第一章 [ テロリズム ]

テキサス州・ダラス市

 

 今日も一日が明けようとしていた。黄金の朝日が摩天楼を照らし、まばゆいぐらいの光が面白いように屈折して、辺り一面に光が広がってくる。


 それは一日の始まりを告げなくとも、無意識に人はビジネススーツに身を包み、車を走らせ、電車を走らせ、或いは、飛行機に乗って今の文明を築いていったのであろう。


 子供達も母親に手を握られ、眠たそうな顔をしたり、あくびをしたりし、何やら甘えている様子である。


いつもの時間通りに、黄色いスクールバスが止まった。


 「おはようございます! 」スクールバスの運転手は笑顔で子供たちを迎えた。


 子供達五人、親の手を離れてスクールバスに、はしゃぎながら乗り込む。

それはごく自然な日常的な始まりであった。

五人の子供達のうち、一人の女の子が運転席の真後ろの座席の窓際に座る。


 女の子の名前はベネット。

ショートヘアーのベネットは少し「おマセ」であって、髪をかき上げる。

 

  そのすぐ隣に男の子が座わった。男の子の名前はミカエル。


ベネットの事が少し気になっている様子で、時々ベネットをチラリと見る。


 そう、ここはベネットとミカエルの ”お気に入りの座席”。

そんな二人から少し離れた場所に、他の子供達が座席に座った。

 

 スクールバスはやがて、ゆっくり動き出す。バスの中はとても賑やかだ。

 

 「ねえねえ、ベネット。宿題やった? 」 

ミカエルは思い切ってベネットに聞いてみた。

 

 「うん! 」ベネットはミカエルの方を見てニコリと笑顔で応える。


 ミカエルは嬉しかった。と同時に、みるみる顔が真っ赤になり、恥ずかしくなってスクールバスの運転手に話を振った。

 

 「運転手さん!僕も大きくなったらバスの運転手になるんだよ! 」

ミカエルは目を輝かせながら言った。

 

 「そいつは頼もしいや!もし運転手になったら、おじさんの変わりに運転してもらおうかな! 」 運転手はとても温厚な人柄に見える。


そんな運転手はいつもベネットとミカエルの会話を楽しみにしていた。


 「任せておいてよ! 」

ミカエルは嬉しそうに応え、ベネットのほうをチラリと見た。

 

 ベネットがニッコリ微笑み返すと、またミカエルは顔が真っ赤になった。


 アメリカの小学校の学年は、Kindergartenが小学校入学前の四から五歳児を対象とした学校で、それぞれ、1st – 3rd Grade(学年)、4th Grade、

5th Gradeと小学校五年生までに区分される。


 ベネット達はKindergartenである。

ベネット達が通学する幼稚園はテキサス州 アーリントン(イースト・アーリントン)に位置し、周辺にはシックス フラッグス オーバー テキサス遊園地など、

大型のエンターテイメント施設が集まっている。国道303沿いにはマウンテンクリーク湖が見える。


 しばらくスクールバスが進んだ時、白いライトバンが後方から割り込んできた。

咄嗟に急ブレーキを踏み込みバスが停車した。運転手は子供たちのほうを見て「大丈夫か?けがはしてないか?」と言った。

ベネットもミカエルも怪我はなく大丈夫であった。他の子どもたちも大丈夫みたいである。

 

 スクールバスの運転手は運転座席の窓から白いライトバンに「危ないじゃないか!」と思わず怒鳴った。ベネットもミカエルも、そして他の子供達もバスの外を見る。


 時間にすれば三十秒も経ってない出来事である。

 

 白いライトバンから男が降りてきた。黒のパーカーをすっぽり被り、黒のジーパンを履いていた。その男は手振りで何かを伝えようとスクールバスに近寄いて来た。運転座席に行き、いきなり銃を窓越しから向け運転手に言った。

