第二話: コミュニケーション、でありますわよ

※グロ描写有り、注意要




 蠢くワタクシたちの脈動が、ワタクシたちで構成された液体の海を揺らしている。作業効率の為とはいえ、ちょっと狭いですわね。


 時折生じる波紋の規模は大きく、噴き出した気泡の大きさは、一つ一つが直径数十メートルにも達している。今は、邪魔ですから。


 ゆらゆら、ゆらゆら、光の届かぬ奥深くで、蠢いている。赤子が身動ぎをするかのように、完成へと向かって……おります。


 一見するばかりでは、そこは赤褐色の液体で満たされた惑星にしか見えないでしょう。あるいは、強烈な血の臭い……いえ、臓物の臭いに気付けば、誰もが気分を悪くしたでしょう。



 上から見る限り、大陸は一つも見当たりません。



 何故なら、増殖したワタクシたちが大陸の全てを呑み込んでしまったから。この惑星は、もはや一つの巨大な細胞のようなものなのです。


 いったいどうして、そのような事になってしまったのか……答えは、そう難しいものではございません。



 中心にて、宇宙船を作っているだけでございます。



 何でわざわざワタクシたちの中で作っているのか、それは、その方が色々と手っ取り早いし、何よりも作業効率が段違いだから……で、ありますわ。


 だって、地表に出して作業をすると、どうしても下から上というか、一つの作業をする為に、その準備の為の作業……という形で、余計な手順を間に挟む必要がありますでしょう?


 ワタクシ、他のボナジェと違って、ワタクシ自身はそこらへんの、痒い所に手が届くギミックが搭載されておりません。


 例えるなら、他所様は工業機械を始めとして、スムーズな作業が行えるよう設備や道具などの環境が整った状態がスタート。


 対してワタクシは、ノコギリと金槌と作業台と電源設備があるだけのようなもの。


 まず、作業をする為の土台を作るところから始めねばなりません。糸と針が無ければ、熟練の裁縫屋さんでも、手も足も出ないというわけでございます。


 何せワタクシは、どこぞの陰険メタリックのように、何かビーム使ったり反重力しちゃったり、次から次へとポンポン作業を進められるような器用な事は出来ません。


 まあ、何一つ出来ないわけではありませんが、自転車でロケットエンジンに勝とうと考えるも同じこと。速度を上げる為には、省ける無駄は徹底的に省くのが手っ取り早いのです。


 そう考えたからこそ、ワタクシは己の中で作業を進める事にしたわけであります。ワタクシの中であれば、諸々の手間が省けましたから。


 実際、そのおかげで、楽ちんチンというか、どちゃくそに速くなりました。


 あまりの効率の違いに、思わず『うっそだろ、お前www!』みたいな感じで腹を抱えて笑いましたわ。その後、ワタクシたちの一部から殴られましたけど。




 ……で、ワタクシがこの星に降り立ってから、早くも2年が経ちました。




 現在、司令塔であるワタクシを総監督として、手足となって働いているワタクシたちが力を合わせて行っているのは、最後の作業……炉心(エンジン)の最終チェックでございます。


 この炉心、出力こそ低めですけど、小型で作りやすいと評判らしいみたいで……ちなみに、『見た目は蒼く輝く光球』でございます。


 起動して一度でも安定状態になれば、ほぼメンテナンス無しで数百年ぐらいは稼働し続ける優れ物なのですが……起動に失敗しますと、爆発してしまう欠点がありますの(3敗)。


