子爵令嬢のお願い
「どうぞ、ニコラ様」
「あら、ありがとう」
礼拝ではなく単に訪れただけのニコラ様を俺は教会の奥へと案内し、淹れた紅茶を差し出した。
流石に、子爵令嬢が来ているのにもかかわらず教会の掃除などはできないだろう。
俺は「明日しないといけないな」と内心嘆息をつきながら、美味しそうに啜るニコラ様を見た。
(にしても、本当に絵になるな……)
紅茶を嗜むニコラ様の姿はお淑やかで上品だ。
しっかりとした教育がなされているのだと、平民でありその辺りが疎い俺でも感じてしまう。
流石は貴族といったところだろうか。一気に教会の雰囲気が変わった気がする。
「結局、ニコラ様はどういったご要件で───」
「喋り方」
「……はい?」
「毎回言ってるけど、その喋り方はやめてくれないかしら? 私、型苦しいのは苦手なのよね」
少しばかり鋭い眼光が向けられる。
「それに、昔はちゃんとタメ口で話してくれてたじゃない」
「今と昔では状況が違いますので……」
「あら、じゃあ私達はもう友達じゃないのかしら?」
「…………」
───あの木陰でニコラ様と出会ってから。
俺達はニコラ様と仲良くなった。
同年代の人がいなかったからだろう、シスターも、俺も……ニコラ様とすぐに打ち解け、滞在している間はずっと一緒に遊んでいた。
それからもニコラ様はよくうちの教会に訪れては俺達と一緒に遊んだ。
かくれんぼといった子供らしい遊びから、一緒に本を読んだり、村のあちこちを見て回ったり。
本人は「お父様がお祈りをするついでよ」など言っていたが、フォーレンの街には教会があるし、今に思えばニコラ様のわがままだったのだと思う。
……という感じで、ニコラ様と俺達は確かに友人───そう呼べる関係ではあった。
だが、あの頃はまだ子供だ。
子供であれば許される範囲でも、今は違う……のだが。
「はぁ……分かったよ。これでやらせてもらう」
「ふふっ、相変わらず優しいわね……このやり取り、何回目かしらね?」
「知らねぇよ。少しはこっちの立場も考えやがれ」
友達じゃないのか───そう言われれば、折れるしかない。
俺もアリスも、立場こそ違えどニコラ様……ニコラとは友達だと思っている。
故に、嘘をつくような真似はできず折れるしかないのだ。
ニコラが来る度このやり取りをしているのは、単にニコラが折れてくれるのを願っているから。
……まぁ、今回も折れてはくれなかったが。
「そう言うけど、気にしてるのはナギトだけよ? アリスはちゃんと今でも昔のように接してくれるわ」
「シスターがあんなだからな。一人はちゃんとしとかなきゃいけないやつもいるだろうよ」
「ふふっ、そうね。だからアリスは伸び伸びと過ごしていられるのでしょう」
上品に笑みを浮かべるニコラを見て、俺は対面に座る。
「んで、今日はどうして来たんだ? 単に遊びに来たってわけじゃねぇだろ?」
「私としては遊びに来たつもり───と言いたいところだけど、本当のところはお願いに来たの」
「お願い?」
ニコラは持っていたカップをテーブルに置き、真っ直ぐに俺を見つめる。
「来週の終わりから五日間……私をここに泊めてくれない?」
「はぁ?」
「泊まるのは私だけ。連れはこれから村長のところに行ってどこか泊めてもらう場所を探すけど……あなたに会いに来たのは、私を泊まらせてほしいっていうことだけ」
突然何を言い出すのか?
というより、どうして泊まる必要があるのか?