 「バスドアを開けろ。開けないとお前と子供たちの命の保証はないぞ。」

 運転手はスクールバスのドアを開ける。黒のパーカーの男が白いライトバンに合図を送る。別の男二人が降りてきた。やがて男三人がスクールバスに乗り込んできた。


 黒のパーカーの男は言った「余計なマネはしないことだ。バスジャックの対応マニュアルについては熟知している。」


 黒のパーカーの男が所持してる「銃」はドイツ製の「H&K MP5」。弾丸は9×19mmパラベラム弾(9は弾丸の直径を表し19mmは薬きょうの長さ)で、全長550mm(ストック展開時は700mm)の「短機関銃」(SMG)である。


 別の男二人は紺色の覆面をしていた。その一人は体格が痩せ型であり、黒のパーカーの男が所持してる「銃」と同じ「H&K MP5」を所持していた。

もう一人は体格が太っていて「Mossberg M500」(ポンプアクション式のショットガン)を所持していた。

 黒のパーカーの男は紺色の覆面をしている男たちとは違い、ガッチリとした体格で深くパーカーをかぶっているが、時折ちらつかせる鋭い眼光に不気味さが漂っていた。


 その様子を見た子供達は途端に泣き叫ぶ。勿論ミカエルも泣き出した。 しかしベネットだけは泣かなかった。


 勿論ベネットも本当は思いっきり泣きたかったに違いない。

 

  「よしよし、いい子にしてな!みんなが待ってる学校に向かえ!」と体格が太っている男は言い放ち、バスの運転手の耳元に銃口を突きつける。


バスの運転手は恐怖に引きつった。


 「とりあえず、バスを走らせるんだ。」黒のパーカーの男はバスの運転手に命令した。


 

警察の困惑


 アメリカ合衆国は「連邦制」により、自らの処理に於いて「処理」する「自治」の権限が高い。「連邦」「州」「郡」や「市・町・村」といった自組織が定める領域ごとに、独自の警察を設置している。



ダラス市警察本部


 茶褐色の建物の前に「アメリカ合衆国・国旗」と「テキサス州・州旗」が掲げられている。


 ダラス警察組織は、「警察本部長」「参謀長」「麻薬課」「パトロール課」等といった他にも沢山の「課」で区分されていて、それぞれの所轄、権限内で業務を担っている。


-- 二階渡り廊下 --


  警察署内の二階の渡り廊下を早歩きで歩く二人の警部。一人は四十代後半の男性でカール警部。もう一人は、二十代後半のコールマン警部である。


 「状況はどうなってる? 」カール警部は切り出した。

 「はい。今から十五分ほど前、スクールバス一台がハイジャックされたと思われ、現在確認作業をしてます。」コールマン警部は応えた。

 

 「ハイジャックだと?バス緊急事態発生の点滅灯やハザードランプの点滅などの確認はどうなっている?」 

 

 「まだそれも確認作業中ですが、現段階まだ未確認であるため、おそらくそれらの救難信号はテロリストによって抑制されてるものだと推測されます。」

 

 「どうしてハイジャックだと?」カール警部は聞いた。


 「何人かの目撃証言によれば、、  

 ①スクールバスが赤色の灯火を点滅させているにも拘わらず、同進行路に於いて白いライトバンが急接近して、スクールバスを追い越し急停車し、バスの進路を妨害しバスを停車させた。

 ②白いライトバンから男が二名から三名降り、スクールバスに乗車。そのうちの一人がバス運転手に銃らしきものを突き付けていた。

 ③現場から発見された白いライトバンは、ナンバープレートが外されていた。車内からは物的証拠となるタバコやテロリストと思われる遺留品はなく、打刻されている車体番号は何かで削られており、この車種に該当する盗難車照合を行っていますが、現段階では該当車両は無し。

 ④以上のことを踏まえると、こういう事に手慣れた集団、組織だと考えられ、バスの運転手に救命ボタンを押す暇も与えず、犯行がスムーズで、なおかつ大胆。 


 「くそったれ!」カール警部は吐き捨てた。


 「ただ・・。」

  

 「ただ?」カール警部はコールマン警部に尋ねる。


 「子供たち、あるいは運転手の携帯GPSを追えばバスの現在地は割り出せるかもです。勿論、テロリストに気が付かれていなければの話になりますが・・。」

 