 その威力、星が割れるぐらい。傍の月なんて、余波で粉々になる威力ですわよ。


 カッとなった瞬間、もう遅い。


 気を抜いていると、この星系から追放されちゃう……どころか星系がスタボロになってしまうから、この作業だけは未だにスリリングですわね(3敗)。


 ワタクシたちの中に納めているからこそ外部への影響は0ですけど、地表でやっていたら、この星系がヤベーことになっておりま――あ゛っ。



 その瞬間、光が――。



 ……。


 ……。


 …………。


 ……。


 ……。


 …………さあ、気を取り直して再チャレンジといきましょう(4敗)。



 記念すべき5隻目となる宇宙船の外観は、『矢』です。あるいは、『♂』のマークだと想像しやすいでしょうか。


 全長20km。広がった先端は別として、中央の矢の腹に当たる部分の横幅は約1km。内装は後々作るので、今はスペースだけ用意された、ほぼ空洞ですの。


 何でそうしたのかって、特に理由はありません。


 1隻目と2隻目は色々考えたのですが、3隻目からやる気が無くなりまして……正直、半ばヤケクソな感じでございますわ。


 まあ、炉心さえ完成すれば、外観も内装も後で幾らでも改装出来ます。ぶっちゃけ、炉心を完成させてから外観にこだわるべきでした。


 あっ、ちなみに、コイツに名前はありません。何を思ったのか『シンボル号』とか名付けていましたけど、思い返してみれば、これもヤケクソですわね。


 ていうか、これで5隻目になりますけど、そろそろ成功してほしいものですわね……と、思っていたら、あっさり成功いたしました。


 ……。


 ……。


 …………!!??!?!?!?!?!!??



 ええ、本当に、我ながらビックリするぐらいにあっさり成功致しましたわ。



 ワタクシたちのスープで満たされた、恒星の光など全く届かない深海。今にも爆発しそうなぐらいに不穏に明暗を繰り返していた炉心が、今は一定の明るさで保たれています。


 つまり、安定状態に入ったという事です。


 一度この状態になれば、意図的に炉心を落とさない限りは、常に一定量の出力を発揮できる状態……勝ちましたわ、というわけであります。


 作業していたワタクシたちからも『ええ……』と納得いかないみたいな空気出していますわね。まあ、空気といっても、ワタクシたちの中で出しても意味ないので空気出さないのですけど(笑)



 まあ、何であれ、成功は成功。



 事前にシステムチェックを何度もしておいたおかげで、炉心からのエネルギーは滞ることなく、記念すべき初の宇宙船内を駆け巡り……船内に光が生じ始めました。



 ……これまでの4隻? 知らない子ですね。



 そんな事よりも、発艦準備です。ワタクシの指令を受けたワタクシたちが、一斉に船内へと入って……いえ、既にワタクシたちで満たされておりますので、少し変えましょう。


 居住区、格納庫、制御室、広間、入れるところ全てを満たしていたワタクシたちが、一斉に一つの個体へと身体の形を変えて行きます。


 けれども、液状化していたからこそ何事も無かったのに、臓腑や骨格を作り、皮膚で互いを隔てるようになってしまえば……当然、限りがある船内からはみ出てしまう者が出て来てしまいます。


 押し合い圧し合い、バキボキベキバキと全身の骨という骨が砕け、破片が臓腑や皮膚を切り裂いて至る所から出血して飛び散っております。


 中々にグロテスクな光景ですが、まあ、今更でしょう。その様は、まるでチューブから絞り出されたクリームみたいでした。



 『ちょ、狭いのですが! 手足折り畳まないと入れないじゃないの!』

 『速い者勝ちに決まっておりますわ。敗者はおとなしくワタクシたちの中に混ざりなさい』

 『何と言えばいいのか、こう、座席に座って、システムオールグリーン……とか言ってみたいですわね』

 『分かる、心から分かります。くそマンボウの気持ちが分からないでもないのが腹立たしい……』



 ……もう少し優雅にして欲しいですわね。



 我が宇宙船『シンボル号(仮)』のコクピット、つまりは中枢デッキには、司令塔であるワタクシを除けば、後はワタクシたちの誰でもかまいません。


 何せ、ワタクシたちはみな同じ性能ですし。司令塔であるワタクシも差別化を図る為に少しばかり違いはありますが、根本的な部分にそこまでの違いはありません。


 しかし、席の数には限りがあります。というより、乗り込める人数にも限りがあります。


 所詮はワタクシたちですので、区切りを付けなければ永遠に決着が付きません。なので、適当なタイミングで、一番席に近い場所に居たワタクシが、その役目を担う事に致しました。


