シスターの男の好み

(シスターに男、かぁ……)


 夕陽が沈み、辺りが月明かりに照らされた頃。

 俺は暖炉の前に置いてあるソファーに座りながら、一人考え事をしていた。

 薪の「パチパチ」と鳴る音と「むふー!」という気持ちよさそうな声が静かなリビングに響く。


 この村の夜は本当に静かだ。朝の早い人が多いため早く寝ているというのもあるのだが、そもそもこの教会自体が村から少し離れた場所にある。

 おかげで、外から聞こえてくるのはフクロウの鳴く声ぐらいだ。


 ───俺は風呂に入り終え、現在シスターの髪を梳いていた。

 風呂上がりだからか、シスターの耳はほんのりと赤く染まっており、柑橘系の香りが鼻腔を刺激する。

 そして、前に座るシスターから時折「むふー!」という鳴き声が聞こえてくる。そんなに気持ちいいのだろうか? 正直可愛い。


(まさかシスターの逢い引き相手がロイスさんだとは)


 ロイスさんは村で小さな料理店を営んでいる店主だ。

 料理店といっても、基本的には酒を提供している酒場のイメージが強い。

 この村では料理は家で食べる、酒は店で飲むということが多いため、村にしてはかなり繁盛しているのだとか。

 更に、行商人の人や教会がない近くの村の信者の方が村に訪れたりすることもあるので、そういった方向けの料理も提供している。

 

 ロイスさんは幼い頃に奥さんが亡くなり、今は子供と二人で暮らしている。

 昔に木こりをしていたからか体つきはよく、俺などよりも遥かに逞しい。

 歳は……確か、三十手前だった気がする。


(年上が好きだったのか? それとも、単に男らしい男が好きだったのか?)


 こればかりは本人に直接聞かなければ分からないだろう。

 しかし、いかんせん聞き難い。

 どうしてそんなことを聞くの? そう返されるに決まっている。


(かといって、朝帰りをしていたから気になった……っていう返答もできないし)


 シスターがロイスさんを好きなのだというのなら、今更気にしたところで意味はない。

 何せ、どういう男が好みだと知り、頑張って好みの男に近づこうと努力をしたところで、シスターにはもう相手がいるのだから。


 でも、気になってしまう。

 それは、俺が情けなくも未練がましい男だからだろうか?


(ん~……気になる)


 モヤモヤとした気持ちになりながら、俺はサラリとした金髪に櫛を入れていく。

 すると、唐突にシスターが後ろを振り向いてきた。


「ナギト」

「ん? どうかしたか?」

「いえ、何やら難しい顔をしていましたので……」

「前を向いていたのによく分かったな。後ろに目でもついているのかね?」

「ナギトであれば雰囲気で分かりますよ?」


 それは、もやはエスパーの領域だろう。


「何か悩み事であれば言ってください。私にできることがあればなんでもします……私はシスターです。悩める人がいるのであれば手を差し伸べてあげたいんです───もしよかったら、私に話してみてくれませんか?」

「シスター……」


 シスターは安心させるような笑みを向けてくる。

 柔らかくも、温かい……まるで、聖女のような笑みだ。


「話してほしい、です……偉そうなことを言ってしまったかもしれませんが、本当のところはナギトが悩んでいる姿をあまり見たくないだけなんです」

「いや、悩みっていうわけじゃないんだが……というより、気になっているということだ」

「気になっていること、ですか?」

「あぁ……あんまり聞きにくいことなんだがな」


 話してくれと言われても、シスターだから余計に話しづらい。

 しかし、心配してくれているシスターを不安にさせたままにはしたくない。

 そんな葛藤が脳内を駆け回る。


「いいですよ、なんでも聞いてくださいっ! 何せ、私とナギトの仲ですから!」


 シスターが胸を叩く。

 その言葉と態度を見て少し悩み、結局俺は正直に聞いてみることを選ぶことにした。


「実はな……」

「はいっ」

「シスターの男の好みが聞きたいんだ」

「はいっ!?」


 シスターが驚いた顔をする。


「ど、どどどどどどどどうしてそんなことを聞くんですかっ!?」

「すまん……これはあんまり言いたくない」


 疑問の根にあるのが嫉妬と羨ましいという感情だというのは、好きな子には言えるはずもない。

 そこまで正直に言ってしまえば、男としてかなり情けないような気がするから。


「そ、そうですか……ですが、いきなり、そんな……ッ!」


 シスターが朱に染まった頬を両手で押さえながら、口をパクパクとさせる。

 目もぐるぐると回っているし、何故かかなり動揺していた。


「いや、言い難いならいいんだ。シスターに迷惑をかけてまで知ろうとは思わない」


 もしかしたら、動揺しているのは逢い引き相手が露見してしまうと恐れているからなのかもしれない。

 一応知ってはいるのだが、シスターは俺が「知らない」と思っているのだろう。


「いえっ! べ、別に言い難いというわけでは……単に恥ずかしいというだけでっ!」


 逢い引きは『恥ずかしい』部類に入るのだろうか?

 どちらかというと『後ろめたい』という部類に該当するのだと思うのだが……。


「大丈夫ですっ! 覚悟ができました!」

「待って、そこまで追い詰めるつもりはなかったんだ」


 だからそんな両手拳を握るようなポーズはしないでほしい。

 この質問だけでそこまでシスターを困らせてしまうとは……かなり罪悪感が湧いてきた。


「私の好きな男性のタイプは……」


 しかし、それでも気になるものは気になる。

 シスターが口を開いた瞬間、湧き上がってきた罪悪感が消え去り、言葉の続きに耳を澄ませてしまった。


「頼もしくて……」

(うん、ロイスさんは頼もしいよなぁ)

「優しくて……」

(いつもタダで薪をくれるもんなぁ)

「一緒にいると安心して……」

(守ってくれそうな雰囲気をしてるもんなぁ)

「何もできない私を「仕方ないなぁ」って言いながらも面倒見てくれる―――」

(へぇ……ロイスさんって、シスターの面倒を見てくれてるのか。今度お礼した方がいいかな?)

「そんなぐらいの人が好みですっ!」


 ふむふむ、そうか。シスターの好みはそういう人だったのか。

 なるほど、なるほど―――


(うむ、ロイスさんはどこに行った?)


 ロイスさんはシスターと歳が離れている。

 つまり、好みのタイプというわけではないということ。

 では、ロイスさんはどこに行ったのか? 年齢は、他の要素に比べるとだいぶ重要な要素のはず。

 つまり、ロイスさんはその重要な要素から外れている男性であり、シスターの好みとは合致しない。

 ということは―――


(好みの相手じゃないのに逢い引きしてるのか!? それはそれでどうなんだ!? シスターって、好きなタイプの男じゃなくてもいいのか!?)


 別に、好みと好きになった相手が違うこともあるだろう。おかしな話じゃない。

 しかし、今まで恋愛をした様子もなかったシスターがいきなりタイプでもない男と逢い引きをするか?

 それこそ、俺に内緒でこそこそ夜中に会いに行くぐらい好きになるのか?


 頭の中がごちゃ混ぜになってしまう。

 おかしくないようでおかしいような。

 疑問を解消したいはずだったのに、新たに疑問が……!


「こ、これで疑問は解消できたでしょうか……?」

「あ、あぁ……大丈夫だ。いい感じに困惑できたから」

「それはダメじゃないですか!?」


 俺はシスターの逢い引きがよく分からなくなった。

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