 「早速、取り掛かってくれたまえ。ただヘリとパトカーの捜索は最小限に留めておけ。バスジャックが発生してたのなら人質の人命に関わるからな。」

 

 「勿論です。」

 



ガイアの民


 スクールバスは州間高速道路30号線に入った。ベネットは震えるミカエルの右手を握った。他の三人の子供達もお互い手を握り締めた。


 「ガキ達の携帯を没収したぞ。」子供達五人のカラフルな、とても可愛らしい携帯電話を紺色の覆面をした痩せ型の男が黒いビニール袋に詰め込んだ。

 

「よし。運転手の携帯は没収しなくていい。」黒のパーカーの男はそう言って、ボーダブルPCの電源を入れた。ボーダブルPCの上部の真ん中にWEBカメラを設置する。


 「爆弾はどの箇所に設置する?」体格が太っている男が黒のパーカーの男に聞いた。

 「そうだな、バスのドア、後部座席、フロントガラスでいい。」黒のパーカーの男が言った。


 「私はともかく、子供達を解放してくれ!子供達には何の罪もない! 」スクールバスの運転手は恐怖に怯えながらも黒のパーカーの男に言った。


 「ふ、そいつは勇ましいな。」黒のパーカーの男がMP5を運転手のコメカミに押し付けた。「しっかり前を見て運転しないと事故るだろうが。」



ダラス市警察本部


<緊急報道番組です。アーリントン・エレメンタリースクールに通う学生を乗せたスクールバスがハイジャックされたという情報が飛び込んできました。現在、確認中ですが、学生の人数やハイジャックした犯人の正確な情報は不明のままです。続報が入り次第お伝えします。ダラス市警前から私、ジャニーがお伝えしました。> 



「心配した家族からの対応に、早くもマスコミが動き出してるようです!」コールマン警部がブリーフィング・ルームに入ってきた。


「クソ!マスコミに嗅ぎ付けられたか!」カール警部がブリーフィング・ルームのドアを蹴飛ばした。


「警部!!」コールマン警部がモニターを指さした。


「どうした?」カール警部がモニターを見る。そこにはスクールバス内部が映っており、黒のパーカーの男がMP5を握りながら冷淡な笑みを浮かべていた。


「ブロバイダー割り出せ!」カール警部が怒鳴った。


”我々はガイアの民である。周知のとおりスクールバスは我々の手中にある。運転手も含め、子供達はとても素直なものだ。もうすぐこの可愛い子供達が通学する幼稚園に到着する予定だ。何もなければの話だが。勿論、奇襲を試みても、スクールバスごと心中することになるだろう。以上だ。”


通信は途絶えた。


「どうだった?ブロバイダーは割れたか?」カール警部がコールマン警部に聞いた。

「いえ。ストリーミング送信しているだけなので発信元はたどれません。」コールマン警部は残念そうに応えた。


「何か、何か手立てはないのか!!」両拳を机に叩きつけた。 


「失礼。相当お困りのようですね。ノックしたのですが気が付きませんでしたか?」見覚えのないスーツ姿の男が二人立っていた。


「うん?誰ですか?ここは関係者以外立ち入り禁止になってますが?」コールマン警部がスーツ姿の男二人に近寄る。 


 スーツ姿の一人は年齢は三十代ぐらい。もう一人は五十代後半のように思えた。年齢三十代の男は切り出した。


 「私はジョージ捜査官です。この事件の管轄はFBI(米国連邦捜査局)が担当します。尚、当ダラス市警は、我々の後方支援をお願いしたい!」

 

 「どうしてFBIが?」カール警部が尋ねた。


 「MP5。」五十代後半の男が言った。

 

 「あの黒のパーカーの男が所持しているSMGですか?」コールマン警部は五十代後半の男に尋ねた。

 