 もちろん、選ばれなかったワタクシたちから不満の声が爆発です。


 しかし、ワタクシは司令塔、本体の役目を担っている存在。こういう不毛な争いにこそ、ワタクシの真価が発揮されるというもの……なので。



「文句を言う子はしまっちゃいますわよ~」


 『ぬあぁぁ~~~吸われるぅぅぅ~~~』

 『何という強権、訴訟も辞さない』

 『あ~、今回は駄目だった~』



 何時までも言い争うワタクシたちを、ワタクシは己の中に一気に吸収します。


 ぎゅいーん、といった感じでしょうか。


 居住区、格納庫、制御室、広間、入れるところ全てを満たしている液状化したワタクシたちが、一斉にワタクシの中へと取り込まれてゆく。


 仮にその光景を宇宙から見下ろしていたならば、非常に奇妙に思った事でしょう。


 何故なら、宇宙からでもはっきり分かるぐらいに、海面(まあ、液状化したワタクシたちです)が一気に下がり始めたから。


 いえ、海面だけではありません。惑星そのものが、目に見えて小さくなってゆくのです。まるで、空気が抜けたゴム風船のように、シュシュシュッと小さくなってゆきます。


 つい先日、謎の爆発によって少しばかり数は減りましたが、その数は約1京3490兆。取り込む速度は増える速度よりも少しばかり遅いので、少々時間が掛かります。


 けれども、小一時間と掛からないうちにワタクシたちは姿を消して……後には、ワタクシとワタクシたちを乗せた宇宙船だけが、ぽつんと宇宙空間を漂っておりました。


 この惑星は、その中心核に至るまで全てワタクシで構成されていました。必然的に、ワタクシたちを吸収すれば、後は意図的に残したワタクシたちと、この宇宙船のみになるわけです。



 船内は……静かでした。



 特に意味は無い、汚れ一つ無い特殊ガラスの向こうに広がる大宇宙。恒星の光が船を照らし、それに負けないと言わんばかりに、壁面外部に取り付けたライトが船を輝かせております。



 ……ライトの意味? 光っていると綺麗でしょ?



 ピカピカ新品なコンソールデッキから、船内の情報が細やかに表示されます。いいですね、何だかSFの世界に入り込んだ気分です。


 まあ、ワタクシの存在自体がSFなんですけれども。


 さて、意気揚々と席に腰を下ろしたワタクシたち『システムチェック、オールグリーン!』の声が、室内に響き……準備は終わりました。



「……発進!」



 ワタクシが号令を掛ければ、『――発進!』一拍遅れて、ワタクシたちの返事が響く。合わせて、がくん、と船内が軽く揺れた。


 ごう――っと、炉心より伝わるエネルギーを推進力に変えて、我らの宇宙船は銀河の彼方へと飛び始めます。


 その速度は凄まじく船は瞬く間に音速を超え、光速の約6%程度……おおよそ秒速18000km。既に、ワタクシが自力で飛ぶよりも速いですわね。


 周囲の星々が、緩やかに後方へと流れて行く。秒速18000km程度であれば、この程度の変化でしょう。


 このまま、ぐんぐん加速する事は可能ですが……宇宙の広さを考えれば、通常空間をこのまま移動するのは非効率もいいところです。


 何せ、光速ですら、宇宙という尺度で考えれば牛歩も同然ですから。やっぱり、ワープが使えてなんぼな世界が宇宙ってもんですよ。



 ――ていうか、通常空間での加速って不便すぎて腹が立ちませんか?



 ワタクシは唾を吐き付けたくなるぐらいに腹が立ちますわ。だって、加速すればするほど時間の流れにギャップが生じるって、もうね、馬鹿なんじゃないかしら?