頭にいくつもの疑問が生まれる。
「色々聞きたいことはあるが……お前はいいのかよ?」
「何がかしら?」
「お前は貴族だろ? 未婚の女性が、男の住む家になんて───」
「あら、アリスもいるじゃない? 男と二人きりというわけじゃないわ」
それに、と。
「あなたは私にどうこうなんてしないでしょ? これでも、人を見る目はあるつもりよ」
「……どうだか。イメージが違うことなんて世の中いくらでもあるだろ」
「分かってないわね。これはイメージじゃなくて事実よ───あなたは、アリスに嫌われるようなことはしないもの。違う?」
「…………」
「無言は肯定よ」
してやったという顔で、ニコラは笑う。
その顔が些か腹が立つのと、それはそれだろうか? という言葉が湧いてくる。
「……シスターの部屋でなら構わない。シスターに聞く必要はあるが、文句は言わねぇだろ」
「知ってるわ。多分、喜んでくれるんじゃないかしら?」
「あー……想像つくのが嫌だわー」
脳裏に「ニコラが泊まってくれるんですか!? 嬉しいです、ニコラだったらいつも以上に楽しい一日が送れるにちがいありませんっ!」と言う嬉しそうなシスターの顔が浮かんだ。
「それで、他に聞きたいことがあるんでしょ?」
「まぁ、滞在目的だな。視察……は、この前やったばかりだし」
「滞在目的ねぇ……単に、あなたの誕生日を祝うためなんだけど」
「は? 俺の?」
俺の誕生日は二週間後。
来週に泊まりに来て五日後となれば、ちょうど俺の誕生日と被る。
嘘ではないと思う……が。
「わざわざ俺の誕生日を祝いに泊まるのかよ? 嬉しいが、いつもは当日に来るだけだったじゃねぇか」
「今回はたまたまスケジュールが空いたのよ。あなたの誕生日も祝いたかったし、スケジュールが空いたならあなた達と遊びたかったしね。ちょうどよかったわ」
そうニコラは言うが、恐らく初めの言葉は嘘だろう。
子爵家の一人娘……となれば、スケジュールは多忙のはず。
フォーレンは今一番勢いのある領地だ。そのため、色々なイベントも予定も重なる。
いずれ爵位を継ぐ者として、イベントも参加しなければいけないし教育だってそれなりに受けないといけない。
スケジュールがたまたま空いた……というより、無理矢理空けてくれたという表現が正しいだろう。
そうでなければ、前回の視察が領主様だったわけがない。
いつもは、俺達と遊ぶためにニコラが来るのだから。
「……ありがとうな」
「なんのことかしら?」
「とぼけなくてもいいだろうに。結構な付き合いになるんだぞ?」
「……そうね、だったら遠慮なく───感謝しなさい? あなたのためにわざわざスケジュールを合わせたんだから」
「シスターも喜ぶよ。あと、俺もな」
俺が素直にお礼を言うと、ニコラは年相応の笑顔を見せた。
美人の可愛らしい笑顔───シスターでもないのに、思わず胸の鼓動が早くなった気がした。
「ま、私の誕生日も祝ってくれたしね……それに、私があなた達と遊びたかったという理由が大きいわ。それはほんと」
「別に疑っちゃいねぇよ」
ニコラは紅茶を飲み終えると、おもむろに立ち上がる。
「じゃ、そろそろ私は帰るわね」
「ん? シスターに会っていかなくてもいいのかよ?」
「来週に会えるもの。サプライズにしておくわ」
ニコラがいきなり泊まりに来たら、確かに驚きそうだ。
シスターの驚く顔を見てみたいと思い、俺も同意するように立ち上がる。
「そっか……なら楽しみにしておくよ、ニコラが来るの」
「盛大に楽しみにしておきなさい」
「……今思うけど、お願いだけだったら手紙でもよかったんじゃないか?」
「村長にお願いもするのよ? こういうのは、失礼がないように直接顔を出すのが礼儀っていうものだわ」
ニコラの方が立場的に上なんだけどな。
でも、そういう貴族平民関係なく礼節を弁えてくれるところは、ニコラのいいところなのだろう。
俺は口元に笑みを浮かべながら、ニコラを教会の外まで見送る。
「それと、ね───」
ニコラが教会の外まで出ると、少し気恥しそうに口にした。
「あなたの顔が……見たかったの」
「……そうか」
そう言うと、ニコラは「また今度」と手を振りながら教会から離れていった。
その背中を見て───
「友達、ねぇ……」
楽しみだなと、次の来訪に胸躍らせてしまった。
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