水の街でデート①
「わぁぁっ! 海ですっ! 人がたくさんです!」
シスターの歓喜の声が横から聞こえる。
キラキラとした眼差しの先には彼方まで広がる水平線と、港を中心とした住宅街、そしてそこで行き交う人々。
人の多さも、建物の高さも、活気もバレッドとは比べ物にならない。
当然、街と村では全てを比べて劣るのは間違いないだろう。
―――水の街、フォーレン。
片道三時間……行こうと思えばいつでも行ける、村から一番近い街である。
人口は約五千人ほど。貿易が盛んなこの街は魚や貝といった海産物が有名だ。
貿易が盛んになれば港が賑わう。そうすれば自ずと街のができあがり、規模も大きくなる―――そうしてできたのが、このフォーレンという街。
門を潜り、馬車から降りた俺達は繁華街の入り口へと立っている。
入り口だというのに、繁華街の喧噪が耳に響き、視界を埋め尽くすほどの人の多さが見て取れた。
「のどかなバレッドも好きですが、やはり大きな街というのもいいですねっ!」
横で修道服を着たシスターがぴょんぴょんと飛び跳ねながら繁華街の先を指さす。
興奮しているのか、はしゃいでいるシスターを見ると自然と口元が綻んでしまった。
「アランさん、送っていただきありがとうございます」
「なんの、気にすんな! 神父達にはいつも世話になっているからな!」
バレッド唯一の猟師であるアランさんが、笑いながら俺の背中を叩く。
猟師をするほどの筋肉を持っているからか、貧弱な俺の体にはスキンシップだと言えど普通に痛い。
―――今日は調味料の買い出し。
基本的にバレッドでは自給自足が多く、食べ物や飲み物は街に買いに行くことなく村の中で調達できる。
更に行商人も月に何度か訪れたりするので、あまり物資に困ることはほとんどない。
ただ、今回はちょうど調味料の類が切れてしまったのだ。
なくなれば分けてもらうこともできるのだが、いつもいただいている人のところもなくなってしまったため、今日は村の人達の分まで街へ買いに来ることにした。
行商人もタイミングよく訪れるとは限らない。
いつもお世話になっているのだ、これぐらいのお使いぐらいはしたい。
そして、俺達が街に行くという話を聞いたアランさんが「ちょうど余った肉を街で売る予定だったんだ!」と言ってくれたので、こうして俺達は街まで馬車で送ってもらった。
「んじゃ、俺は商会に行くからな! 帰りは……別でよかったんだよな?」
「えぇ、流石に帰りまでお世話になるわけにはいかないので」
「俺は問題ねぇぞ?」
「いえ、せっかくなのでゆっくり街をぶらぶらしてみようかと……シスターも、このはしゃぎようですし」
苦笑いを浮かべながらシスターの方を見る。
アランさんもシスターの様子を見ると「確かにな」と言って馬車へと乗り込んだ。
「んじゃ、また村でな!」
「アランさん、ありがとうございましたっ!」
「おうよっ! シスターも、デート楽しめよ!」
「んにゃっ!?」
アランさんが最後にそう言い残すと、繁華街とは反対方向———もう一度門の外へと馬車を走らせた。
馬車は門の入り口までしか入れず、馬車を止めるには外にある馬小屋へと馬車を止めなければならない。
本当は門まで入る必要もなかったのだが、俺達を降ろすためにアレンさんはここまで来てくれた。
アレンさんには本当に感謝である。
(今度、お菓子でも持っていこ)
アレンさんには家族がいるから喜ばれるだろう。
そんなことを思いながら、俺はシスターの方を見る。
すると、何故かシスターは先程の興奮した様子から一変して、顔を赤くさせていた。
「顔赤いぞ?」
「あ、赤くなってないですよ!? もし赤くなっているんだったら、きっと暑いからです!」
「冬だがな」
俺は首にマフラーを巻いていないとやっていけないぐらいの気温な気がする。
だから俺達は現にマフラーを首に巻いていると思うのだが?
「そ、それで、まずはどこに行きましょうかっ!?」
深くは聞いてほしくないのか、シスターは無理矢理話題を変える。
……別にシスターが言いたくないのなら深くは聞かない。
とりあえず、ジャンプして解け始めたシスターのマフラーを巻き直す。
「ありがとうございます……」
「いいよ。久しぶりの街だもんな、はしゃぐのも無理はない」
「街……も、そうなのですが……」
「ん?」
「ナギトと、二人きりで出掛けるのは久しぶりですので……」
赤くなった頬を上目遣いで向けてくるシスター。
はしゃいでいた理由が俺……そう言われると、不意に顔に熱が上ってしまった。
「……まぁ、そうだな」
「は、はい……そうなんです」
確かに、シスターとは基本的に出掛けることはほとんどない。
そもそも村から出ることがないというのもあるのだが、俺もシスターも教会のことを考えると心配であまり出るに出られないからという理由が大きい。
それでも出掛けるとなれば、今回みたいな買い出しと教会が行う定例会に参加する時だけ。
一応、村の中に出掛けることはよくある。しかし、シスターの中では『出掛ける』に含まれないのだろう。
「んじゃ、今日は楽しみますかね! 帰るのも、最後の馬車の時間までなら大丈夫だ!」
「えへへっ、楽しみですね!」
シスターの顔に笑顔が浮かぶ。
その顔を見ただけでこっちまで楽しいという気分にさせられるのだから、シスターという少女は不思議な存在だ。
(でも、男と二人で出掛けるって……シスターはいいのだろうか?)
ロイスさんという人がいるのだから、抵抗はあると思っていたのだが……シスターの様子を見ても、そのことを気にしている様子もない。
(まぁ、一緒に暮らしている時点で今更の話か)
どこかで折り合いはしっかりつけないといけないな、と。
ロイスさんのことを考えてそう思ってしまった。
「ナギト、お願いがあります!」
「うん? なんだよ改まって―――」
「手、手を繋ぎましょうっ! ナギトと手を繋いで街を歩きたいです!」
シスターが左手を差し出す。
そこで脳裏にロイスさんの顔が浮かんだ―――果たして、これはいいのだろうか? と。
だが、シスターはそれを本当に気にしている様子がない。まるで「後ろめたいことなどない」と言っているようだ。
(シスターが言い出したことだし、俺が深く考えすぎなのかもな……)
俺はシスターの左手を右手で握る。
「お安い御用です、お嬢さん」
「い、今のナギト……かっこよかったです、はい」
「左様で」
何がかっこいいところがあったのか?
不思議に思いながらも、俺はシスターの手を引いて繁華街を歩き始めた。
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