 もちろん、対策の方法はありますわよ。ていうか、活動範囲を宇宙に移せば、それぐらい解決出来て当然の話ですから。


 でも、ワタクシはあの腹黒メタリックのような対策済みではございません。これもまた、浪漫、らしいのです。


 何でそんな面倒臭い仕様に……いえ、話を戻しましょう。


 とにかく、現時点でのワタクシの目標は、宇宙へと飛び立った人類を見つける事。


 まあ、正確には、限りなく近しい歴史を経た人類ですが……似たようなモノなので、ワタクシは気にしません。



 ……で、今のところ問題になりそうなのは、人類の現在位置……生息していると思われる宙域が不明である、というところでしょうか。



 とはいえ、ヒントはちゃんと得ております。ワタクシ、そこらへんは目敏く抜かりないですから。


 さて、そのヒントとは、残された石板から得られた情報の一つ。この星に住んでいた人類が宇宙へと飛び立つ為に使った動力源が、『核融合炉』……で、あることです。



 ……はい、『核融合炉』でございます。ええ、あの、『核融合炉』でございます。



 お前ら、そんな頼りない動力源でよくもまあ宇宙に出ようと思ったなと称賛したい気持ちでいっぱいです。何だか、ハムスターがぷるぷる頑張っているみたいで可愛いですね。


 で、その『核融合炉』なんですけれども……当然ながら、ワープが出来る程の動力源ではありません。


 その後、それを超える動力源が開発されていたのであれば話は別ですが……あの糞&糞なマンボウが何も言わなかったあたり、ワープ技術を手に入れていないと考えるべきでしょう。


 と、なれば……その後に幾らか技術なり何なりが発展したとしても、移動出来る距離……生息圏は、ある程度予測が付けられるというものです。



「――これよりワープ移動を開始します。ワープ準備、始め!」


 『ワープ準備、開始。炉心出力、規定値まで上昇開始』

 『ワープ先の座標固定、ダイレクトアクセス、軌道修正』

 『通過点ルート、オールグリーン。異相空間、アクセス開始』



 ワタクシの命令を受けたワタクシたちが、意気揚々とした様子で報告を上げてゆきます。みんな、超ノリノリです。顔がにやけているやつ多過ぎです。


 ぶっちゃけ、そんな事をする必要は全くありません。いちいち声に出すよりも前に、ネットワークを通じて全ての情報が共有されているからです。


 ていうか、先ほどからコンソールをポチポチ叩いておりますけど、アレって本当に何の意味もないですからね?


 ただただ、それっぽく。お前やるじゃん……みたいなポーズ決めているだけですからね……言っておきますけど、ワタクシたち全員がそれをやっているだけですよ。


 もうね、明らかに無駄な行為だなってのは、分かっておりますの。


 でも、それでも我慢出来ずにしてしまうのは……浪漫だからでしょうか。そこらへんは、くそマンボウの影響があるのかもしれませんね。



 ……え、ワタクシ?



 いいんですよ、ワタクシは。だって、ワタクシは本体ですし、司令塔ですし、群れの中に居るレア個体みたいなものですから。



 ……さて、ワタクシの事はどうでもいいでしょう。



 通常空間をそのまま通っていては、到着まで何年掛かるか分かったモノではございません。ワタクシ、そういうのはせっかちな性質ですので。


 なので、手っ取り早くワープで後を追い掛けましょう。幸いにも、この銀河の異相空間は非常に安定しておりますもの、ね。


 ワープ航行が主流となっている銀河ですと、空間の自然治癒が間に合わず、空間そのものがボロボロになっている事がありますが……う~ん、幸先が良いですね。



 『炉心出力安定、規定値まで上昇確認。リミッター解除、ブースター解放……オールグリーン!』

 『ワープ先の座標、並びに全アクセス、全軌道の最終チェック……オールグリーン!』

 『異相空間、パルス数値安定。通過点ルートの遮断物……無し! ワープ航行プロセス、全てクリア!』



 ……。


 ……。


 …………あ、ワタクシの番ですか。



 色々な事をつらつらと考えておりますと、静寂がワタクシの耳に届きました。


 ついでに、ワタクシたちの視線も……分かっておりますわよ、でも、良いではありませんか……少しぐらい考え事をしても。



 ――こほん、と。



 緩み掛けた空気を改める意味合いも込めて、咳を一つ。次いで、キリリと凛々しい顔つきをイメージしながら、片手を宇宙の彼方へと伸ばし――。


「――ワープ・イン、開始!」


 ――星系の彼方まで、ぶっ飛びますわよ!



