第10話 推測

サトシが吹雪の中に飛び出した頃、由美子は雄太を車に乗せ、いつもの海岸沿いのラブホテルに向かっていた。信号で停まる度に雄太の手を握ったり、話しかけたりしてみたが、いつもの反応はない。


猛吹雪の中、ようやくチェックインするとすぐさまバスタブに熱めのお湯を出し、その間に突っ立ったままの雄太の服を脱がせた。


「もう〜しっかり、して…よ!」


由美子は部屋の中に服を脱ぎ捨てたまま雄太の手を引いてバスルームに入った。雄太はまだ呆然としているが、しがみつくようにしばらく一緒にシャワーを浴びていた。本音を言えば、由美子も心配でたまらなかったのだ。


雄太が眠りについたのを確認してから由美子はベッドに仰向けになってこれまでのことを考えていた。忘年会の直前、二人はタクシーの中からシュウによく似た人物を見た。あれは前日にエレベーター前でみた人物と同じ、確かにシュウだった。現実的に考えれば死んだシュウが現れることなどあり得ない。しかし、同じ中学のしかも同じ悪ガキグループのメンバーの前に次々に現れた事実を考えれば、シュウでなければ説明がつかない。


もしシュウでないにしても、当時の関係性を知る者でなければ…あまり現実的ではないが、悪ガキグループのメンバーがシュウのそっくりさんと共謀して皆を驚かせていた可能性は…。


「ないわね…」


ふふっと笑いながら少ない情報で推理していく由美子。そもそも誰がそんなことをするのか?誰が喜ぶというのか。それにサトシが予定の前日に帰郷していたことは誰も知らなかったはずだ。唯一連絡を取り合っていた雄太でさえ知らなかったこと、さらには雄太の母親さえもシュウらしき人物を見ていたこと、そして、自分も…。


「そういえば…」


と呟いて由美子は起き上がった。男子たちは何故かシュウを見てから酷く動揺していたが、由美子自身は二回もシュウを見たのに何も起こらない。ここに何かの鍵があるのかもしれない。しかし、今は「どうして、何故?」と雄太に聞ける状態ではなかった。


由美子と一緒にいて安心しきっているのか雄太は寝息を立てている。もどかしい夜が更けていく。由美子は雄太の背中にピタリとくっつき、髪を撫でていた。


「シュウちゃんなの?ホントに。そんなわけ、ないか」


いつしか由美子も雄太の手を握りながら寝入っていた。



翌朝、雄太は暑苦しかったのか全裸だった。まだ朝の5時過ぎだったが、今日は大晦日だ。お互いに家族がいる。忘年会で羽目を外したにせよ、早く帰らなければならない。二人は着替えてチェックアウトした。快晴の海岸の道路を市内の駐車場まで由美子が運転する。その間、雄太は一言も喋らなかったが呆然とした表情ではないのが由美子には嬉しかった。


昨夜停めた市場近くの駐車場に着いた時、雄太がゴメンな、と呟いた。由美子はホッとして雄太の顔に両手を添えた。その手に雄太は自分の手を重ねた。二人は抱き合ってから、別れた。


ところが大晦日の夜も元旦の朝もメールの返信がない。嫌な予感がよぎるが由美子も家に帰れば高校生の息子の母親だ。雄太にばかり構っていられなかった。しかし翌朝、同窓会当日になっても雄太から返信がない。ビシッとスーツにキメた由美子は自分の姿を鏡で見て、意を決して雄太の自宅に行ってみることにした。


玄関のベルを鳴らしてみた。新年早々一体誰?という反応の雄太の母親と、頭からつま先までナメるように見る娘の多恵。由美子は2人の別々な視線に耐えつつ、雄太の同級生だと伝えた上で今日昼過ぎから開催される同窓会の実行委員で、雄太を迎えに来たのだと説明した。そして質問を拒むように大きな声で言った。


「こ、これ、召し上がってください!」


と勢い良く差し出したのは、雄太から一緒に買いに行って欲しいと言われていた鮭の切り身だった。母親はもともと雄太に頼んでいただけに、ハハーンっといった表情で意図を汲み取ってくれてすぐに雄太を呼び出した。しかし返事はない。二階に上がった母と雄太が何やらわめいていたが、しばらくすると寝巻き姿の雄太が下りてきて由美子はホッとした。


「お父さん、しっかりしてよ」


多恵は起きがけとはいえ、どう見ても不釣り合いの2人をこれまた頭からつま先まで舐めるように見ていた。確かに由美子は今日の同窓会用にスーツを新調したばかりだったし、化粧は雄太からの返信がなく、怒っていたのか、同窓会本番で気合いが入り過ぎたのか、とにかく手元が狂ったようでかなり濃いめだ。なんだか生命保険を勧めにきたオバさんに見えたかも…と急に不安になり出した。四人が狭い玄関で金縛りにあったような状態から脱したのは、多恵の一言だった。


「父さん、行けるの?」


ハッと我に返った由美子は雄太の表情を見た。寝ぼけてはいるが、見たところ、忘年会の時のような一点を見つめて茫然としているような状態からは脱しているように見えた。


「父さん大丈夫?」


「う〜ん…」


しかし、声に張りはない。明らかに元気はなく、いつもの雄太ではなかった。横で見ていた母親が


「ボダっこ頂いたのよ」と雄太に差し出した。


「あんがと。腹減った」


一同、ガクっとしたが、いかにも雄太らしい返事を聞いて安心して急に場が和んだ。ただ由美子は年末の心配もあるため、今日の同窓会は任せて休んで欲しいと言うと、雄太はすんなり受け入れた。多恵が由美子に話しかけようとしたその時、車のクラクションが鳴った。雪の季節の路駐は大迷惑だ。由美子は同窓会の報告をするね、と雄太に言って、母親と多恵に軽く会釈をして玄関を出た。そして後続の車にもスイマセン、と会釈をして、すぐに車を走らせ同窓会会場のホテルに向かった。


続く

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