第20話 ドラゴン

 ドラゴン。


 ヨーロッパの伝承や神話に登場する伝説上の生き物だ。強力な力を持ち、ファンタジー世界を扱うゲーム、アニメ、漫画では確実に登場するモンスターの代表格。


 そんなドラゴンが。


 俺の目の前にデーンと座っていた。


 周囲には水晶のような結晶が光り輝き、ドラゴンの姿を照らしていた。


「す……げぇ」


 俺は、感激していた。


 本物だ。本物のドラゴンだ。


 鱗はバーニングゴジラのように赤黒く。


 翼はキングギドラ並みにでかい。


 背丈は30メートル近くある。まさにラスボスクラスのドラゴンだ。


『フハハ、その顔が見たかったのだ』


 赤龍王ブリギッドと名乗ったドラゴンが長い首をヌーっと伸ばしてこちらにくる。


 デカくて赤い目、人間の太ももくらいある鋭い牙が近づいてくる。


『うん?』


 疑問符を浮かべると、ブリギッドは犬のように鼻をスンスン言わせる。


 鼻息がすげぇ。髪型崩れるからやめてくれよ。


『お前、勇者だな?』


「匂いでわかんのかよ!? あ」


 しまった。思わす俺が勇者だって暴露してしまった。


『ほう。やはりか……』


 怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。口調は静かながら、ブリギッドは確実にキレていた。


『横たわっているのはサモナリウス家の人間だな。お前の召喚者か』


「だったらなんだよ」


『殺す』


「!」


 バスケをやっていると、相手選手が自分に意識を、敵意を向けたとは感じ取れる機会が多々ある。そうするとこちらも負けじと集中するものだ。


 けど、向けられるのが明確な殺意だったら話は別だ。


 死ぬ。殺される。


 俺は真っ白になった頭で━━━咄嗟に落ちていたグリモアを拾い上げて、マリアを庇うように立っていた。


『フハハ。行動は勇者のそれだが、震えているではないか』


「あ、当たり前だっ!」


 精一杯に言い返すけど、震えているのが自分でもわかった。


 ちくしょう、膝が震える。


 恐怖ってこう言うことだったのか。


『面白いな今代の勇者は。ならば━━━』


 ブリギッドが殺気を引っ込める代わりに長い首を伸ばし、俺の目の前に顔を置いた。


 こちらを値踏みするような、ともすれば見下すような表情だ。


『勇者、その女を差し出せばお前を見逃してやろう』


「!」


 驚天動地の提案に俺は大きく目を見開いた。


 何を言ってやがるんだ、このドラゴンは。


『わかるぞ。お前は女神の祝福を受けているが、同時に呪いも受けているとな。中途半端な召喚だ』


「なんで、そんなことがわかるんだよ」


『考えればわかることだ。魔王を倒すために女神が遣わした勇者にしては、お前はあまりにもお粗末だ。しかもこんな洞窟に二人きりなどと、ハハ。おおかた、役立たずの勇者として煙たがられたばかりか、この洞窟に捨てられたのだろう?』


「……」


 完璧な推察。俺は黙るしかなかった。


 沈黙を肯定と受け取ったのか、ブリギッドは目を細めてさらに続けた。


『憎くないのか? この女がお前を召喚さえしなければ、あの女神から呪われることも、この世界に来ることも、周囲から迫害されることもなかったのだぞ』


「……確かにお前の言う通りだよ。けどなぁ」


 大きく息を吸って、呼吸を整えてから俺はブリギッドを睨みつけた。


「どんな理由があれ、女を身代わりにするような男にはなりたくない! 絶対にだ!!」


 マリアには言いたいことはあるし、聞きたいこともあるのは事実だ。


 それでも、マリアは俺を最後まで庇った。俺を召喚したんだから当たり前と言えばそれまでだが、組合で大勢の冒険者に囲まれても、父親に反発してでも俺の味方をした。


 その信頼を俺は裏切りたくなかった。


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