 そんな思いと共に、ワタクシとワタクシたちを乗せた宇宙船『シンボル号』は。


 パリン、とガラスが砕け散るかのように開かれた、異相空間への入口……地方では『ワープ・ゲート』とも呼ばれている、楕円形のそこへと飛び込めば。


 にゅるりと卵が瓶の中に入り込むかのように瞬間的に形を変えた宇宙船は、数百光年という距離の彼方にまで伸びて、光速のうん百倍からうん千倍へと擬似的に加速させたのでありました。





 ……。


 ……。


 …………で、時間にして約2時間後。


 ワタクシたちは方向を誤って宇宙の彼方に放り出されることなく、目的として定めた場所へと無事にワープアウト出来たわけですが。



 ――そこで、問題が『二つ』起きました。



 いったい、何が起きたのかって?



「……う~ん、困りましたわね」



 単刀直入に申しますと……まず一つ目の問題は、接触事故です。


 で、その事故が起こった原因ですが……その為にも、改めて、この船の自己紹介を致しましょう。


 記念すべきワタクシとワタクシたちの宇宙船……『シンボル号』でございます。見た目は『♂』マークっぽいのでアレですが、中々の性能でございます。


 まず、何と言っても頑丈なのです。


 どれぐらい硬いかと言われますと、まあ……『核融合炉』数百基分のエネルギーを叩き込まれても、表層が軽く溶けるぐらい……といった感じでしょうか。


 もちろん、『連盟種族』相手ではティッシュよりも脆い装甲なのですが、銀河を出られないレベルの『力』しか持っていないのであれば、まず破壊は不可能と思って良いでしょう。


