第11話 事件

実行委員会のメンバーは同窓会開始の二時間前、15時の集合だったが由美子は30分ほど遅れて到着した。宴会場の舞台の上で皆が何やらざわついている。同じ受付担当の正子がおいでおいでをしている。


「いま、警察が来ているのよ」


「え?」


「今日参加予定の同窓生、年末がら行方不明なんだって」


「誰?」


「あだし直接知らねぇんだけども、石原さんっていう男性だって、知ってる?」


「石原君?マナブ?石原って学でねぇが?」


由美子は思いがけない名前を聞いて驚いてしまった。石原学は悪ガキグループのメンバーの一人で、博志とは塾も一緒だった。というか、年末の忘年会にもきていた!由美子の表情は一瞬で曇ってしまった。せっかく雄太のことで安心したばかりなのに、年末の忘年会からおかしな事ばかりが続いている。


「由美ちゃん、もしかして、おんなじクラスだった?」


由美子は声も出ず、ウンと頷くのがやっとだった。すると正子は受付名簿をバッグから取り出して一心不乱に石原学を探しはじめた。由美子も隣に座って一行一行、全クラスをチェックした。


「いしはら…まなぶ…まなぶ…」


名簿をめくり、指でなぞる由美子の指が止まった。あった。3年8組、やはり由美子が良く知る悪ガキグループの一人だった。同姓同名なんてそんなにいる筈も、ない。由美子はあの学であって欲しくないと、1組から順番にチェックしていたが、予想通りあの学だった。急に元気を失くした由美子を見て正子は背中にそっと手をやり、大丈夫、大丈夫と言った。


しばらくすると宴会場の舞台にいた数人がピタリと話を止めて真っ直ぐに受付にやってきた。実行委員会のメンバーとは明らかに違う二人組が警察手帳を出して挨拶してきた。由美子に話があると言う。同窓会の主要メンバーの一人、ミツルが刑事たちに


「この人が橋本由美子さんです」と紹介した。由美子が立ち上がるのを待たず、


「おめだぢ、この間、8組で忘年会やったべ?」と質問してきた。


「んだ、12月30日に、駅前でやった」由美子は小さな声で答える。


「博志ィ来ったったが?」


「博志くん?」


「んだ、博志」


「なして?さっき正子ちゃんがら、学くんが行方不明だって…」


刑事二人とミツルが目を合わせた。役割が決まっていたのか、若い方の刑事の一人が丁寧に説明した。


「実は、博志さん、佐藤博志さんも行方不明になっています」


「ええ?」


「それぞれのご家族から捜索願が出されていて、事情を聞いたところ、全員12月30日に駅前で飲んでいたことがわかりました」


「博志くんも、学くんも、行方不明に?」由美子が言葉を探しながら、それでも言葉が見つからず、涙ぐんでいると、もう一人のだいぶ年齢が上の、ヤニ臭い刑事が少し訛りのある言葉で補足した。


「ハシモドさん、この年末年始にですね、捜索願が次々に出されでましてねぇ。年の瀬になれば毎年、こういうごと、よくあるんですが、今回は二人とも同じ忘年会に参加していたそうで。しかも、全員中学の同級生でした」


「…」


「もしかしたら…ですが、事件の可能性もありまして」


「そんな…」


「そこでお願いなのですが、忘年会に参加した同級生の皆さん、橋本さんはお分かりですね?」若い刑事が丁寧に依頼する。


「はい…。はい?」


「その同級生の皆さんが今日の同窓会に参加する予定か、至急調べてもらえませんか?」


「はい…でも、どういう意味でしょう?」


「もう明日の朝刊に出てしまうのでお話ししますが、他言無用でお願いします。二人の行方不明の他に、すでに亡くなった方がいるんです」


「え…」


「そうです、同級生のようです。しかも、複数…」


バターン!由美子は驚き、立ち上がり、そしてそのまま気を失いかけて、よろけた。正子が由美子を支えている。ミツルたち実行委員の主要メンバーもこれは初めて聞いたようでその場は凍りついたようになっていた。


「その亡くなった方々もあの忘年会に出ていたようなんです。ですから我々警察としてはあの夜、忘年会に出席していた人たち全員の行動と安否を確認したいんです」


警察としては年末の忘年会の主催者である博志が行方不明になっているために忘年会に出席したメンバーの全容がわからない。しかし、学の家族から年明けの同窓会にも出席する予定だったことを突き止め、この会場に急行したというのだ。


「実行委員で出席リストを担当していた橋本さんでしたら忘年会に出席した同級生のことも、今日の同窓会の出欠予定も両方お分かりでしょう、是非ご協力下さい」


震えている由美子の手を握って正子が代わりに返事をする。


「分かりました。ただあまりに急なことで一度由美子さんを休ませたいんですが」


その時、ヤニ臭い刑事が呟くように、低い声で手帳に書いてある名前を読み上げた。


「博志、雄太、芳樹、岳斗、学」


「それ、ガク、じゃなく、マナブ、です」由美子がキッと刑事を見つめる。


「なんですか?それ」


「ワダシだちが特に心配している、同級生の皆さんですよ」


「どういうことですか?」


「博志さんと学さんはすでに捜索願が出されでますが、吉田芳樹さん、北條岳斗さんは昨夜秋田港で発見されでます」


ヤニ臭い刑事が若手の刑事を見ると


「二人は海で見つかりました。今朝、ご遺族による本人確認が終わりました。この二人も忘年会に出席してましたね?」と結局由美子に休ませることなく質問が続く。


「はい」


「やはり、か」ヤニ臭い刑事が手帳にバツを書いている。それを睨め付ける由美子。


「それでは雄太さん、渋枝雄太さんの連絡先、分かりますか?この五人のうち、現状で全く安否が分からないんですよ」


「雄太は…いえ、渋枝さんは大丈夫です」


由美子は全員に悟られないように同じ実行委員で、つい先ほども会ってきたこと、体調が悪く今日は休むということを伝えた。


「そうですか。それではこの五人以外の照合をお願いしたいのですが」


「ちょっと待って下さい、その五人って、どういうことで先に安否確認が必要だったんですか?」


ヤニ臭い刑事が待ってましたとばかりに答える。


「サトシさん、ご存知ですよね、安東聡さん、サトシさんが滞在していたホテルにこの五人の名前が書かれたメモが残っていたんですよ」


「仰ってる意味がわかりません」


「私たちはサトシさんを容疑者として追っています」


「そんな…」


続く

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