来訪準備

 シスターのそわそわが治ることはなかったが、なんだかんだ二コラのやって来る日になってしまった。

 暖炉の薪が燃える音と、寒そうな風が窓を揺らす音が冬の訪れをこれでもかと感じさせる。


 雪は降らないだろうが、二コラは大丈夫だろうか?

 窓から外を覗きながら、そんな寒さの心配をしてしまう。


「……ナギト、どうして今日は念入りにお掃除をしているのですか?」


 ソファーの上でちょこんと座るシスターが唐突にそんなことを聞いてきた。

 今日は二コラが来るということで、教会は臨時のお休み。シスターも、修道服ではなくピンクを基調としたラフな部屋着である。


「たまには掃除でもしないとなって。思い立ったが吉日っていうだろ?」


 窓枠を雑巾で拭きながら、シスターの言葉を適当に返す。

 本当のところを言ってしまえば、二コラという客人が来るので綺麗にしておきたかったからだ。

 だが、そんなことはもちろんシスターには言えない―――二コラも、シスターを驚かせたいと言っていたし、ここで教えてしまえば驚かせることができなくなってしまう。


 故に、二コラの悪戯を守ってあげるためにも嘘をついた。

 だが、それでもシスターは納得してくれない。


「……それに、今日は臨時で教会をお休みしちゃいましたし」

「大掃除がしたかったんだ」

「……怪しいです」


 シスターがクッションを抱えながらジト目を向けてくる。

 その姿が異様に愛らしく感じてしまうのは、きっと仕方のないことなんだと思う。

 ……やっぱり、シスターは好きな人という贔屓目なしで可愛いのから。


「私もナギトに隠し事をしないないかって言われたら首を横に振りますが……今日のナギトは怪しさ満々です。プンプンです」

「ただ掃除してるだけじゃん。別に怪しいなんてことはないだろ?」

「いっつもお掃除してますもんっ! なんだったら、昨日もした気がするんです!」

「ナギトくんは潔癖症なんだ」


 ……結構怪しまれるな。

 まぁ、割かし分かりやすい行動ばかりとっているし、勘づかれるのも無理はない。


(だが、二コラが来るのは昼を越えた辺り……それまでは、誤魔化し切らないと)


 ここまで黙っていたんだから、せっかくならシスターの驚く顔が見てみたい。

 一緒に暮らしてはいるが、シスターの驚く顔というのは普段見られないものだから。


「信じてくれ、シスター。俺は決してやましいことはしていない」

「やましいことはしていないとは思うのですが……どちらかというと、子供らしい悪戯心があるような気がするんです」


 よく分かっていらっしゃるようで少し悔しい。


「これ以上言及しないでくれたら、あとでお菓子を作ってあげよう。もちろん、シスターに隠し事なんてしてはいないんだが」

「していなかったらお菓子で釣ろうとしませんよね!?」

「じゃあ、今日はお菓子を出さ―――」

「それとこれとは話が違いますっ!」


 よし、お菓子で誤魔化すことができそうだ。

 ……まぁ、シスターを誤魔化すだけじゃなくて二コラのためにも作る予定ではあったんだが。


「そういえば、これから村の人達から食料を分けてもらいに行こうと思ってるんだが、一緒に来るか?」

「えっ? この前もらいに行きませんでしたか? というより、行商人さん達が来た時にかなり買い込んでいたような気がするのですが……」

「そうだな、まだ食料は余裕で残っているぞ」

「だったらなんでもらいに行くんですか?」

「今日の夕飯は豪勢にしようと思うんだ」

「絶対に何かありますよね!?」


 シスターの訝しむような目が強くなる。

 二コラ、俺は頑張ってシスターに悟られないよう努めるよ……絶賛、怪しまれているが。

 でも、豪勢にしたいし、少しでも綺麗にしておきたいから怪しまれるのも仕方ないと思うんだ。


「……ナギトが隠し事をしてます」

「そんなこと言ったらシスターもだろ? 朝帰りしている理由も教えてくれないし」


 俺がそう返すと、シスターはバツが悪そうに視線を逸らす。


「わ、私はいつか……言いますから」


 それは「お付き合いしました」という報告だろうか?

 聞きたいような、聞きたくないような……どちらにせよ、理由ワケを聞いたら心が本格的に沈みそうだ。


(いつかは言われるんだろうが……あぁ、想像しただけで辛い)


 今は首の皮が一枚繋がっているという状況だから。

 もし、シスターが朝帰りの理由を自分の口から言えば最後――—俺の恋は完全に終わるだろう。


「ナギト……」


 そんなことを思っていると、ふとシスターが立ち上がって俺のところへと近づいてきた。

 そして、そのまま俺の胸に顔を埋めるようにして抱き着いてくる。


「どうしたよ、シスター? 急に抱き着いてきて」

「いえ……ごめんなさい、ナギトを困らせたかったわけじゃないんです」


 困らせた? 俺が?

 どうしてシスターは俺が困っていると思ったのだろうか? 単に、シスターの「付き合いました」報告を想像して勝手に傷ついていただけなのだというのに。


「い、言いたくなければ全然大丈夫ですっ! 隠し事ですが、私はナギトがそんな顔になってしまうまで問い詰めたかったわけじゃありませんから!」

「あ、あー……そっちの方向で受け取ったかー」


 俺は苦笑いを浮かべながら、シスターの頭を優しく撫でる。


「別に黙っていて心を痛めたわけじゃねぇよ。正直な話を言えば、言わない方が楽しいってだけで、シスターを困らせるようなことはしちゃいない」

「……本当ですか?」


 シスターが潤んだ瞳で見上げてくる。


(っていうか、そんな顔に出てたのか……こりゃ、いざって時に祝福できるか不安だな)


 どこかで本格的に心の整理をしておかないとダメそうだ。

 シスターの顔を見て、俺はそう思ってしまう。


「ほんとだほんと。どうしようもなくなったら、俺はちゃんとシスターに相談するって。だから、シスターももしもの時はちゃんと相談してくれよ?」

「そ、それはもちろんですっ! 絶対にナギトに相談します!」

「ん」


 シスターはゆっくりと俺から離れる。

 その時のシスターの顔には、不安がっていた陰りを見せない笑顔が浮かんでおり、ホッと胸を撫で下ろす。


「じゃあ、これからにでも村に行きますかね。掃除もこんぐらいでいいだろうし」

「分かりましたっ! では、お外用の服に着替えてきます!」


 そう言って、シスターはパタパタと可愛らしい足音を響かせながら階段へと向かっていった。


 これで一安心……誤解はあったが、とりあえずなんとか誤魔化せたようだ。

 しかし、途中何か思い出したかのように、シスターは立ち止まってしまった。


「……そういえば、楽しそうってどういうことですか?」


 俺はシスターの言葉を無視して雑巾を片づけ始めた。

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