第12話 確認

実行委員のメンバーたちが狼狽はじめた。誰かが言った。


「こんたごどで、同窓会、でぎるんだべが…」


「んだ、司会の博志もいねぇんだべ」


「なんとする?」


「いえ、今日の同窓会はこのまま開催して下さい。容疑者が現れるかもしれませんので、実行委員長さん、お願いします。ご協力ください」若い刑事が丁寧に頭を下げる。刑事によると安全を担保するために会場には私服警察を何人も配置するという。


「サトシくんが容疑者でないことを私たち実行委員会は信じていますが、もし同級生だけを狙った犯行で、しかもこんな短期間で何人かを殺しているかもしれないような犯人ですよ、そんなんで同窓生たち100名以上を守れるんですか?」ミツルたちが刑事たちに詰め寄る。


「任せて下さい。入り口から受付、会場、トイレ、万全の体制で臨みますから」


時間がない。ミツルたちは刑事の言葉を信じるしかなかった。実行委員会のメンバーたちから笑顔は消えてピリピリしたやり取りが続く。しかし、参加者たちにとっては待ちに待った同窓会だ。ミツルたちは予定通りの開催を決定した。持ち場に別れる時に誰かが聞こえるように


「チッ8組のヤヅラ…」と言った。不安の燻りが由美子に向けられた。


これを聞いた由美子がキレて、受付会場は大荒れに荒れた。開場の30分前になってようやく落ち着き、由美子は正子と一緒に忘年会参加者と今日の同窓会の参加者を照合した。正子は受付用に持参していたノートパソコンを使ってExcelのリストを作成してUSBメモリーを若い刑事に渡した。


「忘年会に参加した8組の同級生は全員参加予定です。雄太さん、渋枝雄太さんを除いては」と由美子。


「安否確認って仰ってましたが、もう開場直前ですし事前に連絡は取れないと思いますよ」正子が言い添えた。


「そうですね、もう受付でチェックするしかないですね。閉会後に参加予定で来なかった人を改めて教えてもらえますか?」


「はい…」


「それから、サトシさんの顔写真もデータ転送してもらえますか?私たちで共有しますので。それから、サトシさんが来たら、必ず、教えて下さいね」


若い刑事は受付の二人に念を押して会場内の警護に着いた。


「だーれが!」由美子が吐き捨てるように言った。正子はクスッと笑った。その時、5時のチャイムがどこからともなく、鳴った。いよいよ同窓会の開幕だ。


かんぱーい!


実行委員会が一年以上かけて準備してきた白南中学校20期生の同窓会がついに開始された。しかし、会場には司会をやるはずだった博志はおろか、東京からのサトシも、雄太も、芳樹も岳斗も学も居なかった。雄太以外は何か恐ろしい事件に巻き込まれている可能性がある。由美子は受付の合間を見て雄太にメールをしてみた。同窓会終了後に立ち寄るから、絶対に家を出ないで欲しいと。すると今回はすぐに返信があった。


「わかった」


もう雄太の母親にも娘の多恵にも二人のことはバレただろうが、もう構わなかった。そんなことを言っている場合ではなかった。


開始から一時間が過ぎたがサトシは姿を見せていない。由美子の不安は募るばかりで、雄太の顔が一刻も早く見たかった。リストの照合と刑事への状況説明を正子に託して閉会前にこっそり立ち去ろうとしたが、ヤニ臭い刑事に見透かされていたようで、実行委員会用の控室に連れて行かれた。入ると女性警察官が刑事に敬礼した。


「なんですか?せめて誰か他の実行委員を同席させていただけませんか?」


「渋枝雄太さんとのことなんですが、ね」


由美子は一瞬身構えたが、逆を返せば、雄太とのことを知っているからこそ、誰にもバレないように敢えて一対一で話をしに来たのだと理解した。


「はい」


「忘年会の後、一緒にいましたね」


「はい。一緒に過ごしました」


「そう、そこなんですがね、実はあの忘年会でいくつかカップルが出来たようで、ね」


「は?」


「不思議なんですがね、橋本さん、貴方は渋枝雄太さんと一緒、これはもうラブホテルのカメラで見て分かってます」


「は?」


「いやいや、疑っているわけではないんですよ」


由美子は一瞬で理解出来ず、しばし考えていたが、要するに二人も容疑者と見なされていたことを知った。


「というかお二人の疑いは晴れてるんですよ」


「人のプライベートを…」そもそも私と雄太はあの夜に出来た即席カップルなんかじゃない!と言いそうになったが、黙って堪えた。


「あの夜、貴方は渋枝雄太さんと一緒だった。そしてぇ〜、鎌田真斗さん、ご存知ですね、同じ8組の、そして京極夏美さん、旧姓、わかりますかね?」


「シイナ、椎名、夏美」


メモを取る刑事。


「そう、鎌田真斗さんと京極夏美さん、あの二人も忘年会に参加してましたよね?」


「はい。というか、ご存知なんでしょう?」


「はい、まあね。それでぇ、鎌田真斗さんと京極夏美さんもあなた方と同じように一夜を過ごしていたようですよ」


「関係ありません、二人の勝手でしょう」


刑事は特段答えず


「この写真を見て下さい。どうです?鎌田真斗さんと京極夏美さんですね?」


由美子は防犯カメラがこんなに高画質で撮影されていることに驚いた。はっきり写っている以上、とぼけるわけにはいかなかった。


「はい…間違いない、と思います」


「やっぱりが…いや、さぎに8組だった皆さんにこの部屋に来てもらって順番に同じ写真、確認してもらってますから、でも、ほら、念のため」


由美子は一瞬ムッとしたが刑事がすぐさま


「いや、その二人もね、どうも連絡、取れでないんですよ、今日まで」


「ええ!?捜索願は出てないんですか?」


そういえば同窓会開始から一時間、真斗と夏美を受付していない。胸が苦しくなってきた。


「まだありますよ、博志さん、忘年会を主催した佐藤博志さんね、彼もあの夜、女性と一緒に別なホテルに入ったところまでは分かっているんですよ」


「それも8組の誰かなんですか?」


悪ガキグループには女性が6人いた。由美子、真斗と高校生の頃に付き合っていた夏美、雄太の元彼女の晴子、そして、若菜、栄子、真美の6人だ。


「それを確かめたくて…」


刑事はもう一枚写真を出してテーブルの上に差し出した。


「こちらも写真があります」


「シュウちゃん!!」


刑事は待ってましたとばかりにヤニ臭い口で大声で問いかけた。


「橋本さん、一体誰なんですか?このシュウという女性は?」


由美子は写真を手に取り、食い入るように見つめる。


「写真を確認するなり、8組の皆さん、明らかに動揺してますよ、誰なんですか?一体、このシュウという女性は?」


由美子は何から話して良いかわからなかった。まず、本当のシュウは女性じゃ、ない。しかし、こんな大人っぽい女性用のコートを羽織って、しかもこんなに綺麗だったら刑事が女性だと思い込むのは当然だ。そして、何より8組の同級生が皆シュウだと証言したのは写真で見る限り、あの頃のシュウにしか見えないからだ。


「当時の卒業アルバムにも、シュウという女性は載っていませんでしたよ」


もうそんなところまで調べているのか、と由美子は驚いたが、それよりも写真にハッキリと写っている博志の隣を歩く女性は由美子が昨年から遭遇している、あのシュウだ。由美子は信じてもらえないかもしれませんが、と前置きしてからゆっくり説明をはじめた。


続く

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望郷の雪 小望月堂 @oni-3

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