第9話 再会

真斗もシュウに会っていた。しかも同じ日に。サトシは昨日のことを思い出していた。あれは、紛れもなく、シュウだった。でも、あの頃、出会ったままの姿だった。いや、むしろ、光り輝いているようにも見えた。歳を取っていないから、幽霊なのか?それとも全くの別人なのか?


しかし、今、こうして冷静に考えてみると不思議な感覚に陥ってしまう。というのもとっくに亡くなっているシュウに似た人を見たからと言って街中で泣いてしまうなんてどうかしてる。ただ、サトシには本当にあの頃のシュウにしか見えなかった。男性のようで、女性のような、一瞬息を飲むような美しさを纏っていたシュウ。そんな人に会ったのは生涯でシュウだけだった。転校してきた時の、教室に入ってきた時の衝撃が鮮やかに再現され、サトシは一瞬、ぶるるっと身体を震わせた。


「大丈夫?」


夏美はサトシの異常を感じていた。サトシは何も答えず、真斗に質問を繰り返した。真斗がシュウに会ったのはサトシと同じ辺りだった。とすると、昨日からシュウに似た人物が市内を歩いていたことになる。


「なんでシュウだと思ったんだ?」格好つけているわけではないが、サトシはまだ秋田弁に戻れない。


「んー…」


「似た人なんじゃないの?」夏美が続ける。


「んー…、でも、俺、シュウとしか思えねがったし、シュウ、俺の目ぇ見だんだ」


「え…」思わずサトシ。


「嘘だ」夏美は冗談っぽく。


真斗と夏美が二人で続ける。

「んだって、あの頃のシュウのまんまで、して、俺の目見るがら、本当に心臓が止まるがど思ったの!」


「んだけど、ただの似だ人だったんでねぇの?」


「んだ、ただの似だ人だば、いがったけどな、違うのよ」と言ってショットグラスのクエルボをまた飲み干す。


「なしてわがる?」


「シュウな、ちょっと離れだどごにいだの。したらよ、なんかしゃべってだ」


「なんて?」


真斗は空になったショットグラスに注ぎながら


「久し振りって」


そう言って真斗はサトシと夏美の顔を、目を見つめながらショットグラスに手をかけた。


一瞬、間を置いて…。サトシの心臓がドキーッと痛んだ。そして、サトシも二人に自分の体験をありのまま、話すことを決意した。そうしなければ、この心臓の痛みは止まらないと思ったからだ。二人のやりとりを遮るようにサトシが急に話しはじめた。


「俺もな、昨日、シュウに、シュウによく似た人に会った」


「えー!」夏美が泣きそうな甲高い声で反応する。


真斗は口にしていたショットグラスを落とした。マスターが驚いてカウンターの向こうから駆け寄ってきた。おしぼりを手渡して胸にかかったテキーラを一緒に拭いてくれていた。


「俺も、会ったというか、信号待ちしてたら、目の前に、シュウによく似た人がいた。あれは絶対にシュウだと思う。真斗の話を聞いて俺も確信した」


「なして?」小刻みに震えている真斗の代わりに夏美が訊く。


「真斗と同じく、目の前で久し振りって口が動くの見えたから」


真斗が突然泣き出した。

「シュウ、ごめん、あの時、助けなくて、本当にごめん!うううぅ」


「声が聞こえたわけじゃないから、ただ、真斗の今の話で、俺もおんなじ状況だったって判ったよ」


「誰がいたずらしてたんだべせ」夏美が間髪入れずに言う。


「そんな筈ない、相手は俺と真斗のことを知っているとしか思えない。久し振りって、同じセリフを二人に言うなんて、絶対におかしい」


サトシの予感は当たっていた。すでに雄太の母は一昨日に市民市場で、昨日は自分と真斗が駅前付近で、由美子は同窓会会場で。そして場所は不明だが博志もシュウに会っていたと忘年会で発言していた。さらに今日、この忘年会の直前に雄太と由美子がタクシーの中からシュウを見ている。ただ、その点と点はまだ繋がっていない。


「夏、トイレさ付き合ってけれ」真斗は先ほど胸にこぼしたテキーラをおしぼりで拭きながら夏美の肩を借りてBARの外にあるビルの共同トイレに向かった。相当、酔っ払っている。それは、そうだ、もしかしたらシュウの自死の解明に繋がるかもしれない体験を告白するには強い酒でも煽らなければ出来るものではない。しかし、真斗が今夜こうして全てを話して、泣いて許しを乞うても彼の傷が癒えることは一生ないだろう。そして、真斗の心の闇の扉をこじ開けたのはシュウだったことは間違いない。


サトシはシュウに似た人物に出会ったことよりも、真斗から訊いたあの幽霊ビルでの出来事を考えていた。


「許さない」


そしてサトシにはあの時、幽霊ビルにいた連中が博志以外の誰だったのか、なんとなく判っていた。それはシュウや博志が通っていた塾が同じだったからだ。シュウとサトシは同じ水曜日、17時からの数学のクラスで一緒、その帰りに二人は学校に忍び込んで楽しんでいた。サトシは数学だけだったが、シュウは金曜日の英語のクラスにも通っていた。この金曜日に重なるのが悪ガキグループの主要メンバーたちだった。特に博志は英語しか採って居なかったから、おそらくその帰りに仲間と共に幽霊ビルにシュウを誘っていたに違いない。


博志

雄太

芳樹

岳斗


サトシは記憶から博志と一緒だったメンバーの名前を口にしていた…。


サトシはシュウが死んだ後、誰にもシュウとのことを話さずに二人きりで過ごした日々を大切にして今日まで生きてきた。シュウがこの世にいなくなってもあの水曜日の夜ーキスしたことも、お菓子を食べながらくだらない話をしたことーも昨日の糧として大事にしてきた。しかし、真斗の告白によってサトシはシュウの絶望を追体験していた。シュウは水曜日のあと、金曜日が来るのをどんな気持ちで待っていたのだろう…。当時のシュウの絶望を考えたら、悲しみと怒りが渦巻くのを抑え切れなくなっていた。


博志

雄太

芳樹

岳斗


もう一度同じ名前を繰り返して

「許さない」と、もう一度噛み締めるように呟いた。


もちろん、今夜は全員忘年会にも来ていた筈だ。しかし、何故かこの二次会のBARには一人も、いない。


「シュウ、ゴメンな」

サトシはシュウの苦しみを、当時置かれていた状況を察してあげられなかった自分を責めた。あの時の言葉の意味。考えれば考えるほど苦して、悔しくて、涙も酒も止まらなかった。怒りに震えるサトシは年明けの同窓会で博志たちにどうやって確認しようかと思案していた。


「あー!!」


突然、酔いが醒めるような叫び声が遠くで聞こえた。誰だ?真斗も夏美も戻ってきていない。マスターがすぐさま声のする店外に出た。しばらくして真斗とマスターが夏美を両方から支えて戻ってきた。


「どうした?」


「トイレの中で腰を抜かしてました」とマスターが耳打ちをしてきた。


カウンターでチェイサーの水を飲み干すと、夏美は震える声で言った。


「シュウちゃん、が、トイレにいた」


サトシはその瞬間、目を大きく見開いて突然立ち上がり、バーンッとBARの扉を開け、コートももたずに猛吹雪の中に飛び出していった。


続く。

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