第二章 [ビジネスワーク]

ダラス郊外   


 普段なら郊外には学校の授業を終えたと見られる子供達が、家族と一緒にキャンプサイトする様子や、犬を連れて散歩するといった満悦した時間を過ごすはずが、

人影は少なく道路には巡回するパトカー数台が慌ただしく行き交っていた。


 ランディ捜査官は腕時計を見る。時刻はまだ正午過ぎだというのに。


ランディ捜査官はベンチに腰を掛け雑誌をカバンから取り出して読む振りをした。辺りを見渡すと一人の女性がランディ捜査官に近寄って来た。


 年齢は二十代後半で亜麻色の髪は肩まで伸ばして、ワイン色のプリントチュニックとベージュ色のブーツカットパンツ。


プラダのラウンド型のサングラスを掛けて、時々周囲を観察している様であった。


 ランディ捜査官は女性に声を掛けた。「迷える子羊とは?」


 「神から逸れた一人を救うほうが、九十九人に気を配るよりも重要。」と女性は応えた。


「大統領暗殺から五十年か。」ランディ捜査官は、カモフラージュの雑誌をカバンに仕舞う。


「初めまして、と言うべきか?カガミ・ナリサ君。君とは初対面だが不思議とそうは感じない。」ランディ捜査官は少し照れくさそうに言った。


「・・・。」ナリサはサングラスを外した。

 


 「イタリア総領事館に問い合わせしたところ、”君がこちらに来ている。”と聞いたものでな。」


ランディ捜査官はFBIファイル(Official and Confidential)、いわゆる機密ファイルにて、ナリサの存在を知る数少ない人間の一人であった。


 「申し遅れた。私はFBIのランディ捜査官。ついつい年を重ねると自己紹介を忘れてしまう。この仕事もそろそろ潮時かもしれないな。」


 「本題は何かしら?」


 「今から一時間程前にスクールバスが、”ガイアの民”というテロリスト集団にハイジャックされた。」

 

 ランディ捜査官がスクールバス・ハイジャック画像をナリサに見せる。画像にはMP5を持った黒のパーカーの男が写っていて、後部座席には何人かの年端のいかない子供達がうずくまっていた。


 「子供達の数は?」ナリサが尋ねる。


 「マスコミには伏せているが、人質となっている子供達の人数は五名。親と学校側で確認済みだ。」


 「運転手は?」


 「犯罪者データーベースではシロだ。運転手も人質側と考えて問題ないだろう。」


 「しかし、テロリストの数がはっきりしない。目撃情報から考慮すると、一名~三名、あるいは三名以上とも考えられる。」


 「バスの現在地は?」


 「シックス・フラッグス・ドライブを経て、アーリントン・エレメンタリースクールに向かっている。」


 「学校に戻っている?」ナリサが尋ねた。


 「その通りだ。ダラス・フォートワース国際空港やユニオン駅から国外へ高飛びせずにな。まあ警備が厳重だということもあるし、何より人質を連れているからな。」


 「テロリストの狙いは別にあるってことね。」

 

 「その通り!テロリストが、なぜ不可解の行動を取ったのか?


  ①なぜ目撃情報を出してまで凶行に及んだのか? → 自分達(テロリスト達)の存在を第三者に早く認識して貰う為。

  ②なぜ州間高速道路30号線を使ったのか? → アーリントン・エレメンタリースクールに早く到着する目的があった。

  

 「そしてこの拡大画像を見て貰いたい。」ランディ捜査官はナリサに手渡した。

 「この後部座席に写ってる物体をよく見てほしい。」


 「爆弾・・?」ナリサが尋ねた。


 「君もやっぱりそう思うだろ?」

 「何の罪も無い子供達が、卑劣なテロリスト達によって人質にされているのだ!」

 

 ランディ捜査官はついつい熱くなり情に流されたように、握りこぶしを右手で作りながら話をする。 そして、一度、深呼吸をしたランディ捜査官は再び話し始めた。


 「テロリスト達はもともと、自分たちの命どころか、人質の命すら考えてない。」ランディ捜査官は呻いた。

 「きゃつらは最初からリセットすることが目的だったんだ。」


 

 「・・・。」ナリサは後部座席にうずくまってる子供達の画像を見ながら言った。


 「最後にどうして私に依頼を?ダラスにはSWATが確立されてるはずだけど?」


 

 「今から人質救出訓練を行っても間に合わないのだよ。それに実戦経験がまだ乏しい。」

 

 「・・・。」


 「どうだろう? 引き受けてくれないか?」


 「人質になった子供達には、嫌な光景を生涯忘れられない記憶として残るかもしれないけど。構わないの?」ナリサが尋ねた。


 「ああ、バックアップはするつもりだ。」


 「わかった。やってみるわ。」


 「有難う。報酬は君の口座に入れておく。あと銃の所持許可証も発行しておく。」


 ナリサは去っていった。 




Haunted House

 


