暇な一日
二コラが顔を出した日の翌日。
空は黒く濁り、そこから大量の雨が村全体を覆っていた。
「暇ですねー」
「だなー」
教会の長椅子でぐったりとするシスター。
艶やかな金髪が、行く宛てを失ったかのように宙に垂れ下がってしまっている。
俺もその横で聖書を読みながら、シスターの言葉に同意した。
「こんな雨であれば仕方ないのかもしれないですけどねー」
「無理に出ようとしないだろうしな。あと、教会って地味に離れてるし」
「今日は皆さん、家で大人しくという感じです」
外は綺麗な雨模様。
わざわざこんな日にお祈りに来る信者などいないため、教会は閑古鳥が鳴いていた。
寂しいような違和感があるような。いつも何かしら賑やかだったこの教会が見事に静かだ。
シスターは雨が降っているからか、誰もいないからか本当にやる気が出ない様子だ。
シスターの体が傾き、ついには俺の膝の上に頭が落ちてくる。
「堕落しすぎじゃないか?」
「だって、こんな天気にやる気なんか出ないんですもん……というより、やることも全部終わっちゃいましたし」
「うーん……まぁ、確かにな」
掃除関連雑務等々はすでに終わらせてしまっている。
確かに、もうやることがないとなれば堕落してしまうのも無理はないかもしれない。
「といって、教会を閉めるわけにはいかんからなぁ」
「誰かが来てくれるかもしれませんからね」
「だったら、代わりばんこで休むか? 一人が奥で休んで、もう一人が教会に残―――」
「やっ、です! 私はナギトと一緒にいたいです!」
俺の太股に額を擦ってくるシスター。
子供みたいな、可愛らしい姿だ。
……ロイスさんがいるんだから、俺から離れてもいいだろうに。というか、離れた方がいいのでは?
「……なら、一緒にいるか」
「はいっ!」
だが、その言葉は口から出てこなかった。
そう言ってもらえるのが嬉しいからという、そんな気持ちが多分にあるからだろう。
「そうです! なら、暇つぶしのゲームをしましょう!」
「ゲーム……?」
唐突にシスターが体を起こし、瞳を輝かせながらそんな提案をしてきた。
「この前、教会に遊びに来た子供達から教えてもらったゲームなんですけど……誰も来そうにありませんし、せっかくなのでやりませんか!?」
簡単なゲームであれば、信者の方が来てもすぐに中断できるだろう。
聖書ばかり読んでいるのも中々辛いので、暇つぶしという案にしては面白そうだ。
「よし、やるか。どうせ暇だし、たまにはシスターみたいな子供に戻ってみるのもいいかもしれん」
「むっ? 私は子供じゃないですよ!」
俺からしてみれば可愛らしい大きな子供に見える。
「まぁ、シスターが子供かどうかは置いておいて―――それはどんなゲームなんだ?」
「置いておけるような話じゃなかったような気がするのですが……気にしないです! それでですね、子供達から聞いたゲームというのが『愛しているゲーム』というものなんです!」
愛している、その言葉に思わず頬が引くついてしまう。
「は? 愛しているゲーム?」
「そうですっ! これは「愛している」って言葉を言い合うゲームです!」
「い、今の子供達はそんなにも愛に飢えているということか……ッ!」
「違いますよ!?」
いや、愛しているって言ってほしいからそんなゲームを考えたのではないのか?
もし、本当に愛に飢えているのなら……今度、そっと親御さんに子供さんに常日頃愛情表現を向けてあげるように言っておかないといけないな。
「別に、愛がほしいから作られたゲームじゃないんです! これは「愛している」っていう言葉を交互に言い合って、照れてしまった方が負けっていうゲームですから!」
「あー……睨めっこみたいな感じか」
よかった。村の子供達が愛に飢えているわけじゃなくて。
「このゲームを聞いた時ビビッてきたんです……これはナギトとするしかない、って!」
「い、いや……別に俺とじゃなくてもいいだろ?」
仮にでも「愛している」って言うんだから、相手はロイスさんとかにしてあげた方がいいような気がするが。
シスターに言われて嬉しいのは嬉しいんだが、どこか申し訳ない気がしてしまう。
「(こ、このゲームでいつか告白する時の練習ができますから……)」
「ん? なんか言ったか?」
「べ、ベべべべべ別に何も言ってないですよ!?」
何か言ったんだな。
(しかし、面白そうだなとは思うゲームではあるな)
確かに、関係がない相手だろうが面と向かって告白されれば照れてしまうことが多い。
その照れをいかに隠して平常心でいられるか……そこを競うというのは、中々に斬新な発想である。
ただし―――「愛している」という言葉を、冗談で言えるような間柄であればの話だが。
(……俺、シスターに告白できたことがないんだけどなぁ)
できるならとっくに言っている。
シスターのことは愛しているし、伝えろというのであればいくらでも伝えられる自信はある。
(ただ、初めてシスターに伝える瞬間がゲームっていうのはちょっと複雑だ)
とは思ったが、もうロイスさんという相手ができてしまった以上、俺が言う機会なんてもうないだろう。
だったら、今まで言えなかった言葉をこのゲームを使って伝えるのもアリなのかもしれない。
「……まぁ、やってみるか」
「そうこなくちゃ、ですっ!」
俺が首を縦に振ると、シスターはとても嬉しそうな顔を見せた。
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