 で、そのシンボル号ですが……ワープした直後、たまたまそこに居た宇宙船と衝突……ブスリと、良い具合に船体に衝突してしまいました。


 ……傍からみると、ちん○がブッ刺さった感じで――おっと、下品でしたわね。


 何やらワタクシのうっかりトークで、ワタクシたちがドッカンドッカン大爆笑しておりますけど、上品なワタクシは華麗に話を戻します。



 とにかく、衝突してしまいましたの。


 とはいえ、実際に刺さったわけではありません。



 寸前に減速&後退致しましたので、先端がちょこっと触れただけでございますのよ。


 でもまあ、不幸にもサイズの差が有り過ぎました。具体的に言えば、相手が小さすぎました。


 不幸にも、相手の宇宙船は小型なようで……質量差や強度の関係から、先端とはいえ、かなり致命的な損傷が生じたわけでありました。


 今すぐ爆散するような事態ではありませんが、高速航行は止めておいた方が無難な感じですね。


 船内の空気は漏れていないようですが、無理をすると弾けてしまいそうです。



 ……で、ここからが本題でございます。



 まず、どうして接触したのか。


 だって、ワープ航行を始める前に、ワープ先の安全は確認しておりました。なのに、どうして見落としてしまったのでしょうか。


 その事に疑問を抱いたワタクシは、ネットワークを通じてワタクシたちに確認を取りました。



 『……小さすぎて、漂流物デブリと誤認識したとか?』



 すると、答えはすぐに出されました。


 言われてみれば、宇宙船のサイズはせいぜい70m前後。のろのろとした速度で走っていたら、勘違いしても仕方ありませんわね。


 でも、おかげで困りましたわ。


 正直なところ、衝突した際のワタクシの気持ちとしては、嬉しさ半分、やっちまったぜ半分でございました。


 何故かって、ぶつかった相手の船……乗船していた者たち、人間だったんですもの。


 誰ですか、幸先が良いとかほざいたおバカさんは。



 これにはワタクシ、たまげましたわ。


 ワタクシたちも、たまげておりましたわ。


 たぶん、人間たちも、たまげておりましたでしょう。



 出来る事なら、もっと穏便に……というか、和やかな雰囲気のもとで感動の対面とやらを演出したかったのですが、過ぎてしまったことは仕方がありませんね。



「ごめんなさい、ぶつかってしまいました。船体を修理致しますので、その場で停止してくださいな」



 回線を些か強引に繋いだ後、ワタクシは船内に居た人間たちに指示を出しました。


 ワタクシとしては、出会いが出会いなので……ここは、破損した船体ぐらいすぐにでも直して丁重に御引き取り願おう……といったつもりでした。


 いちおう、人間との接触が目的ではありましたが……このような形は不本意。



 ――というか、この状況で友好的な交流をしましょうとか、怪しさ大爆発だと思いませんか?



 ワタクシが彼らの立場だったなら、間違いなく戦争ですわね。大増殖による物量攻撃で一気に押し潰します。


 ワタクシ、そういうのには手心は加えませぬゆえ……おそらく、人間たちも状況が分からないなりに、このままでは非常に危険だと理解したのでしょう。


 ワタクシの指示に従順に従った人間たちは、作業が終わるまで『シンボル号』で待機……という形になりました。


 内装というモノをまだ定めていないというか、まあ、出来立てホヤホヤ。


 照明器具が付いているだけの倉庫のような中を見て、人間たちは少しばかり驚いたようですが……それ以上は特に反応らしい反応は見せず、素直に船内に入ってきてくださいました。


 ……で、ここからが二つ目の問題なのですが。



「――動くなよ、死にたくなければな」

「…………?」

「おっと、三度目はない、動くなよ」

「…………」



 入って来た人間……何やら船内を動き回っているなあ……と思っていたら、いきなりワタクシたちが居る中枢デッキにまで来たかと思えば、何やら武器を突き付けてきましたのです。



 ――ワタクシたちがぶつけた船は、いわゆる盗賊船というだったみたいです。



 ワタクシ、これで二度目です。


 二度目のたまげました、というやつです。


 ちなみに、ワタクシたちも二度目のたまげた、でございます。



 いやあ、途中からワタクシの指示に従わずに船内をウロチョロし始めた辺りで、何かこいつら変なやつらだなあ……とは思っておりました。


 いきなり大勢のワタクシたちが出迎えて、無暗に怖がらせるのも可愛そうですし、誰とも遭遇しないように気を使っていたのですが……まさか、まさかのまさか、です。


 だって、有無を言わさず中枢デッキに押し入り、強盗を……そう、強盗です。


 人間の言葉で、ハイジャックという展開に発展するとは思ってもみませんでしたわ。



「いやいや、動くなってあんたら何勝手に入って――ぶひゅ」

「動くなって言ったよな?」



 さすがに気分を悪くしたのか、ワタクシたちの一人が不満を露わにしました――直後、撃たれました。


 いわゆる、レーザー銃というやつですね。


 びしゅん、と伸びたレーザー光が、ぼしゅう、とワタクシの1人の額に穴を開けました。


 ワタクシたち、再生力は桁外れですけれども、身体の頑丈さはそれほどではありません。


 なので、案の定と言うべきか、撃たれたワタクシは穴からぶしゅうと血を噴きだして、その場に崩れ落ちました。



 ……。


 ……。


 …………何とも言えない、場の静寂。



 『……え、これって立ち上がってよろしいのかしら?』



 頭を撃たれたワタクシから、ネットワークを通じて指示を乞われましたが、ワタクシは……正直、それどころではありませんでした。



(……どうしましょう?)