こじんまりとした幽霊屋敷。そこにハロウインのカボチャマスクを被った案内人が行き交う人々にチラシを配っていた。一見通常の「幽霊屋敷」に見えるのだが・・・。


「さあさあ! ちょっと変わった幽霊屋敷!」

「ちょいとそこのカップルさん!体験していかないかい? 」


 「は?邪魔しないでよ!このおたんこカボチャ!!」カップルの女性が罵った。


 「オー・ノー! 」 


世間の風当たりの冷たさに、肩すかしを食らうカボチャマスクの案内人。


そのカボチャマスクの案内人にナリサが言葉を掛ける。


 「第二章四-五節。」


 「”神は罪を犯した御使達を許しておかないで”。」とカボチャマスクの案内人は言った。

 「”裁きの時まで暗闇の穴に、閉じ込めておかれた”。」とナリサが言った。



カボチャマスクの案内人は「一名様ご案内~!」とナリサを幽霊屋敷に導いた。

 


 幽霊屋敷と思しき建物に入る。薄暗い廊下には「能面」が掛けられており、僅かな外の光が打ちのめされた窓枠の隙間からこぼれている。


「幽霊屋敷」いう雰囲気はそこそこ感じられるが・・。


今度は、地底人マスクをした案内人が壁のカラクリドアから現れ、地下通路へとナリサを誘う。


 「この地下通路まで来るお客様は特別でございまして。」地底人マスクをした案内人が説明した。


 「・・・・。」

 

地下通路は暗いが所々電灯が点いている。やがて突き当たりの「地下室」のドアが目視出来た。



 地下室のドアを地底人マスクをした案内人が三回ノックした。


地下室のドアの内側から、やや強面の人物がナリサと地底人マスクをした案内人を見る。


「”彼らを下界に陥れた”。」と地底人マスクをした案内人が言った。



地下室のドアが開く。



「ささ、どうぞこちらにお入りを。」地底人マスクをした案内人が言った。


「・・・・。」


地底人マスクをした案内人はそういってまた戻っていった。

 


 地下室は油臭い匂いが立ち込めていて、何人かの職人や技術者と思われる人物達がナリサを見る。


流石に手元までは「何」を作っているのかは確認出来ない。地下室の更に奥の部屋までナリサを強面の人物が誘導しその部屋へと入る。


 

 「よし、もう戻っていいぞケルベロス。引き続きドアの監視を頼む。」と伯爵衣装をまとった人物が言った


 「へい。」そういって強面の人物は戻っていった。


  

 「ようこそ!我がゲヘナへ!どうです?楽しめましたか?」と伯爵衣装をまとった人物が尋ねた。


 「そこそこね。」ナリサは言った。

 

 「何をお探しでしょうか? 」


 「・・・。」

 

 「おっと、これはとんだご無礼を。私はここの責任者のシモン・ペトロと言います。以後、お見知りおきを。」

  

 「・・・。」


 「では、早速オーダーメイドをお聞き致しましょう。」


 「SR-25、セミオート方式のスナイパーライフル。」

 「弾丸は7.62x51mmで、弾丸のジャケットを軟鉄製から、焼入れしたジャケット鉛芯FMJ(フルメタルジャケット)に代えて分厚いメッキを施して欲しい。」



 「成る程、弾丸のジャケットメッキを施すことにより、銃身を保護する役目というわけか。」シモン・ペトロがニヤリとした。


 

 「それから、熱赤外 (TIR)を装備してほしい。暗視装置は、JGVS-V八と赤外線レーザーサイト。」とナリサが付け加えた


 「有効射程距離は六百メートルだが構わないか?」


 「十分よ。あと零点補正は五百メートルでお願い。」


 「ボアサイタ―で大雑把に調整はするが、まあこいつは0.75MOA(100ヤードで約0.75インチ以下)のグルーピングを誇るからな。」

 「五百メートルでも十センチ以下だぜ。」


 「十五分以内で完成させて。」


 「おいおい、冗談だろ?」シモン・ペトロが喚いた。


 地下室の連中が一斉にこちらを向いた。強面の人物がナリサ達の方へやってきた。


 「本気よ。相場の倍額を払うわ。」ナリサが言った。


 「やれやれ。わかった!総動員で準備に掛かる。」


 「もう戻っていいぞケルベロス。引き続きドアの監視を頼む。」とシモン・ペトロが言った。


 「へい。」そういって強面の人物は戻っていった。



 「あの?」ナリサがシモン・ペトロに声を掛けた。


 「ん?他にもオーダーメイドかな?」


 「違うわ。幽霊屋敷を少し散歩してもいいかな?」


 「別に構わないが。幽霊にでも興味があるのかな?」


 「違う。」


 「ふ。あんたがここに戻ってくるまでには完成させておくよ。」シモン・ペトロは言った。




ダラス市警察本部



ブリーフィング・ルーム

 

