第2話 発端

由美子は雄太の大きくなった棒をイジりながら話す。


「サドシな、変たごと言うのよ」


雄太は特段応えず、今度は由美子を押し倒して大きな胸に顔を埋めた。


「サドシな、シュウちゃんを見だって…」と由美子。


「ん?」右の乳首を吸っていた雄太は顔を上げた。


「シュウちゃん、見だって…」


「んん?似た人ってこと?」


「違う、シュウちゃんだった…って」


「だがら、似た人だべって」


「サドシ、立ったまま動がねぇで、泣いでだの」


「何それ?だがら、サドシの見間違いだべ」と雄太は由美子から急に離れて背を向けた。


「んだがらよー。んだがらよ、おがしいごと言ってらのよ」


由美子の変なテンションの意味はコレだったのかよ…と雄太は急に憂鬱な気分になっていた。


「んで?」


「そのあど、わがんね。実行委員会の時間だったがら、バイバイした」


その直後、由美子が突然ケタケタ笑い出した。


「んだがら何よ?」雄太はちょっと怖くなって「似でだんだべ、似でる人、見だんだべ!」と語気を強めて言った。


「んだがらよ、違うのよ」


「んだがら、なによ?何が違うのよ?」雄太は間髪入れずに質問する。


由美子は答えない。二人の間に微妙な空気が流れる。


「サドシな、あれはシュウちゃんだって言うのよ」由美子はまだ同じことを続ける。


「だがら、さっきから何よ?」


二人の間に微妙な空気が流れるだけでなく、二人をあの頃に戻してしまう…。


 あのグループにいつも一緒にいたシュウ。しかしシュウは高校一年の頃にすでに死んでいた。自死とも言われているが、本当の理由はまだわかっていない。


 それだけにシュウのことは雄太も由美子も、リーダー格の博志さえも、その名を語ることは長い間のタブーと言って良かった。しかし同窓会の実行委員会ではどうしても亡くなった同級生のチェックや、そのリストが回ってくるために二人はシュウの死を意識せざるを得なかった。


 もちろん、卒業してから30年以上経つだけに、亡くなったり、消息不明になっている同窓生は意外なほど多かった。そして委員会後の飲み会では決まって何故アイツが死んだとか、どんな病気だったとか、事業に失敗したとか、どこに行ったとか、そんな話題で盛り上がってしまうのも事実だった。


 二人はシュウの話題から避ける意味でも実行委員会後の飲み会には参加せずにいた。それがまた逢引を重ねるきっかけになったとも言える。ただ、二人きりになってもシュウの話題などしたこともなったし、したくもなかった。それが暗黙の了解だった。



 由美子は変なテンションから変わって、中学時代にクラスの委員長だった頃を彷彿とさせる話し方に戻り、ズバズバと話し始めた。雄太はあの頃、キラキラ輝いていた由美子を思い出していた。そして、また、繰り返した。


「サドシな、泣ぎながら、言うの。シュウちゃんを見だって」


「だから、何よ!」雄太はしつこい由美子に苛立ち、堪らなくなって、立ち上がり、そして由美子の真正面に正座して声を荒げた。そして問い質す前に言い放った。


「サドシはな、シュウのこと、あのごどで傷付いてるの、だがら似た人見れば、そうなるの!」


「違うの」由美子は間髪入れずに答える。


「なしてわがる?」


「ワダシも見だの」


広すぎるラブホの部屋がシンと静まり返る。雄太は声を失なった。


「だがら、似だ人だべって」


由美子はそれに答えずに今日のことを語り出した。


「して、会場さ着いだのよ。したら、その入り口のソファーに誰が、座ってるの。下向いで」


雄太は嫌な予感がした。


「して、エレベーターで上がる時にドアが閉まるべ、その瞬間に顔上げだのよ、その人!」


「何よ!やめでけれ!そんた話!」


雄太は急に寒気がして布団に潜り込んでから天井を見つめながら思わず


「アレだべ、サドシが好ぎな、オッカネェ話だべ。オカルトどが、ユーフォーどが、幽霊どが!」


「絶対に違う!幽霊でねぇ!生ぎでだ!」


「やめれ〜…やめでけれ」


「違うのよ、似でるんでなくて、あの頃のシュウちゃんだったの!」


「なーに、それ…なして一瞬でわがるの?」


またも由美子はそれに答えずに


「んだがら、あの頃のシュウちゃん…」と急に力を無くして、言った。


雄太にもわかる、由美子は嘘をつくような人ではないことも、見た事実だけを語っていることも。でも、口をついて出る言葉は不思議と否定ばかりだ。テンションが急に下がった由美子にも怖くなって雄太は大きな声で言った。


「かー!似でる人!似でる人、見だんだべ!」


「あの頃のシュウちゃんだった!」


「やめれ、あど、その話。やめで、けれ」


「なして?」


 いつしか二人とも半泣き状態になっていた。外から聞いたら50過ぎの中年カップルが郊外のラブホで痴話喧嘩でもしているのかと思われそうな一幕だった。雄太はそれ以上答えず、由美子がシャワーを浴びてからもずっと無言だった。


 外に出ると雪が舞っていた。駐車場まで行くと既に車のボンネットには薄っすら雪が積もっていた。


「今年は、早ぇな。な?」


 雄太がようやく口を開き、ポツリとつぶやいた。由美子も落ち着いたのか「うん」と頷いて雄太の腕にしがみついた。


 ふと見ると二人の車の真向かいに見慣れた車があった。二人はギョッとした。それは同窓会で司会をする中学時代からのリーダー格、博志の車だった。秋田では乗っている人がいないオフロード用で「超」がつくほどの大型のSUVだ。仲間たちからはダンプカーだとバカにされていたから由美子も雄太も一瞬で気が付き、ここで二人はプッと吹き出した。


 二人ともさっきのことは忘れて急に無邪気になってシーッという仕草をして急いで自分たちの車に乗った。同級生にバレたら大変だ、早く帰らねば…。そして、この日は珍しくキスも抱擁もせずに来た時と同じく別々に帰った。



 深夜、洗濯を終えた由美子が自宅のベッドに就こうとした時、雄太からメールが入っていた。由美子は最後の一文で心臓が止まるかと思った。



今日はごめん。また明日。明日の忘年会、サトシにはシュウのこと、黙っていよう


P.S. 母さんが市営市場の駐車場でシュウを見たって。



 由美子が眠れたのは朝方、5時くらいだった。雪は街の音をどんどん吸い込んで、もともと寂しい街をもっと静かにした。一夜にして街の姿を一変させた雪。この日を境にサトシたちの運命も劇的に変わっていくことになった。


続く

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