教会の一日

「ナギトちゃん、今日もありがとうねぇ~。これ、うちで採れた苺。よかったらアリスちゃんと食べてちょうだい」


 信者の一人が、俺に向かって袋に詰まった苺を手渡してくれた。

 いつもの礼拝が終わり、温かい陽気が信者を見送るために教会から出た俺の体を包み込んでくれた。


 俺の一日は教会の掃除や家事、信者達との礼拝がメイン。

 あとは……シスターのご飯の面倒とか身辺のお世話だ。


 今日はそんないつも通りの平和な一日。

 ……シスターが朝に帰ってきたので、いつも通りとは言い難いかもしれないが、普段通りの日である。


「いつもありがとうございます、マゼンダさん。シスターも喜びます」

「ふふっ、アリスちゃんなら喜びそうねぇ~」


 シスターが苺をもらって喜ばないわけがない。

 信者のマゼンダさんからいただいたものだし、シスターは苺を含めた果物全般が好きなのだから。


『では、私が鬼ですね! 三十秒ですよ? 三十秒経ったら探しにいきますから!』

『『『はーい!!!』』』


 喜んでくれるであろうシスターは、現在教会前の庭で子供達とかくれんぼをしていた。

 子供達が嬉々として物陰を探し回り、シスターがしゃがみ込んで秒数を数える。

 そんな姿を見ていると、ふと「シスターも子供なのでは?」と思ってしまうほど。


 遊んであげているだけのはずなのに、シスター自身が楽しんでいるように思える。


(まぁ、それもシスターが子供に好かれる原因なのだろうけど)


 立ち上がり、そそくさと子供を探しに行くシスターの顔には無邪気な子供らしい笑みが浮かんでいた。


「いつも悪いわねぇ。うちの子供達と遊んでもらって」

「どうでしょう? シスターが単に一緒に遊んでいるだけだと思いますが」

「子供達もアリスちゃんと一緒に遊べるからってとても喜んでいるように見えるわ~。やっぱり、アリスちゃんはいい子ね」

「えぇ……本当に、いい子だと思います」


 他の人間をよく見てきたわけではないので一概には言えないのだが、シスターほど清らかで優しく、人ができている人間はいないだろう。

 それは近くで見ている俺はよく知っている。

 シスターを近くで見ていないマゼンダさんですらそう思っているのだ……もはや、間違いない。


「あら? ナギトくんもいい子だと思うわよ?」

「そんなことないですよ」


 マゼンダさんの言葉に肩を竦める。

 いい子であれば、シスターが朝帰りしたところで嫉妬などしなかっただろう。

 人の幸せを切に願う。シスターなら誰にでもできるかもしれないが、俺にはできない。


(これは牧師として失格なのだろうか?)


 俺ももう少し牧師として成長することができれば、こんな醜い嫉妬も抱かないで済むのかもしれない。

 ……まだ、父さんみたいな牧師には遠いみたいだ。


「俺は小さなことで嫉妬してしまうような男ですから」

「あら、そうなの? どんなことで嫉妬しちゃうのかしら?」

「そうですね……お恥ずかしい話、シスターに男性がいるかもしれないみたいで、そのことに最近は嫉妬してしまっています。恐らくお気づきかもしれませんが、俺はシスターのことが好きなので」

「えっ!? アリスちゃん、ナギトちゃん以外の男が好きなの!?」


 マゼンダさんがまるで「信じられない」と言わんばかりの目を向けてきた。

 そこまで驚くことだろうか? シスターも、一人の女の子なのだから。


「そうみたいですよ。最近は逢い引きをしているみたいで、朝に帰ってくることが多くなってしまいましたから」

「あ、あー……なるほど、そういう話だったのね。そっちに取っちゃったかー」

「ん? どうかされましたか?」

「あ、いいえなんでもないわ!?」


 マゼンダさんが慌てて首を振る。

 どうかしたのだろうか? 別に焦るような話はしていなかったはずなのだが。


「ナギトっ!」

「へぐっ!?」


 俺が疑問に思っていると、突然後ろから勢いよく抱き着かれてしまった。

 あまりの勢いに、肺の中の空気が一瞬消えてしまったような感覚を覚える。


 首だけ後ろに回すと、俺の腰には聖女か天使か……表現する言葉に困ってしまう程の可愛らしいシスターが抱き着いていた。


「ナギト、子供達がナギトのお菓子を食べたいそうですっ!」

「その前に、俺にタックルしてくることに謝罪をもらおうか、うぅん?」

「いひゃいいひゃい。にゃぎと、いひゃいです」


 いきなりタックルをかましてきたシスターの頬をつねる。

 柔らかいもちもちとしたシスターの頬の感触を味わっていると、当の本人は少し痛そうな顔を見せた。

 頃合いを見計らって、俺はシスターの頬から手を離す。


「んで、お菓子を作ってくれってか?」

「は、はい……とても食べたそうな顔をしていましたっ! 私には分かります!」

「そうか……だったら、マゼンダさんに苺をもらったし、それで何か作るか」

「やったー!」

「……シスターも食べるんだな」

「当然ですっ!」


 シスターは綺麗なドヤ顔を見せながら胸を張る。

 修道服越しに程よく実った胸がくっきりと浮かび上がるので、少し目のやり場に困った。


「あら、いいの? 悪いわね〜、うちの子供達に」

「いえいえ、お気になさらず。そうだ、せっかくなのでマゼンダさんもいかがですか?」

「そう? それじゃあ、いただこうかしら」

「ナギトの作るお菓子は美味しいですからねっ!」

「ふふっ、そうね~」


 シスターが俺の腕を引いて教会の中へ入っていく。

 先程までかくれんぼをしていたはずの子供達がどうしてすでに中にいるのだろうか? 楽しそうな声が中から聞こえてきて思わず苦笑い浮かべてしまう。


「やっぱり、ナギトちゃんはいい子だと思うわ〜」

「ですが───」

「はいっ! ナギトはいい子です!」


 マゼンダさんの言葉に、シスターが同意を含めた満面の笑みを向けてくる。

 その笑顔に、思わず顔が赤くなってしまう。


「こんないい子達に跡を継いでもらえたなんて、牧師もシスターも幸せ者ねぇ」


 そんな呟きが、マゼンダさんの口から漏れた。

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