「バスの現在地は?」ランディ捜査官がブリーフィング・ルームに戻ってきた。


「バスの現在地はシックス・フラッグス・ドライブからイースト・ランドリー・ミルロードへ進行中です。」ジョージ捜査官は言った。


「このまま進行すれば、AT&Tスタジアムを越えてノース・コリンズ・ストリートを南下してイーストロジャース・ストリートへ。」

「そしてイーストロジャース・ストリートからN Center Stに入って、幼稚園に到着する進路予測です。」ジョージ捜査官は付け加えた。


「バスの進行ルートは、どの箇所も人と車が多くて、とても対処出来かねるかと。」コールマン警部が言った。


「クソ!テロリスト達は、わざとそういうルートを選択してるのか!」カール警部が罵った。


「いずれにしても、バスを停車させないと、こちら側からアクションが取れないということだ。」ランディ捜査官が言った。


「結局はテロリスト達の思惑通りに、幼稚園に辿り着かせるしか術はないってことか。」ジョージ捜査官は悔しそうに呻いた。



スクールバス



「け!こいつら、いい場所に住んでいやがる。まるで貴族気取りだぜ!」体格が痩せ型の男がAT&Tスタジアムを見ながら言った。


「おい!バスのカーテンを閉めろ!狙撃されたらどうする?」黒のパーカーの男が言った。


「あいよ。しかしそんな腕の立つ奴っていますかね?」体格が痩せ型の男が言った。


「そいつは分からねえぜ。どんな人間にも取り柄の一つや二つあっても、可笑しくないからな。」体格が太っている男が言った。


「ハハ。お前のような爆弾マニアも居るってことだしな。」体格が痩せ型の男が体格が太っている男に言った。


「全くだ。」体格が太っている男が言った。


「そろそろ”目的地”に着くぞ。」黒のパーカーの男が言った。


「恐らくFBIは、我々のスクールバスに釘付けのはずだ。我々が名誉ある死を選んでも、すでに計画は実行されつつあるのだ。」 

「全てはあの方の意思でもある。」


「いずれにせよ、我々はこのバスごとリセットする。」

「あの方の携帯からGOサインが出たら、起爆装置のスイッチを入れろ。」黒のパーカーの男が言った。 


「宿題、ちゃんとするから!」いきなりベネットは泣きながら言った。


 突然のベネットの言葉に黒のパーカーの男が黙った。そしてベネットに近寄った。



「もう、宿題はしなくてもいいんだぜ。もうすぐ天国にいけるんだからな。」

 

 黒のパーカーの男がベネットの耳元で囁いた。




Haunted House



「出来たかしら? 」ナリサが言った。


「ふう~!無茶を言いやがるが。」

「なんとかできたぜ。そんなライフルで何を狙うんだね? 」シモン・ペテロはナリサに尋ねた。


「・・・・。」


「おっと!野暮ったいことは聞かんほうがいいみたいだぜ。」

「渡す前に確認はしておかないとな。なんせ現金主義だからな。俺たちは。」


シモン・ペテロは携帯で入金確認を済ませた。


「毎度あり!」シモン・ペテロはナリサにSR-25スナイパーライフルを手渡す。 

 


重量五キログラム程のそのライフルにはハイボット(二脚)が装着されている。


種別は「セミオートマティックライフル」である。ボルトアクションライフルと違って、次弾を一発ずつ手動で行う必要がない。


標的数が多い場合、初弾が外れると致命的になる場合が多く、その為リロードの際ボルト操作時に於いて、引き金から手を離す必要があり、その際に標的と照準がズレてしまうからである。


しかし一方のセミオートマティックライフルに於いては、構造が複雑である為、

比較的高価でありその発射機構が独特の為、弾薬の幅が狭まる。



要は「適材適所」なのである。



「弾丸の貫通力を求めるのなら、タングステン鋼もいいんだが。バレルの寿命を縮める。」

「それに、あんたが更に貫通力を高める、劣化ウラン弾を使わなかった理由もなんとなくわかったぜ! 」シモン・ペテロが鼻をほじった。


 

「・・・・。」


「後、どうしてあんたが、いきなり幽霊屋敷を散歩したいって言った謎が解けたぜ。」


「・・・・。」


「ヴァンパイアになる為だろ?」

 


地下室の連中が一斉にこちらを向いた。



「ケルベロスはこっちに来なくていいぜ。」シモン・ペテロが強面の人物に言った。


「・・・。」


「夜に目を慣らす為だ。」シモン・ペテロがニヤリとして言った。



「・・・。」

「有難う。」ナリサはシモン・ペテロに言って、幽霊屋敷を後にした。










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