夢ならば、覚めないで。もしくはどれほど良かったか

 昨晩、夢を見た。いつも一緒に居る親友で、幼馴染みの川崎と……キスをする夢だった。なぜかはわからないけど、とてもリアリティがあった。吐息やキスした時の温もりすら感じられる夢だった。俺は終始ドキドキしたままだった。そして、夢の中の川崎が何か言おうとしたところで目が覚めた。起きても俺はドキドキしていた。そしてずっと心の何処かで感じていた事に気がついた。俺は、川崎の事が好きだ。


−−−−−−−−

 朝飯を食い、身支度を急ぎ、いつものように学校へ向かう。途中で川崎と合流して通学路を歩く。いつもと違うのは、隣を歩く幼馴染みをずっと意識してしまっていることだ。


「さっきからどうした?富士?なんだかそわそわしてるじゃん?」流石は幼馴染みと言ったところ。俺の些細な変化も気づく。


「……なんでもないよ。心配いらないから。」思わず俺はそう言ってしまう。まさか、あなたに惚れました何て言えるわけも無い。


「そうは言ってもさ、何か気になるよ。……何か心配事があるなら相談乗るよ?」


「うん。ありがとう。でも何か深刻な問題があるわけじゃないから。」


「そっか。でも、何か言いたくなったらいつでもいいからね?」


「ああ。」俺はそれだけ返す。……言いたいこと、か。もし言ってしまったらこの関係はどうなってしまうのだろう。少なくとも……気のいい幼馴染み同士では居られまい。


 そんなことを考えていると学校に着いた。俺と川崎は違うクラスだから俺達の学年のフロアへと階段を登ったところで別れる。そして、自分の教室、自分の席でため息をつく。


 「どうすりゃいいんだよ……。」幸か不幸か、その言葉を聞いた者は居なかったようだ。


−−−−−−−−


 結局、今日は授業も身が入らなかった。ずっとぼんやりしていたからか、周りからはどうしたなんて心配されるけどまさか色恋沙汰なんて言えるわけも無い。下校時間になり、今日は俺も川崎も部活は無いから生徒用玄関でいつものように待ちあわせだ。こんな時間でもどうにもそわそわしてしまう。


「やぁ!富士!待たせてごめん!」


「いや、構わないよ。」


「じゃあ行こっか。」そんなやり取りをして俺達は歩き出す。


「そうそう、聞いたよ〜富士!今日のお前は随分とぼんやりしていたそうじゃないか!」


「そ……それをどこで……?」


「石川のヤツがいってたぞ!らしくないってね。私もそう思うよ?」


「そうか……。」


「……ねえ、私は頼りにならないかな……?富士の力になりたいんだけど……?」


「……気持ちは有り難いよ。でも、これは俺の内面の問題だから……。」そうだ。勝手に夢を見て、それで勝手に惚れて、あまつさえ勝手に悶々としているんだ。これが内面の問題では無くては一体何なんだ。


「……そっか。今朝もそうだけどしつこく聞いてごめんね。」


「いや、川崎の謝ることじゃない。気にすんな。」


「うん。……ところでさ、私昨日告白されたんだよね。」


「えっ……返事は……?」


「もちろん断ったよ。その人の事が嫌いって訳じゃないんだけど、私はもっと別な人が好きな気がしてね。」


「そっか。それならそうするのが一番か。」告白を断ったと聞いて、正直安堵してしまった。俺も随分と浅ましい人間のようだ。


「うん。ただ私は誰かが好きだって明確にある訳じゃないんだよね。なんか、ぼんやりとしてるって言うか。」


「ぼんやり、ねぇ。考えてみれば川崎はどんな人を好きになるかっていうのは俺も想像できないな。」少なくとも、俺が恋人として選ばれるとかはあるまい。


「……そう?幼馴染みならわかりそうな気がするけど。」


「だからこそわからないのかもな。ま、相手が誰でも俺は祝福するけどな。」祝福するってのは本心から思っている。けど、実際にできるかは今となってはわからないが。


「……そう。ならさ、もし私が富士を好きだったらさその時はどうするの?」


「えっ……!それだったら、俺は、付き合ってほしいかな。川崎はとても大事な人のひとりだからさ……。」しまったと俺は思った。突然の質問に動揺して本心を言ってしまった。話の流れととってくれればいいけど、いや取ってくれ。でないと俺は川崎とはもう二度と……!


「……それじゃあさ、私言いたいことがあるんだ。」覚悟を決めたのかさっきよりもほのかに紅色に染まった頬をしながら川崎は言う。


「何……?」とても不安だと自分でもわかる声色で俺は聞いてしまう。まさか、好きな人がいるとかなのかよ。やめてくれよ。好きだと気がついたその日に!


「さっきはよく分からないって言ったけど、もしかしたら私、富士の事が好きかもしれない。でもそれが異性としての物なのか、それとも幼馴染みとしての物なのかがいまいち判別がつかない。だから……一回恋人という関係になってほしい。……駄目かな?」


「えっ……ええっ!?」まさか、そんな、こんな、ことが、いや、これって実質的な告白!?



「……だ、駄目なの?」俺がまごまごしていると川崎は目を潤ませながら聞いてきた。


「いや、……そんなまさか!駄目なわけ無いだろ!」俺は慌てて否定する。こんなとこで振ったと思われたら一生後悔する自信がある。


「……それじゃあ?」少し、川崎の顔が明るくなる。それを見た俺はきっと少しばかり顔を赤くしているのだろう。


「あぁ。付き合おう。改めて、よろしく……。」まさか、好きだと気づいたその日にこんな風になれるとは完全に予想してなかった。ここ数年で一番幸せな気分だ。


「……うれしい。じゃあ、記念に……。」そう言うと、川崎はずいと自分の顔を俺の顔に近づけてきた。そして、『近い!』なんて言おうとした俺を唇を重ねて黙らせて来た。柔らかく、暖かい感触が俺の唇を包む。……まさか、今朝の夢は正夢なのか?

でも、夢で見たより遥かに心地よい。そしてキスが終わった後、川崎は言った。


「……えへへ。ファーストキス、あげちゃった!」きっと、これが今朝の夢の続きなんじゃないか。俺はそう思った。

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