プロローグ3



*****


 酷い雨の日だった。分厚い壁の向こうで雨が容赦なく降り続いて、その音が遠くに聞こえた。しんとした部屋の中で、男は退屈そうにため息を付いた。

 殺風景な部屋だ。黒色の石で作られた、やけに広い部屋はただそれだけで、飾りも何もない。そこに大きく広げられた真っ赤な絨毯がいやなほど色鮮やかに映えて見える。しかしその絨毯ですら、端は破れ所々に穴がある。そこに置かれたぼろぼろなソファも、元は白い布で覆われていたのだろう。今はくすんであちこちに穴があり、酷く見窄らしく見えた。

そこに座り込みため息を漏らす身長の高い男は、じっと窓の外を眺めていた。窓の外もわずかには明るかったが、部屋と同じような重たい色をしていた。

「退屈そうだねぇ」

 部屋の遠くから、男にしては甲高い間抜けな声が響いた。開きっぱなしの両開きの扉から顔だけ先に出し、男はそこから部屋の中に足を踏み入れていた。

 部屋に入ってきた男は、緑の髪を肩辺りまで伸ばし狭い額を出していた。その平らな額の下には薄っすらと開かれた細い目、その下には小さな鼻に小さな口。少々間抜けに見える顔立ちだ。その上男は服装も深緑色をしていて、まさに緑の男といった様子だ。薄い唇をへの字にして、この男もまた退屈そうにため息を付いた。

「スティラ様が出てからしばらく経つからねぇ。そろそろ何か音沙汰あってもいいのに」

 言いながら男が歩み寄ってくると、肩にかけた奇妙な服が歩みに合わせて揺れる。腕の通されていない袖は、ヒラヒラと歩くたびに後ろになびいた。

「何も気配は変化ないの?」

 ソファに腰掛けた男が初めて口を開いた。わずかに首を傾けて問うと、その長い黒髪も揺れる。腰まで届くその黒髪の隙間から、男の長い耳が見えた。先の尖った長い耳は、彼が通常の人種でないことの証だ。目の上でバッサリ切られた前髪の下で、切れ長の瞳は穏やかに、緑の男を映していた。

「変化……今のところはないねぇ」

 黒髪の男の問いに答えながら、緑の男はソファまで歩み寄ってきた。それを切れ長の漆黒の瞳で追いながら、また男はため息を付いた。

「……俺も行けばよかったな」

 退屈感を丸出しに呟く男に、細目の男はケラケラと笑った。

「流石に無理だよ〜。スティラ様あんなに嫌がってたじゃない」

 そうなんだけどさ、と呟く黒髪の男を横目で見ながら、細目の男は微笑を浮かべたまま言葉を続けた。

「確か、今回の目的は奴隷商人を懲らしめるって話でしょ。きっとスティラ様、奴隷に紛れて入り込んでいるんだと思うんだよねぇ」

「ミズミが奴隷か……大丈夫かな」

 一瞬眉を寄せて黒髪の男が呟くと、また細目の男はケラケラと笑った。

「大丈夫っていうか、手を出す男は命がけでしょ〜! 手を出した途端、殺されてそうだよね」

「はは、確かにね」

 黒髪の男はその言葉に短く笑うが、すぐに窓の外に視線を送りまたため息を漏らす。

「とはいえ、ちょっと心配だな……」

 その言葉に、細目の男は意味深にニヤリと笑った。一呼吸置いて細目の男は小さくささやくように言った。

「ハクライってスティラ様のこととなると、心配性だよねぇ」

 そのにたついた男の声に、ハクライと呼ばれた黒髪の男はちらと目線だけを投げてよこした。切れ長の鋭い眼光の筈なのだが、そこにちっとも恐怖感も威圧感も含めない。むしろ間抜けに見てくるその視線を受けて、細目の男は逆に視線を外した。その真っ直ぐな視線を受けるのはあまり居心地がよくないのだろう。頭を前かがみに下げると、緑の髪が男の表情を隠し、彼はその下で小さくため息を付いた。

「ま、ボクも心配はするけどねぇ」

「うん」

 素直なその返事に細目を薄っすらと開いて、緑色の男はつまらなそうに窓の外を見た。期待通りの返事が来ないことが少々面白くなかったのだろう。黒髪の男と同様に一つため息を付いて雨の降る様を眺めて、しばらくたった時だった。

 急に細目の男の表情が曇った。声を出したわけでもないのだが、まるでそれを察したかのように、黒髪を揺らして急に男は振り向いた。

「……メイカ……?」

 名を呼び、首を傾げる男の視線の先には、先程までの軽い雰囲気が一変した細目の男の姿があった。珍しくあの細目を開いて、窓の先を睨むように見つめる男の瞳は、鋭く光っていた。

「……やばいな……」

 思いがけず男の声色が重いことに、ハクライの表情も曇る。

「どうしたの?」

 わずかに声色を低くして問う男にも緊張感が走る。細目の男はそんな男を見ることなく、目線を窓の外に向けたまま、一瞬唇を噛んだ。小さく舌打ちをする音の後に、静かに男は言葉を紡いだ。

「……スティラ様の気配が消えた……」

「……!」

 その言葉に、黒髪の男は立ち上がっていた。


*****


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