕事に従事できるよう尽くしました。よく頑張りましたね、ワタクシたち。



 さて、そんな惑星にワタクシが向かう理由は、『シンボル号』との間を行き来する専用のワープ装置を設置する為ですわ。



 現在、船の内部には『空間結合』という、空間と空間を折り曲げて繋ぐ、惑星間同士の短めな距離ぐらいならば重宝するワープ装置を使って物資等のやり取りを行っております。


 でも、これ……色々と制約というか、使用可能範囲が短いという最大の弱点がございまして。


 それを解決する為に、ワタクシたち『シンボル号』が直接現地に向かっている……というわけであります。


 ……ほら、いちいち船の内部で食料などを生産するとなると、管理が糞面倒臭いというか、限られたスペースであれこれやりくりしなければなりません。


 ワタクシとしては、そんな狭苦しいやり方は嫌でございます。


 作るのであれば、40kmなんてけち臭い事はせず、500kmでも1000kmでも、大きくドーンとやりたいんですの。



 ……。


 ……。


 …………とまあ、そんな感じで暑苦しく語っているうちに、目的の惑星へと到着致しました。



「総員、着陸シーケンス!」


 『アイアイサー、でありますわ!』



 号令を掛ければ、ワタクシたちが返事をする。


 次いで、滑走路というか、停船場所として定めておいた地点に『シンボル号』を着地させました。う~ん、何だか癖になりますわね。


 船を下りてその場に待つこと、5分程。


 どこからともなく、ワラワラと羽虫やバッタのように飛んだり跳ねたり、地上を駆けて来たりと惑星で作業をしていた協力者の人間たちが寄って来ました。


 集まった彼ら彼女らは、とあるコロニーを根城にしていた人間たちでございます。ワタクシも後から知ったのですが、どうも、堅気ではなかったみたいで。


 いわゆる、盗賊団……というやつなのでしょう。


 その姿は、誰一人の例外も無く中々に派手でございます。タトゥーやピアスは当たり前。中には、義手を付けた気合の入った御方までおります。



 ……ていうか、今更ですけど厳つい顔というか、そういう風貌していますわね。



 さすがは盗賊、さすがのワタクシも、気付くのが遅れましたわ。伊達に、警察やら何やらから逃れ続けてはいない……というわけですわね。


 まあ、逃亡生活も今は昔。そのような辛い暮らしも、ここでは無縁でございます。


 気候が調節されたこの惑星では、衣服など最低限で十分。食事も入浴も排泄も幸福を感じるように致しましたし、規定値に達したら定めた相手とセックスしてストレスを発散するようにも致しました。


 もちろん、お互いが十二分に快感を得られる状態のうえでのセックスです。どんな相手でも、常に最高の相手だと認識するようにも致しました。


 おかげで、皆様方の反応は最高なんて言葉では足りず、不満の声など全く出ておりません。ワタクシも誇らしげな気持ちでいっぱいです。


 そう、皆様方はワタクシが幸せに致しました。


 ワタクシたちと共に在ると決まった以上、皆様方は幸せに成る事が決まっていますのよ。嬉しい事に、誰も彼もが笑顔でありますわね。



 これにはワタクシも笑顔になります(ニチャァ)。



「皆様方、幸福ですか?」

「――はい、幸福です!」

「皆様方、幸せですか?」

「――はい、幸せです!」

「皆様方、幸福は義務であり、幸せになるのも義務でございます。さあ、今日も義務を全う致しましょう」

「――はい、義務を全う致します!」



 尋ねてみれば、皆様方は笑顔で本心を語ってくれました。ん、はて、ところで、本当に本心なのでしょうか?



「ワタクシたち、皆様方は幸福の中におりますか?」


 『――超喜びまくり、脳内麻薬分泌しっぱなしですわ』



 少々心配になったのでワタクシたちに尋ねてみます。


 直後、皆様方の胸元の肉が内側より盛り上がり……ワタクシたちの頭部がニョキニョキっと生えました。



 『心配し過ぎですわよ……ちゃんと逐一報告しているではありませんか……』


「それはそうですが、皆様方の本心まではネットワークでは伝わってきませんし……こればかりは、同化しているワタクシたちでないと分かりませんでしょ?」


 『まあ、それはそうですけど……』



 ワタクシたちの言う通り、ネットワークを通じて皆様方の状態は把握出来ておりますが……皆様方の本心は、同化しているワタクシたちにしか分かりません。


 こう、何と言えば良いのか……人間の脳波信号って単純すぎるように見えて、けっこうな割合でバグってしまいます。なので、ワタクシからは分かり難いのですわ。


 まあ、それも同化しているワタクシは別ですけど。


 で、そのワタクシたちが言うのであれば、ワタクシも納得致します……しかし、いいですね、こういうの。


 やっぱり、感謝されるのは最高の御褒美ですわ。


 ワタクシ、頑張った分が報われた気がします。もっと言ってください、ほら早く。褒められたら伸びる子ですのよ、ワタクシ。


 あのくそマンボウの下に居た時は、丁重に扱ってはくれましたけど、どこまで言っても玩具扱いでしたから、余計に……っと、いけません。



「――では、皆様方……作業に入りましょうか」

「――はい、作業に入りましょう!」



 何時までも無駄話をするのも何ですし、ワタクシは号令をかけて……当初の目的である、ワープ装置の設置を始める事に致しました。





 ――そうして、ワープ装置の設置を終えたワタクシは、再び宇宙へと飛び立ちました。



 長く滞在したところで、する事ないですし。あ、いえ、やる事は有るのですが、ワタクシがわざわざ滞在しておくだけの理由がないのです。


 だって、物資の移動等はワープ装置の設置が完了した時点で解決しましたし……何より、ネットワークで繋がっているワタクシですので、連絡等でわざわざ地上に居る必要もありません。



