水の街でデート②

 楽しいことはあとで纏めて楽しむ。

 そう話し合った俺達は先に調味料を買い、用事を済ませて繁華街を練り歩いていた。

 行き交う人々の多さは中心に向かえば向かうほど多くなり、どこか新鮮さを感じてしまう。

 村ではこんな人数は滅多に見ることがないからだ。

 そして、目新しいというのは繁華街に並ぶ店も一緒で───


「見たことのない果物だな……シスター、何か分かる?」

「私に聞いちゃいますか……料理ができない私に!」

「おーけー、すまなかった」

「自分で言っておいてなんですが、もう少し粘ってほしかったです……」


 ここは港街ということもあり、色々な商品が流れてくる。

 他国からの輸入品、名産、自国の遠い場所で採れる食べ物などなど。下手をすれば、王都よりも色々な種類の商品が並んでいたりする。

 俺達は繁華街の途中にある出店で立ち止まり、初めて見たものに釘付けになっていた。


 棘のようなものが全体に生えており、黄緑の色をしている丸い果実。

 甘いのか、苦いのか、酸味があるのか───見ただけではよく分からない。

 それでも見たことがないものには好奇心が刺激されてしまう。

 足を止めてしまうのは仕方のないことだ。


「おう、牧師の兄ちゃん! それが気になってんのか!?」

「あ、はい……初めて見たものでして……」


 ジッと見ていた俺に店主らしき男が話しかけてくる。


「それはイレムっていう果物でな、南部の島国で採れるもんなんだよ! 甘い酸味が特徴だな!」

「へぇ〜」

「よかったら、買っていかねぇか!? 今なら、俺が皮剥いてすぐ食べられるようにしてやるからよ!」


 その申し出はありがたい。

 だが、一時の好奇心のためにお金を使うのも……そんな葛藤が生まれる。

 余裕はあるのだが、無駄遣いしないに越したことはないから。


「せっかくなんだ、彼女さんに食べさせてあげたいとは思わねぇか?」

「彼女っ!? か、彼女さんに見えますか!?」

「お、おう……そう見えたが? っていうより、彼女さんはそっちに食いつくのか」


 どうしてそこに食いつくのか?

 俺も疑問に思ってしまった。


「シスターは彼女ではありませんよ。ただの神父とシスターです……ですが、せっかくなので一ついただいてもよろしいでしょうか?」

「おうよっ! ついでに、サービスしとくぜ!」


 店主の人が店の奥へと戻っていく。

 恐らく皮を剥いてくれるためだろう。

 とりあえず、俺達はここで待っておけば───


「むすぅ〜!」


 ……いいと思うのだが、どうやら先に頬を膨らませて不機嫌アピールをしているシスターの機嫌を取らなくてはいけないようだ。


「まぁ、待てお嬢さん。俺が一体何をしたって言うんだ。他のものの方がよかったか?」

「……いえ、イレム? という果物で私は満足です。嬉しいです」

「だったら───」

「ナギトは……私とは関係なのですか?」


 不満気な瞳が俺に向けられる。


「いや、別にここで言う必要は───」

「二人で出掛けているのに?」

「まぁ、それはそ───」

「手も繋いでいるのに?」

「これは───」

「私とナギトはシスターと神父なのですか?」

「…………」


 シスターのジト目に、思わず口篭ってしまう。

 俺だって別にただの神父とシスターだと思っているわけではない。

 単に他所で言うべきことではないと言うだけだ。

 ただ、それはシスターにとって不満だったようだが。


「はぁ……いや、俺とシスターはだよ」


 俺はシスターの不満気な態度に観念し、ため息を吐いて訂正する。

 すると、シスターの膨らんでいた頬は治まり、小さな笑みが浮かんだ。


「(今はそれでいいです……)」

「ん? 何か言ったか?」

「別に〜、なんでもないですよ〜!」


 シスターは嬉しそうに俺のお腹辺りをペシペシと叩く。

 何を呟いていたのかは分からなかったが、どうやらこの言葉で正解だったようだ。


(本当は「彼女です」って言えたらよかったんだが……)


 もう、それはこの先も言えることはないだろう。

 少しばかり、胸が苦しくなった。


「あいよっ、待たせたな!」


 お腹を叩かれていると、店主が奥から戻ってきた。

 そして、一口サイズに切ってくれたイラムを皿に乗せて渡してくる。

 しかし、同じ皿にはもう一つ……見たことのない果物らしきものが乗っていた。


「あの、これは……?」

「言ったろ、サービスだって! こっちも多分珍しいものだからな、せっかくだから食ってけや!」

「なるほど……それはありがとうございます」


 俺は皿を受け取ると、一口サイズのイラムを掴んでシスターの口元に持っていく。


「ほれ、食ってみ」

「はいっ……うむっ!? さっぱりで甘くて美味しいです!」

「へぇ〜、どれどれ?」


 シスターに食べさせたあと、俺もイラムを手に取って口に入れる。

 さっぱりとした酸味が舌に響き、あとから口の中に甘さが広がる。

 初めて食べる果物だが、これはかなり美味しかった。


「ナギト、こっちの果物も美味しそうなので……はい、あーん♪」


 シスターがもう一つの果物を掴んで俺の口元まで持ってくる。


「あむっ……ん!? 美味い! こっちはがっつり甘い感じだな!」

「そうなのですか?」

「おう、すっげぇ甘くて美味い! ほら、シスターも食べてみろよ」

「あーん……んむぅ〜!? 甘くておいひいですぅ〜!」


 もう一度シスターの口に果物を持っていくと、シスターはそのまま口に加えて美味しそうに目を蕩けさせた。

 tこれも初めて食べるが、本当に美味しい。

 お菓子のレパートリーも増えそうだ……これなら、新しい味にも挑戦できそう。

 作ったら、信者の皆に食べさせてあげたい。


「ナギト、お菓子のことを考えてますか?」

「ん? よく分かったな。信者の皆に食べさせてあげたいなって思ってたところだ」

「ふふっ、ナギトは凄く分かりやすいです。というより、優しいですね」

「シスターに言われたくねぇよ。もちろん、どっちの意味でもな」

「むぅ〜! ナギトの方が優しくて分かりやすいですよ───はい、あーんですっ」

「あむっ……ほれ、お前も食べろ」

「はむっ……ん〜〜〜♪」


 シスターの美味しそうに食べる顔を見る

 その表情を見て、思わず口元が緩んでしまった。


「あんたら……本当にただの神父とシスターか? やっぱり恋人なんじゃねぇか?」


 そう思っていると、何故か店主から疑わしいものを見るようなジト目を向けられた。


(何かしたっけ……?)


 疑問に思いつつ、俺は懐からお金を取り出した。

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