第4話 連鎖
忘年会の会場は開始予定時刻の直前とあって興奮は高まるばかりだった。
「博志、なんか嬉しいそうだな」
「んだぁ」
「サドシど会えるがらだべ」
「んだんだ」
白南中学20期生の悪ガキグループ13人もこの12月で全員51歳になった。普段よりも冒険したような小洒落た服装の効果と仲間たちとの再会への期待もあってテンションの高いオジサン、オバサンたちは年齢のわりには随分と若く見えるから不思議だ。
開始時間の一時間ほど前から一人二人と集まってきた同級生たちは、異様に明るい博志にすぐに感化され、次第に声も大きくなる。乾杯の前から飲み始める奴もいて、サトシが到着する前から大騒ぎになっていた。その時、雄太と由美子が開始時間ちょうどに入ってきた。驚いたことに何故か全員から拍手で迎えられた。
由美子はもしや雄太との事がバレた?と一瞬不安に思ったが、それは杞憂だった。博志の気遣いで二人が同窓会の実行委員として頑張ってくれたことを事前に説明してくれていたのだ。
「皆さん、雄太君と由美子さん、覚えでますかー?雄太は、雄太、あはは。由美、んにゃ、由美子さんは2年と3年8組の時に連続してクラス委員長でしたぁ〜」
頭に雪を被っている二人に皆が一斉に注目し、ワーっとなった。そこからは誰かが
「かんぱーい!」
とマイクなしで宣言したために、待ち切れんとばかりに忘年会が始まってしまった。クラス委員長でお姉さん役でもあった由美子の周りにはグラスと酒を片手に懐かしい面々が押し寄せた。代わりに雄太は押し出され、独り、クリスマス・ツリーの成れの果ての植木を見上げていた。
「アレ、なしたのー?ゆった?」
「雄太ぁ、ゆった、なしたの?」
かつて雄太の彼女だった晴子が笑いながら駆け寄った。
「何、人気ねくて、泣いでるんでねぇの?」
と雄太の周りにもかつての仲間たちが酒を片手に集まってくる。
「雄太、久しぶり〜!」
雄太は泣いていた。
「アレ?雄太、ホントに泣いでら!」
「アハハー!」悪友たちは大ウケだ。この歳で泣くなんて、ネタとしても、最高だ。これで忘年会は最高潮に達した。手を叩いて笑う者、泣いている雄太を酒の肴にして飲み続ける者、その様子をスマホで撮影する広報担当。もう破茶滅茶だった。年末ということもあり、大抵は仕事納めも終わり、この忘年会が今年最後のイベントだったのだろう、大盛り上がりの一夜だった。しかし、由美子だけは違った。
由美子の周囲が一旦落ち着いたところで雄太のところへ駆け寄ってみた。周りでは「泣ぐな、泣ぐな」と言って一緒に泣いている女性もいた。それは単に酔っ払っているだけの元彼女の晴子だったが、由美子はその名前も顔もすぐに思い出せなくて特段声をかけずに晴子とは逆に立ち、そっと雄太の手を握った。
雄太は小刻みに震えていた。雄太の顔を見ると、どこか一点を見つめてポロポロと涙を流している。由美子の不安は深くなった。何故なら、その泣き方が昨日のサトシと全く一緒だったからだ。良い大人が放心状態で一点を見つめながら、泣いている…。
異様な光景なのに、30年振りの再会、異様なテンションの忘年会というシチュエーションが、雄太の内面を完全に分からなくしている。そして雄太の泣き顔をネタに皆、酔いしれている。しかし、由美子だけはその理由を知っている。今日は雄太を家まで送って行こう、由美子はそう思って酒を断りはじめた。
「酔ってる、場合じゃない、わね」
しかし、この場で雄太に馴れ馴れしくすることも出来ずに時計を見ると、まだ一時間も経って居ない。いよいよ混沌としていく忘年会。もう大声で会話しないと互いに何を話しているのか分からないほどだ。大声で話しながら飲むと酔いも早く、深くなってしまう。そんな喧騒の中で博志が何かマイクで話している。しかし、真面目に聞こうにも周りがうるさすぎる。時々、サトシとか、聞いた名前が出てくるが、博志も酔っ払っているらしく、何を言っているのか要領が掴めない。
そういえば、肝心のサトシはまだ到着していない。もう開始から一時間は経っている。タクシー事件から明らかに様子がおかしい雄太も心配だが、皆が到着を待っているサトシも来ない。一昨日には秋田に着いているはずサトシを由美子だけは知っている。楽しい忘年会の最中、由美子だけが不安に駆られていく。
博志はまだマイクから離れない。その時、誰かが言った。
「博志、博志も泣いでら!」
一瞬、会場は静寂に包まれた。雄太に続いてあのリーダーの博志まで泣き出すなんて!その衝撃で、皆なドッと笑い出し、なかにはその場で酒まみれで笑い転げるやつもいた。雄太の時以上に爆笑に包まれる会場。博志は構わず喋り続ける。相変わらず会場はうるさくて何を話しているのか、分からない。しかし由美子にはこの件だけは、ハッキリと聞こえた。
「俺、昨日、シュウに会ったんだよ〜」
その言葉は皆に聞こえていたかは分からない。いや、皆の反応を見ればわかる、聞こえていないのだ。由美子は一人不安のどん底に叩き落とされた。また一人、シュウちゃんに会った人が、いる!
もっと驚いたのは博志の姿だった。博志はその告白の後、マイクスタンドのある上座の左側で立ちすくみ、雄太やサトシと同じように一点を見ながら、ボロボロと涙を流して泣いているのだ。そして、何かをブツブツと喋っている。それはもう全体を取り仕切るリーダー博志の姿ではなかった。
誰かが笑いを誘うようにふざけて、言った。
「年始の同窓会、どうなるんだべなぁ〜」
「博志、司会出来るんだべか」
由美子は直感的に、これはもう得体の知れない「何か」が起こっていることを認めざると得なかった。それは完全に悪い予感という種類で、絶対的に「シュウ」が原因であることを確信した。
不安の中にあった由美子だったが、懐かしい仲間たちに会ったことで、委員長をやっていた頃を思い出し、これは私がなんとかしなきゃ!と奮い立つ自分がいた。離婚してから10年、泣きながらも負けてなるものか!という強い心の力で息子をひとりで育て上げてきた。その時と同じ力が不思議と自分の中に湧き立ってくるのを感じていた。そして同時に愛する雄太をこのままにしておけない。大事な人、雄太を…。
続く
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