古の術2
「――――ミズミ……?」
いつまで経っても沈黙なので、恐る恐る囁くように声をかけると、彼女は気の抜けたような返事を返してきた。
「あ、ああ……すまんな」
またしても、まるで考え事に夢中になっていたかのような返事だ。彼女の術のことで、何か気になることでもあったのだろうか。私は思わず聞き返す。
「え、あの……私の質問、聞いてた?」
「ああ……」
「じゃあ教えてよ。ミズミの術ってなんて術なの?」
私の問いかけに、彼女は一つ深呼吸するように息を吸い、静かに答えた。
「――エンリン術……古の術だ。一般的な魔法とは少々勝手が違うものらしいがな」
「ふぅん……エンリン術……かぁ……。やっぱり聞いたことないなぁ……」
聞き覚えが全くない術の名前に、少々がっかりして私が呟くと、前方のミズミが鼻で笑った。
「フン、記憶の助けには正直ならんだろう。闇族ですら――知るものは少ない術を、精霊族が知っているとは思えん」
「そっかぁ……残念……」
素直に気持ちのまま言葉を述べた時だ。唐突にミズミが小さい声で呟いた。
「――エンリン術――我ら以外……」
「え……?」
思わず聞き返せば、私の言葉に答えているのかそれとも独り言なのか、分からないような口調でミズミまた呟く。
「――我ら一族…………一族、か……」
「ミズミ?」
一体彼女は何を言っているのだろう? なんだか彼女の呟きが酷く重要なことに思えて、私は思わず手が伸びた。肩を叩き彼女を呼ぶと、ミズミは唐突に立ち止まった。心配して彼女の顔を覗きこむと、ミズミはそんな私の心配を他所に、一呼吸置いてちらと目線を向けた。その表情は酷く真面目だ。
「……なあ、ティナ」
呟くような声の大きさは変わらないけど、今度は明らかに私に呼びかけるための言葉だ。私を見つめながらそっと呟くミズミに、私は首を傾げる。
「な、なあに? どうしたの?」
「――人にあまり知られていないということは、逆を言えば……それを知るものは限られているよな……」
意味深な言葉に、私は首を傾げる。
「ま、まあそうなるよね……? え、で、でもそれがどうしたの?」
「独族……か……」
私から視線を外し、道の奥を見つめる彼女の瞳は、ここにはない何かを捉えている様に見えた。彼女が何を考えているのか分からないけれど、何か重要なことに気がついたことは間違いないのだろう。確信を得たように目の前の何もない空間を睨む瞳の光が強くなっていた。
「え、あの……ホントにどうしたの?」
立て続けに問うと、ミズミはまた横目で私を見、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。そして呆気にとられる私をさておいて、急に歩き出した。
「いや、一つ気になることを思い出してな。……まさかティナと話すことで気がつくとは……。――ティナ、感謝する」
「え、え? う、うん……?」
急に感謝されても私には意味が分からないけど――
ひとまずミズミの言葉に私は頷くしかない。
「……で、ティナ、肝心のさっきの話はなんだった?」
ミズミが思い出したように急に話題を振ってくる。きっとミズミは何か急に思い出して、私の質問が頭から抜けてしまったのだろう。――とは言われても、私も急なミズミのその言葉や態度に振り回されて、何を聞こうとしていたのかを忘れてしまっていた。
ああ、折角ミズミから話題を振ってくれたのに! 今なら聞けそうなのに……!
「えーっと、ちょっと待って……うーんとね……」
しかし残念ながら思い出すだけの余裕はなかった。洞窟の奥から奇妙な鳴き声が聞こえてきて、すぐにミズミがそれに警戒したからだ。
「……魔物だな……」
そう言って、すぐに構えるミズミの瞳は、既にあの紫色の光を放っていた。垂れ目の綺麗な瞳に似合わない鋭い眼光を洞窟の奥に向けるその様子には、緊迫感が漂っていた。
ミズミって戦闘態勢に入ると、瞳の色が変わるのね……。なんだか不思議な体質……。
なんて、危険な状況下なのに、呑気にそんなことを考えている場合じゃない。私もすぐに動けるように身構えた。
「……数が多いな……。ティナ、強行突破するかもしれんぞ」
私の方をちらと振り向いてミズミは真剣な表情で呟いた。そして静かに左手を伸ばすと、その長くて綺麗な指が私の右手を掴む。掴んだ手は細くて、やっぱり女の人だなあと妙に感心してしまう。
「どうするの? 走るの?」
私が尋ねると、ミズミは頷いた。
「魔物が突っ込んでくるタイミングに合わせて走るぞ。出遅れるなよ」
その緊迫した声に、私も緊張感が伝わる。乾いた喉に固唾を飲み込み、私は深く頷いた。
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