シスターの外出

 どうして俺が朝帰りと思ったのか?

 朝早く家を出て、戻ってきているだけという線を考えず、夜遅くに外出していると思ったのか?

 それは単純に、シスターが夜遅くに外出をしようとしていることを知っているからだ。

 ……いや、知っているというのは言い方が悪いかもしれない。

 という表現の方が正しいだろう。


 ―――日が完全に沈み、世界が活動の停止を促した夜遅く。

 俺は一階のリビング―――暖炉前のソファーを崩し、毛布と掛け布団に潜って寝て

 もう起きている人間はいないだろう。

 俺を含め、もう村の住人はもう就寝しているはずなのだから。


 しかし―――


「ナ、ナギトぉ……起きていますか?」


 ギィィ、と。

 リビングのドアがゆっくりと開かれる。

 それによって、俺は目を覚ましてしまった。


「起きて……いません、よね?」


 起きています。なんて言えるはずもない。

 瞼を開けて上体を起こしてもいいのだろうが、こっそりと現れてきたシスターは気づかれたくなくて俺の様子を窺ってきたはず。

 行動こそ気になるものの、気づかれたくないと思っている相手に「気づいています」という反応を見せるのは心苦しい。


 以前、一度だけ「何か用事でも?」と反応したことがあるのだが、シスターはしどろもどろになって部屋に戻ってしまった。

 その頃はまさか逢い引きしているとは露知らず、罪悪感を募らせてしまったものだ。


「……寝ていますね」


 足音がゆっくりと俺の方まで近づき、ふと止まる。

 今日も朝帰りだろうか? そう考えると、やはり胸が痛くなる。

 行くなら早く行ってほしい……寝たふりというのは少し辛いし、この状況であればシスターの声を聞く度に心が沈んでしまう。


「ふふっ、ナギトの寝顔はやっぱり可愛いです」


 どうしてか、近くから声が聞えてくる。

 もしかして、近くで顔を覗いているのだろうか? それはそれでやめてほしい。恥ずかしいから。


「えいっ、えいっ」


 唐突に俺の頬が突かれる。

 シスターの声が楽しそうに弾んでいた。


(起きちゃいますよ、俺?)


 君は俺に内緒で外出したいのではないのか?

 安易に起きてしまうような行動は慎むべきではないだろうか?


(こういうことをしてくるから、夜遅くに外出しているって分かるんだよ……)


 この行動は今日だけじゃない。

 朝帰りして来る度、外出する度に彼女はこんなことをしてくる……シスターは、俺にどうしてほしいのだというのか?


「こういう寝顔を見ちゃうと、昔を思い出しますね」


 ガサゴソ、と。

 俺の潜っていた布団が動く。

 そして唐突に、俺の横に少し空気の隙間が生まれてしまった。


 だが、空気が入ってきて寒いとは感じない。

 少し大きな……温かくも柔らかい感触が左半身に伝わってくる。


(シスター……まさか潜り込んできてはないよな?)


 い、いやいやいや……そんなわけない、よな?

 流石にシスターも俺の寝ているソファーに潜り込んでくるとは思えない。

 そんなことをすれば俺が起きてしまうことになるし、そもそも好きな相手がいるにもかかわらず他の男と同じ布団など―――


「ナギトぉ……えへへ」


 ぎゅっと、唐突に腕が体に回された。


(やりおった。本当に、やりおったぞ)


 流石に抱き締められた感触が伝わって来れば否応でもなく分かる。

 貴様……潜り込んでいるな?


(こらこらこら!? ダメでしょ、男の布団に潜り込んできちゃ!?)


 本当に何を考えているんだこの子は?

 こんなの、言い方を悪くすれば『夜這い』の範疇に早変わりすると思うのだが?


(っていうより、シスターってこんなことをロイスさんにもしているのか?)


 朝帰りとは、つまりそういうことも含まれるだろう。

 となれば、シスターはすでに……こんなことをロイスさんにもしている可能性がある。


 一気に胸が締め付けられた。

 ……いや、よそう。これ以上考えれば辛いだけだ。

 それに、そもそもこれは───


(味を占めたな……シスター?)


 俺が起きないと分かっているから、ここぞというばかりにいたずらをしようと思ったのだろう。

 子供らしいシスターが考えそうなことだ。

 ふふふ……だが、シスター。俺はすでに起きているぞ?


「ナギトは温かいですね……ずーっと、こうしていたいです」

「ッ!?」


 頭を押し付けられ、密着してしまったシスターの体温がこれでもかというぐらいに伝わってくる。

 柑橘系の香りが鼻腔を擽り、シスターに抱き着かれているという事態が胸の鼓動を早くさせた。

 シスターに起きているとバレないだろうか? 早まる鼓動がシスターに伝わっていないか心配になってきた。


「えへへっ、私のナギト……優しくて、頼もしくて、私の大切な人……ふふっ、ぎゅー、ですっ」


 ……本当に味を占めやがったな?

 いや、嬉しいのは嬉しいのだが……そんなに額をぐりぐりと押し付けないでほしい。

 俺のメンタルが耐えられそうにもないから。


(好きな人に抱き着かれて寝たふりをしなきゃいけないとか……新手の拷問かな?)


 一応、これでも思春期の男の子なんだが———そう思っていると、もぞもぞとシスターが動き出した。

 布団の中の隙間が布団の重みでなくなると、俺に伝わっていたはずのシスターの体温が消えた。


「名残惜しいですが、ロイスさんが待っているので行かなければいけないですね」


 ……やっぱり、会いに行っていたのはロイスさんのところだったのか。

 先程までの高鳴っていた鼓動が一瞬にして落ち着きを取り戻してしまう。


「……行ってきます、ナギト」


 小さな足音が耳に入り、リビングのドアがゆっくりと開く。

 そして、ドアの軋む音が響かなくなり、ついに閉まっていく音が聞えた。

 俺は体を起こし、シスターがいなくなってしまったことを確認すると―――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」


 大きなため息をついてしまった。

 静寂の中に、時計の針が刻む音が響き渡る。

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