第7話 告白

まるで子供のように嗚咽するサトシを優しく抱き締めたシュウ。


「サトシ、大丈夫」


サトシはそのセリフで、声を押し殺すようにさらに激しく泣き続けた。もし、誰かに泣き声を聞かれでもしたら…とにかく今はこの大切な時間を邪魔されたくない。そう考えて泣くのを我慢した。


「サトシ、大丈夫だよ」


シュウの抱擁が、サトシの想いを後押しした。


「俺、な」


「うん」


「シュウのことが」


「うん」


「すぎなんだ」


「うん」


「すぎだ」


「うん、知ってた」


「え?」


「俺ね、サトシのこと毎晩考えてた」


「え?」


「それでね、今日も楽しみにしてたんだ」


サトシは驚いた。同時にこれまでの様々な不安や悩み、先ほどまでの涙も、そして性欲までもが全て消し飛んだ。そして、サトシは訥々とシュウへの想い、同性愛の背徳感などを話した。シュウはうん、うんとしか返事をしかなったが、途中からサトシの手の甲に白い手をあて、ずっと寄り添ってくれた。そして二人で、俺たちはこれでいいんだよな、という結論に達してゴロンと床に寝た。サトシは今まで独りで悩んでいたのが馬鹿らしく思えて、ようやく笑った。シュウは、サトシに覆いかぶさって、頬に唇を当てた。


この夜から二人は親密になった。教室や塾でもこれまで通り会話もしない、目も合わせない。しかし、この秘密の場所ではお互い何でも話せた。やがて二人は同性愛について、何をどうしたら良いか話すようになった。ある晩、シュウが言った。


「キスしてみる?」


そうして、数分間のお互いの躊躇いや、言い訳を経て、二人は初めて唇に触れた。キス、ではない。ただ、唇と唇がスッと触れただけだったのに、サトシの心臓は張り裂けんばかりにドキドキしていた。


「俺、女よりさぎに、オメどキス、した」


そう呟いたと同時に、その後の言葉を遮るように、シュウはまた唇を重ねてきた。そして最初に舌を入れてきたのはシュウだった。やがて慣れてくると互いの舌を絡め合い、舌を吸い合った。そして探り合うように激しく互いの裸の身体を擦り合わせた。


シャツに乳首が触れるだけで敏感に反応してしまうサトシは自分の乳首をシュウの肌に擦り付けてみた。気持ちいいというより、互いの肌を寄せ合うことに感動を覚えていた。もう、若い二人を止めるものはなく、やがてシュウの舌はサトシのペニスに到達した。


「え…待って」


言いかけた瞬間にシュウは咥えていた。あっという間にサトシは口の中に出してしまっていた。


「うー…ごめん、シュウ」


薄暗いせいか、シュウの表情は見えない。しかし懐中電灯がシュウの輪郭を倉庫に浮かび上がらせていた。その肌は透き通るように美しく、輝いて見えた。


シュウは口から精液を出す時にティッシュではなく、画材用の大きな溶剤の空き缶を使った。器用に狭い蓋を目がけてサトシの精液を口から流し込む。シュウが厳重に蓋を閉めてティッシュで口を拭いた後、誰かが間違えて開けたらビックリするだろうねと二人で笑った。


「俺、まだ皮被ってるし、臭えべ。ゴメン」


「そんな、これくらいの歳の子はみんな、そうだよ」


シュウが答えた何気ない言葉の、その本当の意味をサトシはずいぶん後になって知ることになる。それはこの忘年会でのことだった。



忘年会の会場が一斉に沸いた。


「あー!サドシ!」


「わあ!」


皆、久しぶりの再会で言葉にならないのか、いや、酒が回っていたからなのか、とにかく、わーとか、あーとか、騒ぎながらサトシを迎え入れる。かつての悪友たちがサトシを取り囲んで、誰かがコップを渡し、誰かがコートを脱がせて雪を払う。そして誰かが急に


「かんぱーい」


と叫ぶ。白南中学20期生の悪ガキグループ13人による忘年会は最高潮に達した。由美子は心配そうにサトシを遠目から見守る。昨日、市場近くで一点を見つめながら呆然として動かず、泣いていたサトシではなかった。スーツを着て、いかにも都会で働いているデキるサラリーマンといった容姿だった。由美子はホッとしたが、横にいる雄太が昨日のサトシのような状態のままで離れられず、この日は結局サトシと話をすることが出来なかった。


さらに博志も雄太と同じ状態だった。皆は酔っ払い過ぎたのだと思っていたらしく、博志にも雄太にも関心を示してなかった。笑い転げて、飲み過ぎて、再会の夜は過ぎていった。その間、由美子は雄太の隣を離れず、サトシを観察していた。昨日のような茫然と泣いているような状態ではなかったが、やはり精彩を欠いて、元気のないように由美子の目には映った。それは都会で疲れ果てた様子とは違うように感じたのは、由美子もシュウに似た謎の人物を見たからに違いない。


由美子は悩んでいた。雄太と博志がこんな状態になっている原因がおそらくシュウにあることを。それをサトシに話すべきかを。しかし、サトシも状況はさほど変わっていないはずだ。由美子が逡巡している間に忘年会はお開きになった。由美子はサトシとシュウの事を話すことに躊躇いもあったから、少しホッとして、雄太を無事に帰すことだけに専念することにした。博志のことは気になったが、とにかく今は大事な雄太のことをこのままにしておけない。とは言っても、自宅に帰して良いものか、悩んでしまった。すると、雄太が口を開いた。


「帰りてぐねぇ」


由美子もその方が良いと思った。大晦日ならまだしも、久しぶりの忘年会でハメを外して帰らなくても雄太の両親も、高校生の娘も大丈夫だろう。雄太は未成年でもあるまいし、ここはあの海辺のラブホに連れて行こうと思った。由美子は持ち前の行動力を発揮して、まずは皆んなが二次会に移動するのを見計らって、二人の荷物を持って客待ちのタクシーに雄太を乗せた。


「運転手さん、市場の先の駐車場まで!近くてゴメンね」


「ありゃ、さっきのー」


素っ頓狂な声を出したのはタクシーの運転手だった。



その時、サトシは二次会のBARで飲んでいた。そこでサトシに話しかけてきた懐かしい仲間がいた。当時は自分から話すような奴じゃなかった。その小太りした真斗が、酔っ払って語り出した。



続く




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