古の術1
林を抜けたところに、高い崖が見えた。その崖の一箇所に大きな穴が掘られており、それが洞窟であることはすぐに分かった。近づけば洞窟の奥からひんやりとした風が吹き抜けてくる。
「ぱっと見は入れそうだが……」
と、ミズミが左手で洞窟に触れると、たちまちそこにガラスの壁のようなものが現れて光を反射した。と、同時に彼女の手のひらもそこで侵入を妨げられている。
「すごーい! 結界ね」
私が声を上げるとミズミは振り向きもせずに頷く。
「ああ、でもこの鍵となる模様を当てれば――」
と、ミズミが右手の甲をそれに当てると――そのガラスの壁が水面のように揺らめき、その水面の波紋は入り口全体に広がった。ミズミが手を離しても、まだしばらくは波紋は揺れているようだ。
「さてと、これで入れるわけだな」
独り言のように呟いた後、唐突にミズミは私に振り向いた。見ればその顔が少々心配そうだ。その表情に私は思わず首を傾げる。
「どうしたの、ミズミ?」
「……ティナ、いいのか? この先はもっと危険だぞ」
言いながら洞窟の奥を見つめる彼女は、その表情を険しくする。私のことを心配してくれているのだろう。私は唇を尖らせて答えた。
「だって行き先ないし、何処行けばいいかも分からないし……それに」
と、私は彼女を見上げるようにして、悪戯に笑って見せる。
「私がいた方が、ミズミも楽でしょ?」
実際ミズミは強いけれど、でもその戦い方は少々乱暴だ。自分が傷つくことをまるで恐れない戦い方は、見ていて正直ハラハラする。事実ここに来るまでに私の治癒魔法は何度か彼女の傷(擦り傷やちょっとした切り傷程度だけれど)を癒している。
私の返しに、ミズミはため息をつきながら呆れるように言った。
「……変わった女だ」
「ミズミだって!」
私の返しに流石のミズミもぐうの音も出ない。思わず面食らって、開けた口をどうしようかとパクパクした彼女の姿は、滅多に見られるものじゃないだろう。珍しく彼女を言いくるめたことは、正直嬉しい。
「……洞窟の中は魔物も多い、気をつけろよ」
言いながらミズミはその洞窟の中へと足を踏み入れた。彼女に続いて私も洞窟の奥へを歩みを進める。徐々に光が届かない位置に来ると、ミズミは指先で何か文字を書くような素振りを見せた。見れば彼女が指を動かした跡に、光る奇妙な文字が浮かんで行く。光る文字はくるくると弧を描き、それが二つの円を象ると、そのまま円に囲まれて球体が浮かび上がった。
「わあ、何これ!」
その綺麗な球体に思わず声を上げるとミズミは淡々と答えた。
「まあ、いうなればライトだ。精霊族の使うライトの魔法とは少々違うだろうがな」
「へえ、そうなの?」
「……ティナも使えるんじゃないのか?」
心底驚いたように目を丸くするミズミと目があって、私は思わず考えこむ。私なら普通に使えるんだろうか……?
しかし、その疑問よりも先に、ずっと胸に引っかかっていた別の疑問が口をついた。
「て、いうかさ、ミズミ。その『精霊族』ってなあに?」
前々から気になってはいたけれど、あまりつっこむ機会がなかった言葉だ。闇族のことも分かったし、ようやく私はその質問をミズミに投げかけることができた。
「……はぁ?」
今までで一番、間の抜けた声だった。今度こそ素っ頓狂な声を上げ、あの整った顔に似合わないほど間抜けに口をあんぐり開けていた。
「おま……ティナ、お前、自分の種族のことも忘れてるのか?」
あまりに呆れられて私はなんだかバツが悪い。思わずごもごもと口の中で言い訳する。
「そ、そう言われても……覚えてないものは覚えてないんだもの……」
私の返しに、ミズミの方から優しいため息が聞こえた。ちらと目線だけ向ければ、先程までの呆れた表情は消え、真面目な表情の緑色の瞳が私を捉える。
「――精霊族というのは、この世界で一般的な人型種のことだ。魔力が高く、魔法の腕が立つ者が多い。精霊族の大陸では、他にマテリアル族というのも居ると聞く。俺たち闇族でいうところの樹族や獣族、とでも言えばわかりやすいか」
ぽつりぽつりとミズミは説明を始めた。私が顔を上げたことを確認して、ミズミは再び歩きはじめた。彼女の説明は続く。
「俺たち闇族とは違ってな、陰性の力ではなく陽性の力が強い。だからこそ逆に相反する闇族や魔物に襲われやすい」
「そ、そうなの……?」
「反発する力が強いから、自然と敵意を持ちやすいと聞く。最も、闇族の場合は――その理由ばかりではないがな……」
おそらく悪意を持って襲ってくる、ということを言いたいのだろう。私は彼女の言葉に頷いていた。
「ティナが治癒魔法に長けているのも、その精霊族に属しているからだろう。治癒魔法が使える家系はそう多くはない。その術がお前自身を知る手がかりになると……俺は思うがな……」
その説明に私は無言で頷いていた。そうか、ミズミが私の術を気にかけてくれたのは、そういう理由だったのね……。私の使う術の種類が特定出来れば、もしかしたら私自身が何者であるのかが分かるのかもしれない。
でもそこまで思うと、今度は彼女の術が気になってくる。
「ねえ、じゃあミズミの術は――」
私の質問が始まるや否やだった。前方からあからさまなため息が聞こえた。
「やはりそうくるよな……」
独り言のように呟く様子は、私の質問を既に予想していたのだろう。彼女のうんざりしたような口調は、語らずともあまり聞いてほしい話題でないことはすぐに分かった。とはいえ、私だって聞きたい話題でもある。私は質問を遮られまいと思わず口早に続けた。
「だって、ミズミがどんな人なのかって気になるじゃない? 私自身のことは話したくても話せないし……ミズミの話を聞いたら、何か思い出すかもしれないし!」
「それとこれとは全く関係ない気がするがな」
淡々と答える彼女の言い分は尤もだが、それでも好奇心は止まらない。
「だって……気になるよ。ミズミ、とても女性とは思えなくらい強いんだもん! 少なくとも、私はすごくびっくりした。そこらへんの男性よりも、全然強いんじゃないかな?」
「そりゃあな」
自慢するでも怒るでもなく、それすら淡々と答える彼女に私は一瞬驚くが、そう彼女に言わせるだけの「当たり前の実力」があるのも事実だろう。一体どれだけの術なのだろう? そう思うと、やはり彼女の術について詳しく知りたくなった。
「ねえ、ミズミのその術は魔法なの? 闇族なら普通に使えるの?」
「いや、闇族の中でも使えるものは……稀――だと思う」
奇妙な間だった。普段どおりの会話の筈だったが、唐突に妙な間をとってミズミはそう呟いた。まるで何かを考えこむかのように。
「稀、なんだ? じゃあ一般的には使えない術なの?」
普通に質問を投げかけたつもりだった。しかし予想外にも、彼女からは沈黙が返ってきた。急な沈黙に、私は次に言葉を投げかけていいのか戸惑う。
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