破壊の衝動2
「――ミ、ミズミ……? 今のって……」
しゃがんだまま、ミズミを見上げながら私が声をかけると、ミズミは無言のまま辺りを見回している。
まさか――魔物はもういなくなってしまったのだろうか? 洞窟の天井を埋め尽くすほどのたくさんの魔物が、あの一瞬の間で――?
一体、ミズミはどんな術を使ったのだろう? あの呪文を唱えた瞬間、凄まじい衝撃が走り抜けていた。あれも彼女の術の一つなのだろうか……?
そんなことを思って何も喋れずにいる私に、ようやく彼女は視線を向けた。乱れていた呼吸はもう落ち着こうとしていた。深く息を吸いため息のように吐き出すと、彼女は私を見てしゃがみこんだ。
「ティナ、大丈夫か? 怪我はないか?」
その言葉に私は反射的に彼女の腕を取ると、それを握りしめた。掴んだ右腕は予想通り、血で真っ赤に濡れていた。私は彼女の言葉に胸がいっぱいだった。
「ティナ……?」
驚いたように目を丸くする彼女を私は睨みつけた。
「――大丈夫か、じゃないよ! それはこっちのセリフ!」
私は言うが早いがすぐに治癒魔法を発動する。両手から光が溢れ、その光が彼女の腕に伝染する。傷ついた右腕の傷が光りながら消えていく。
「こんな怪我までして……ミズミ無茶しすぎ!」
私が言いながら彼女を睨みつけると、ミズミは呆気にとられたような顔をしていたが、すぐに軽くため息を付いて口の端を歪めていた。その表情から、彼女が安心していることはすぐに分かった。
「やれやれ、お前にそう怒られる理由はないんだがな」
「うん、分かってる……ありがとう……」
素直にお礼を述べれば、横目で私を見て薄っすらと笑っているミズミと目が合う。
「でも、ミズミには怪我してほしくないよ……」
私の言葉に、ミズミは一瞬だけ目を丸くしたように見えた。でもすぐに視線を外すとため息を付いて、
「――お前にも言われるとはな……」
と言い捨てるように呟く。何処となくその表情に柔らかい空気を感じたのは一瞬、彼女の顔をじっと見る間もなくミズミはすぐに立ち上がった。
「え……?」
彼女の言葉の意味が分からず尋ね返すが、彼女の関心はもうそこにはない。洞窟の奥を見つめる視線はまたあの真剣なものに変わっている。
「……もう、大丈夫だ。あの魔物は来ないだろう……」
「あの魔物、ミズミの術で倒したの? 全部?」
立ち上がりながら私が尋ねると、彼女はさらりとああ、と答える。
「一体……あの術は何なの? あんなにたくさんの魔物を、一気に蹴散らしちゃうなんて……」
言いながら私は再び周りを見る。辺り一面に散らばるのは魔物の残骸だ。多くの残骸が、元はそれがコウモリ型の魔物であったことを証明するには――形がなくなりすぎている。蹴散らす、と言うよりは寧ろ――焼滅させた、と言った方が表現としては近いのかもしれない。
ミズミは私の問いには答えずに、自分が作った光の玉の様子を見ている。
「――ライトも異常なしか。行けるな」
「ミズミってば! ねえ、あの術って……なんなの?」
再び問うと、ミズミは今はじめて聞いたような表情で瞬きしていた。
「ああ、あれはエンリン術の一つだ。破壊の術――とでも言えばいいか」
言いながらミズミはあごで私に先に行くよう促す。私が渋々歩き出すと、彼女も歩き出した。
「あれは俺の得意技でもある破壊の術だ。あの衝撃波を食らえば、大概のヤツは壊れる」
「壊れるって……体が?」
「ああ。触れるもの全てだ」
洞窟の中、ミズミと私の足音が鳴り響き、その上にミズミの淡々とした説明が同じく洞窟内に響く。
「じゃああの魔物、ミズミの術一つで全部……壊して、倒しちゃったってこと……?」
私が驚きを隠せずにそう尋ねると、私とは裏腹に冷めた声色でまたミズミはああ、と答える。その答えに私はまた感嘆のため息を漏らすしかなかった。一体ミズミはどれだけ強いんだろう……。
「だが……まだ本調子とは言えんな……」
ぽつり呟く彼女の言葉に、私が勢い良く顔を上げて彼女を見上げていた。そんな私にミズミはまた横目で視線を向け、ため息一つ挟んで口を開いた。
「ティナの力は魔物には美味なものだ。魔物には十分気をつけろよ」
思いがけない言葉に、私は自分がしたかった質問を忘れて聞き返していた。
「私の力が……?」
私の言葉に彼女は茶色の髪を零すように頷いた。道の先を見つめる緑の瞳は、また感情の読めない無表情なものになっている。彼女は続けた。
「精霊族の血は魔物を惹きつける。俺たち闇族は滅多に魔物に襲われないからな、ティナは十分気をつけろよ」
「うん、なるべくミズミに迷惑かけないようにする!」
ミズミの言葉に、決意を込めて私は頷いてみせた。ミズミはなんだかんだ言って優しい人だから……私を守るために戦ってしまう。なるべく彼女が怪我をしなくてもいいように、私も出来る限り努力しなくちゃ……!
そんなことを思っている私の隣で、ミズミはため息をつきながら小さく呟いていた。
「――精霊族か……。ティナがここにきた理由が、早く分かるといいんだがな……」
「ふふっ、ホントに。何処かに思い出すヒント、ないかなぁ」
「お前はこんな状況下でも楽天的だな」
呆れとも感心とも取れる声色でミズミが笑った。その言葉に私も思わず微笑んでいた。
暗い洞窟の中、私達の声だけが明るく響いていた。
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