そわそわしているシスター

 なんだかんだ二コラが来てから一週間が経とうとしていた。

 といっても、こんな平和でのどかなこの村にこれと言って大きな変化があるわけでもなく、いつも通りの日々。


 シスターが朝に帰ってきて、一緒にご飯を食べて、礼拝して信者の方々と談笑して、雑務を終えて、掃除とかを終えてご飯を食べる。

 何事もなく変化もない日々ではあるが、実はそれが一番なのだと思っている。


 今が幸せであるなら、幸せのままの方がいい。

 変化は大事なことなのかもしれないが、目の前にある幸せを無理矢理変えようとするのも違うと思う。


 あくまで個人的な話にはなってしまうが、シスターがいて、シスターと笑って、シスターと過ごす今に、変化を起こそうとは思わない。

 ……まぁ、すでにシスターが「朝帰りをしている」という部分に変化が起き、男ができたという新たなことが生まれてしまったわけだが、それはそれ―――俺は望んでいなくても、シスターは変化を望んでいたのなら、俺は別に構いはしない。


 ただ───


「(ど、どうしましょう……もうあと少しなんですがっ!?)」


 何故か、シスターがそわそわし始めたのだけは、少し構ってしまう。


 雨も止み、いつも通りの日常の一幕。

 信者の方が礼拝を終え、一つ落ち着きを取り戻し始めた教会で、シスターは雑巾片手に教壇の前で落ち着かない様子を見せていた。


「(ナギトのお誕生日まであと少しなのに、全然料理を上手く作れることができません……で、ですが諦めたくないです! 頑張れです、私!)」


 しょんぼりしたり、顔を上げて喝を入れるように頬を叩いたりと、挙動不審な行動もとったりしていた。


「…………」


 そんな様子を、俺はステンドグラスを拭きながら見ていた。


(何をそわそわしてんだろうな)


 ついこの前『愛しているゲーム』をした時はこんな様子は見せなかった。

 確かに、あのあとは顔を合わせられないという現象こそ起きてしまったものの、何日か経てばいつも通りに戻ることはできたのだ。


 けど、今度は一体どうしたというのだろうか?

 そわそわし始めたのは、ここ一日ぐらい……シスターは何かに気づいて、そわそわし始めたのか?


(まさか、ニコラが来ることを知った……?)


 ……いや、それはないだろう。

 もし知ったとなればそわそわよりも「ニコラが来る準備をしなくちゃいけないですねっ!」と言って気合いを入れるに違いない。

 となれば、きっとその件ではないはず。


(礼拝中も心ここに在らずって感じだったし……気になるな)


 届く範囲のステンドグラスを拭き終わり、俺は気になってシスターのところへと向かう。


「なぁ、シスター?」

「は、はい? どうかしましたか?」

「いや、どうかしましたかっていうのは俺のセリフなんだが……どうしてそんなにそわそわしてるんだ?」


 俺がそう聞くと、シスターは思い切り肩を跳ねさせる。

 そして、目を泳がせて明後日の方向へ視線を向け始めた。


「べ、べべべべ別にそわそわなんてしていませんよっ!?」

「ダウト」

「ダウトじゃないですもんっ!」


 こんなにも分かりやすい反応をしておいてそれはないだろう。


「いや、まぁ言いたくないんならいいけどさ……あんまり何か気にしているんだったら、今日のところは休んどくか? 別に、たまには一人で仕事してもいいんだし───」

「だ、大丈夫ですからっ! 私、お仕事はちゃんとやる子です!」


 シスターはそう言うと、そそくさと俺のところから離れていってしまう。

 誤魔化すかのようにオルガンの上を吹き始めると、時折何度もチラチラとこちらを見てきた。


 それは「気にされていないですよね……?」という反応。

 つまり、これ以上は気にしてほしくないのだろう。


(なんか隠されてるなぁ……まぁ、いっか)


 よくはないが、気にするなというのであればこれ以上は追求しない方がいい。

 シスターの嫌がることはしない……ニコラにも言われたが、俺はそういう人間なんだと思う。


(といっても、気になるのは気になるんだがな……)


 そんなモヤモヤとした気持ちを味わっていると、不意に教会の入り口が開いた。


「すみませーん」


 入り口から顔を覗かせるのは、優しい顔立ちと逞しい体をしている青年───ロイスさんであった。

 ロイスさんの顔は久しぶりに見る。

 仕事が忙しいからだろう、最近はあまり礼拝に訪れなくなったし見る機会もなかった。


 そして、ロイスさんの顔を見た途端……久しいなという気持ちと嫉妬に似た黒いモヤが胸から込み上げてくる。

 それは恐らく、シスターの逢い引き相手だからだろう。

 羨ましいという気持ちが、多分にある現れだ。


(……この気持ちはよくないな)


 俺は頬を軽く抓り、顔に出ないよう平静を取り戻す。

 そして、入り口にいるロイスさんのところへと向かった。


「お久しぶりです、ロイスさん」

「うん、久しぶりです牧師さん。あまり顔を出せなくて申し訳ないよ」

「いえいえ、ロイスさんもお忙しいでしょうから……来ていただけただけでも私は嬉しいです」

「そう言ってもらえると助かるかな」


 別に礼拝は義務じゃない。

 来たいと思ってくれた時に来てもらう───それだけで十分だ。


「それで、今日は礼拝ですか?」

「ううん、今日は違うんだ───シスターに、ちょっと用事があってね」


 その言葉を受けて、ズキリと胸が痛む。


「あ、ロイスさんっ!」


 すると、ロイスさんが現れたことに気がついたシスターが、声を弾ませてトテトテと小走りでやって来た。


(……嬉しそうだな、シスター)


 やはり、逢い引き相手はロイスさんなんだろう。

 何回目か分からない納得が、脳裏に浮かび上がった。


「……では、私は失礼しますね。シスターに用事とのことですから」

「ありがとう、牧師さん」


 俺はロイスさんに頭を下げ、その場を離れる。

 込み入った話かもしれないから離れる……というのもあるのだが、あまり二人の仲良さげな姿を近くで見たくないというのが本音であるからだ。


(女々しいなぁ……俺も)


『どうされたんですか、ロイスさん?』

『いや、今日は夜にお客さんが来るから料理を教えてあげることはできないって言っておこうと思ってさ』

『そ、そうですか……なら仕方ありませんね。あまり上達できていないので不安でしたが、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんし……』

『いや、本当にごめんね。僕もシスターがちゃんと料理ができるよう協力したいんだけど……』

『い、いえいえっ! お願いしているのは私ですし、全然お気になさらないでください!』


 何を話しているか分からない。

 二人の話している内容に聞き耳を立てるわけにもいかないから、俺はシスターが置いて行った雑巾を持ってオルガンを吹くことにした。


『明日はみっちりやろうか……絶対に、牧師さんの誕生日までに間に合わせよう』

『はいっ!』

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