 憐れみを通り越して愛らしさすら湧いて来そうな……いえ、見た目はけして愛らしいモノではありませんが、それに近しい感覚をワタクシは覚えておりました。



 だって――考えてもみてください。この人間、たかがレーザー銃でワタクシに戦いを挑んで来ているのですよ?



 例えるなら、猛獣のライオン相手に、5歳6歳児の子供が、割り箸で作ったお手製のゴム銃で戦おうとしているようなものです。


 別に、レーザー銃が悪いわけではありません。


 ただ、威力が弱すぎるのです。


 いや、まあ、ワタクシも元は人間なので、彼らの常識も何となくではありますが、察する事は出来ます。


 けれども、加減しただけなのかもしれませんが、全身を蒸発させるほどの威力も出せないとなると……ねえ?



「……な、なあ、かしら、こいつら変だよ」

「何がだ?」

「こいつら、みんな同じ顔だ。それに、全員が裸で……顔だけじゃねえ、みんな同じなんだよ~」

「だからどうした。このご時世、整形手術で見た目を変えるやつなんて幾らでもいるだろ。前にも、こんな変態なやつらをぶち殺したじゃねえか」

「そりゃあ、そうだけど……でも、あの時とは違う。何か分かんねえけど、こいつらは違う気がするんだよ~」



 ぼんやり眺めていると、何やら彼らの仲間が騒ぎ始めました。思う所があるのか、彼らは彼らで少しばかり浮足立っているように見えます。



 ……ていうか、今更ですけどワタクシ、裸でしたわね。



 くそマンボウの所に居た時は浪漫に従って色んな恰好をさせられましたけど、ぶっちゃけ邪魔だったから着なくなるとすっかり意識の外でした。


 あ、いえ、今はそんな事よりも……よしよし、終わりましたね。



「もし、そこの人間たぼほぅ――船の修理が完了致しましたはっ――ので、船に戻る事が可能でございます」

「――っ!? な、何だてめえ!?」

「てめえと言われまぉ――聞かれても、どうこべっ――あの、喋ってぇ――居る時にいちいち撃ち込むのは止めてもらえますか?」

「う、うわあああ!!!!」

「あ、そうそう。首から下なら会話に支障が出ないので、そっちを撃ってもらった方が楽ちんチンですわね」



 何故か、いきなり大声を出した人間たち、ワタクシと様子を見ているワタクシたちに向かってレーザー銃を連射し始めました。


 狙いも糞も無い、でたらめ撃ちでございます。


 幸いにも、彼らが持っているレーザー銃程度では、船内の如何なる物質に傷をつけることは不可能です。


 なので、この場で唯一傷付ける事が可能なワタクシとワタクシたちに集中するのは必然……おかげで、ワタクシたち蜂の巣というやつですわね。


 でも、意味などありません。だって、撃ち抜いた直後に完治しておりますもの。


 ていうか、飛び散った血飛沫から増殖したワタクシたちが増えたことで、どんどん中枢デッキ内が手狭になってゆくのですが……止めてほしいです。


 ワタクシたちも突然の状況の変化に興味が引かれたようで、続々とワタクシの中から飛び出し初めて……う~ん、ますます彼らの狂乱が激しくなって大変ですわね。



 ……しかし、どうしたのでしょうか?



 まるで、化け物を見たかのように突然発狂したかのようで……遅れてやってきた思春期でしょうか。


 以前のワタクシでも、思春期が許されるのはせいぜい18歳までですよ……ウッ、頭が……止めましょう、この話。誰も幸せになりませんものね。


 さて、と。


 彼らの意図が分からずに首を傾げておりますと、一回り大きな銃器を所持していた男が前に出て来て――見事、ワタクシの脳天を打ち抜きました。


 飛び散った脳しょうやら何やらがコンソールへと広がりましたが……やはり、意味はありません。


 剥き出しになったワタクシの首から、次々にワタクシが生えてきます。

 もちろん、辺りに飛び散った肉片や鮮血も同様に、ワタクシたちはどんどん数を……って、おや?