 「その通りだよ。厳密に言えば9x19mmパラベラム弾でも.40S&W弾や.45ACP弾と大差のない威力を発揮できるってことだ。」 

 「9x19mmパラベラム弾は反動が小さく、.45ACP弾より多く弾丸がバラまける。一方の.40S&W弾はリコイル制御が難しく、9x19mmパラベラム弾と比較すれば、

その実用性は低い。まあ我々が護身用で所持してる拳銃といえば、ベレッタかグロックだがな。」五十代後半の男は言った。


五十代後半の男は、コールマン警部に「事件経緯」についての説明を聞く。


 「バスの運転手の経歴は?」

 「はい、過去に犯罪履歴はありません。※CODISで確認しました。」


 ※CODIS・・・The Combined DNA Index System(CODIS)。指紋やDNAを照合するデータベース。


 「ふむ。奴らの狙いは何だ?」五十代後半の男は腕組みして考え混む。


 「と言いますと?」カール警部が尋ねた。


 「子供達が通学している幼稚園に向かっているという事です。テロリストは身代金や海外に逃亡するために、それらを要求するのに対して、今回の事件に於いては、

それらの要求が全くなく、むしろ我々の目の届く範囲に逆戻りしているということです。」とジョージ捜査官が応えた。


 「スクールバスの現在地は、シックス・フラッグス・ドライブを南下中!」コールマン警部が大声で伝えた。

 

 五十代後半の男は、録画したストリーミング配信をスロー再生する。子供達は全員、後部座席に移動させられている。

   

 「これは?!」後部座席で録画を停止させた。

 

 「どうしました?これは!!」カール警部が食い入るようにモニターを見つめた。


 「爆弾?!」コールマン警部が叫んだ。


 ブリーフィング・ルームは一瞬の静寂が訪れた。やがて加湿器の音がゆっくりと時間を元に戻し始めた。


 「事態収拾に向け、速やかに各自マスコミ等の連携を取るように。」

 「申し遅れた。私の名前はランディ捜査官だ。」五十代後半の男は言った。



スクールバス


 「WEBカメラも随分と発達したものだな。」

  黒のパーカーの男は笑いながら言った。

 

 「ああ。バッチリ撮れてたはずだ。爆弾もな。」体格が太っている男が言った。


 「ハハ、爆弾と子供達ってか?」体格が痩せ型の男が運転手を見ながら笑った。 


 「もういいだろ!こんな事をしてもどうにもならないだろ?お前達にも家族はいるんだろ?」バスの運転手が叫んだ。


 「おいおい、そんなに熱くなるなよ。心配しなくてもいい。お前を真っ先に楽にしてやるから。」

 

 黒のパーカーの男はMP5を運転手に突き付けながら言った。


 「今頃こいつのGPSを辿って、我々をどう仕留めるか?警察関係者は頭をひねってる頃合いだろう。」黒のパーカーの男は言った。 


「パトカーどころか、ヘリすら影も見えないからな。」体格が痩せ型の男が後部座席の子供達を見ながら言った。


 ミカエルはうつむき、ベネットの腕を強く握っている。ミカエルはブルブル体を震わせ、目には大粒の涙が溢れている。他の子供達も体を震わせ、うつむき泣いていた。  


 「FBIが規制をかけてるのだろう。可愛い子供達と、この運転手の身の安全確保のためにな。」黒のパーカーの男は言った。



ダラス市警察本部


ブリーフィング・ルーム 

 

 「ガイアの民というテロ組織について、何か情報はあるか? 」ランディ捜査官は尋ねた。


 「いえ。一体どのようなテロ組織なのか情報がない為、背後関係が掴めていません。」コールマン警部が応えた。

 

 ランディ捜査官はデスクに置かれた「スクールバス・ハイジャック画像」をファイルに閉じ、ブリーフィングルームから出ようとした。


 そして思い出したように、ジョージ捜査官に声を掛ける。


 「しばらく、ここの指揮は君に任せる。」


 「わかりました。」


  ランディ捜査官はダラス市警察本部裏口から出て、愛車のフォードエクスペディションに乗り込み携帯電話を掛ける。


 「早急に会いたい人物がいる!手配を頼む。」



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