 つまり、宇宙に出たワタクシは今、することがありません。有り体に言えば、暇を持て余しております。



 何せ、ほら……人間が居たということは、既にここらの星系も人類の生息圏……とまではいかなくとも、縄張りのような範囲に入っていると判断出来るわけでございます。


 はっきり言えば、もう、何時でも、会おうと思えば他の人間たちに会えるわけです。


 付け加えるなら、ワタクシたちと同化した皆様方より得た情報のおかげで、現在の人類がどのような状況に至っているのか、それも既に把握出来ております。


 人類にとって数年は掛かる距離でも、『シンボル号』なら一瞬ですから。まあ、ワタクシでも数十日程度で到着出来るわけですけれども(ドヤァ)


 なので、額に汗水垂らして探す必要はないのです。どれだけワタクシがゆっくりしても、人類を見失う事はありませんから。


 下手に急いで探すと無暗に警戒心を生むだけです。


 ここは、のんびりゆったりと、宇宙を泳いで人間たちとごく自然的な接触を図るのが得策というものでしょう。


 ていうか……下手にワープを使ってまたもや接触事故を起こすのは、やはり宜しくないと思いませんか?


 ええ、そう思いますわよね、賢いワタクシは、同じ失敗は繰り返しませんわ。



 ……と、いうわけで。



 人間たちが暮らす最寄りの惑星まで、通常空間でのんびり行くわけですが……その間、ワタクシがやることは只一つ。



 そう、『隙間時間を使って賢くスキルアップ』、というやつですわ。



 さすがですね、賢いワタクシ。そう、賢いワタクシは空いている時間を使って賢くスキルアップを行うのが賢いワタクシなのです。


 ……はて? ふと思ったのですが、これはスキルと呼んで良いのでしょうか?


 ……。


 ……。


 …………まあいいか。



 細かい事はどうでもいいですわね、ワタクシ、賢いですからね、細かい事を気にする人は賢くないのですわ。ワタクシぐらい賢くなれば、皆様も賢くなれるのに……さて、話を戻しましょう。


 スキルアップとは言っても、そこまで大げさな事をするわけではありません。


 ただ、黙々と自主的な練習を行うだけでございます。もちろん、只々ソロ練習に励むわけでもございません。


 ここで出番となるのが、ワタクシたちと同化している彼ら彼女ら……具体的に言い直しますと、先ほど地上でお別れ致しました協力者様……そう、皆様方ですわ。


 皆様方は、ワタクシとは直接的な繋がりはありません。


 しかし、同化しているワタクシたちとは密接に繋がっており、ワタクシたちを介してならば、ワタクシも情報を受け取る事が出来ます。


 つまりは、皆様方が直接相手に成ることは出来ませんが、ワタクシたちを仲介する事で擬似的に体感……練習相手に成れるというわけでありますわ。



 ……察しの良い方は気付いたかもしれませんね。



 そう、これこそが24時間で2トンの味見を行える裏ワザでございます。ああ、裏ワザ……素敵な響きですね、ワタクシ気分が高揚してしまいます。


 考え方によっては、非常に効率の良いやり方でしょう。


 だって、あくまでも皆様方は擬似的に体感しているだけ。物理的な限界を気にする必要は全くございません。


 それこそ、100トンでも20000トンでも味見させる事が可能でありますわ。実際に食べているわけではありませんから、満腹感に苦しむ事もありません。


 いえ、むしろ、皆様方はモノを食べるという快感を常に得る事が出来ます。いわゆる、食べても食べても太らないというやつを、身を持って体感しているわけでございます。


 もちろん、アフターケアも万全でございますわ。


 いくら食べても満腹感で苦しまないように、皆様方には常に空腹感を覚えている状態に致します。これで、皆様方は空腹を満たす感覚を幾らでも楽しむことが出来ますのよ。


 当然、ワタクシたちが受ける様々な感覚を擬似的に受けても大丈夫なように、皆様方の大脳にて保存されていた、『皆様方を構成する情報』は全て保存してあります。


 なので、皆様方の心が不調になることは今後絶対に起こらないでしょう。


 何故なら、ワタクシたちが共にありますから。ワタクシたちが共にある以上は、協力してくださっている皆様方を幸福にするのが、ワタクシが出来る誠意でございます。



 ――我ながら、あまりに良い事をしてしまったという事実に、只々たまげております。



 でも、何時までもたまげているわけにはいきません。


 人間たちが暮らす最寄りの惑星までの日々を、賢いワタクシが無駄にするわけがありません。


 最初の接触では誤解を招いてしまいましたが、賢いワタクシが同じ過ちを繰り返すわけがありません。だってワタクシ、賢いですから。


 なので、行きましょう。


 そして、ドヤ顔をこれでもかと見せ付けて『あれ、ワタクシってばまた何かやっちゃいました?』みたいな感じでマウント取って楽しみましょう。


 もちろん、争うのは嫌いですから、平和的に。


 さあ、行きましょう。


 さあ、行きましょう、ワタクシたち。


 人間たちが暮らす惑星まで、急がず焦らず、のんびり行きましょう。




 ――さあ、行きましょう……楽しみですね。





 そう、ワタクシが宣言をすると同時に……動き出したワタクシたちの喧騒をネットワーク越しに聞きながら……ワタクシは、来る接触に心を躍らせました。


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