 ――何故か、彼らは一斉に中枢デッキを飛び出して行きました。



 一目散という言葉が似合う、素晴らしいダッシュですね。世界、狙えそうですね。


 取り付けておいたカメラで確認すれば、誰も彼もが青ざめ……どうやら、怖がらせてしまったようです。


 でも、初対面の相手にいきなり銃を突きつけるような輩でございますし、反撃されて殺されないだけ彼らは感謝するべきところでしょう。


 まあ、それでもファースト・コンタクトの相手でございます。


 彼らから直接の情報は得られませんでしたが、所持していた武器や、既に潜入しているワタクシたちから逐一送られてくる情報から、彼らは十二分にワタクシの役に立ったと思います。


 ……なので、道中は気を使って隠れていたワタクシたちも、精一杯のお見送りをする為に姿を見せたのですが……何故でしょうか、更に絶叫しておりますね。


 下手に転んで怪我をしなければよいのですが……と、思っていたら、彼らは無事にルートを逆に進み、修理が完了している船へと乗り込んで行きました。


 そして、手を振るワタクシたちに気付いた様子もなく。


 エンジンの噴射口からごうっと青い光が噴き出したかと思えば、そのまま宇宙の彼方へ……彼方へ……彼方へ……いや、くっそ遅いですわね。



 のろのろ……のろのろ……のろのろ……。



 文字にすれば、そんな感じ。いやあ、遅いですね。


 逃げる気があるのかと思うぐらいに遅いです。



 ……少なくとも、ワタクシの基準では。



 修理するついでに相手の宇宙船データは確認していましたので、最大船速でぶっ飛ばしているのは分かっております。


 エンジンが悲鳴を上げ掛けているのも、潜り込んだワタクシたちから伝わってきますが……まあ、いいか。



「ワタクシたち、そのまま潜入を続け、情報収集を続けなさい」

 『――了解』


「後は……存在が露見した場合、攻撃せずに船内に留まり続けなさい。そのうち諦めてしまうでしょうから」

 『――了か……あっ』


「え?」

 『やべえ、バレました。物凄い勢いで銃撃されております。やっぱ天井に張り付いているだけだとバレますわね』


「貴方たち、それで隠れていたつもりですの?」

 『バレた以上、気にしても仕方ありません。とりあえず、無抵抗の意味で手を挙げていますが……どんどん銃撃が激しくなってきています』


「え、それって大丈夫なのですか? いえ、ワタクシたちではなく、乗っている彼らが……」

 『今のところは大丈夫ですが、船体に穴が開くと彼らが致命傷なので、血飛沫の一部を肉片にまで増殖させた後、それで穴を塞ぐという応急処置で誤魔化しておりますが……あっ』



「え?」



 ネットワークを通じて、ワタクシたちから伝わる焦りの感情。視界をリンクして確認しようと思った瞬間、室内の映像装置にて立体的に表示された宇宙船が……パッと爆散しました。


 ……皆まで言うまでもなく、その爆散した船は……先ほどまで、『シンボル号』が突き刺さっていた、例の船であります。



 ……。


 ……。


 …………ああ、まあ、うん。



 非常に残念な結果ではありますが、どうやら、完全に全滅したわけではないようです。


 その証拠に、船が爆散する直前……どうやらごく一部の船員が小型艇に乗って脱出したようで……まあ、その小型艇の船体にもワタクシたちが張り付いておりますので、問題は無いのですが。


 とりあえず……そのまま張り付いて、本拠地というか拠点があるならば、そこで情報収集を再開せよと命令を下したワタクシは……集まる注目の中で、こほん、と咳を一つ零しますと。



「ワタクシは悪くありません、ワタクシたち、それでいいですわね?」


 『異議なしでーす』


「よろしい、これでこの話はお終いです。では、先ほど手に入れたデータを基に、内装の工事を始めてみましょう」



 とりあえず、セカンド・コンタクトが行われた際……無暗に人間たちを怖がらせないよう、対策を兼ねた内装工事を始めるのでありました。



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