ファーストキスは唐突に。意外と自分への好意は気が付かない。

 「ねえ、私とキスしてくれない?」とある休日の昼下り、文化祭の準備の最中のたまたま二人だけの教室。突然こんなことを大隅に言われた俺は当然困惑した。


 「確かに俺らは仲いいけどよ、でもそれは友人関係であって恋人関係じゃねえぞ?なのに何でいきなりキスとかそういう話になるんだ?」


「だってさ、今度の文化祭でやる演劇でさ、あのイケメン君とキスシーンあるわけだけど私今までキスしたことないのよ。でもさあいつ悪い奴じゃないけど好きな奴では無いからさ、そういうのがファーストキスの相手って何か嫌なのよ。」……なんだかめちゃくちゃな論理である。


「なんだよ。それだったら俺は顔悪くわねーけど良くもないぞ。俺のほうが余計にファーストキスの相手にふさわしくねーじゃねえか。大人しくイケメン君とキスしてろよ。」当然俺は言い返してやる。……言い返したりしないほうが良かったか。別に俺は大隅が嫌いな訳じゃない。ましてや……心惹かれている訳だ。でもこれ幸いと聞き入れるのは最低な男のやることだ。……これでいい。


「……あんただってそこそこハンサムよ。ていうかあんたの方がよく知ってる分マシってことよ。……それに……いや、何でもない。」


「なんだよ。気になるじゃねえかよ。」


「いいから。……それとやっぱりあんたとキスするのやめとく。何か……こんな形でやっちゃダメな気がするから。」


「……そうか。わかった。」なんというか安心したような、落胆したような。そんな気持ちが混ざった状態だ。……しかし、仲が悪くなくても異性として意識されてないというのを突きつけられるのは……流石に堪える。


「ところでさ、文化祭は誰と回るの?」


「俺は能登と回るつもりだけど。」


「ふうん。まあ国東くんと能登くんは親友だもんね。」


「まあな。竹馬の友ってやつだ。そっちはどうするんだ?」


「演劇の出番が終わったら友達と回る。」


「そうか。……楽しめるといいな。」


「うん。」


 俺はいつもなら言えていたついでに俺らとも回らないかなんてことが言えなかった。俺はどうにも、意気地が無いらしい。


 ああだこうだしているうちに帰宅の時間になり、俺も家路につく。帰り着くと俺は着替えもせず自室のベッドに倒れ込む。そして何も無い天井を眺めていると思わず昼間言われたことを思わず呟いてしまう。


 「知ってる分マシ、か。」自らの言葉に自嘲が混ざる。……俺が大隅から異性としてどう見られてるかというのがこの言葉に多分に含まれている。そんな気がする。なんだか告白もしていないのに振られた気分だ。……本当にキツい。


−−−−−−−−

 それから、数日経ち文化祭の日になった。俺は開始時刻まで最終的な準備をしながら待っていた。確か演劇の時間は今日の午前中だ。……大隅はなんだかんだで例のイケメン君とファーストキスするのだろうか?そして、俺はそれを見ているだけか。別にそれで付き合い始める訳ではないと解っているが……それでも見ていたくないと思ってしまう。でも仮にも友達が主演を張るのだ。なら見なくてはなるまい。


 そうこうしていると、文化祭の開始時刻になった。俺はクラスに割り当てられた控室に向かう。出番の無い者はここで休憩できるのだ。ただ開始早々控室に来る奴なんて居ない。入ってみても俺だけだった。時間は午前九時。演劇の開演時刻まではあと一時間ほど。夏の太陽が窓から差し込む。文化祭が終わって少ししたら夏休みだ。その時俺は誰と過ごすのか、やはり能登かなんて考えていたら、ガラリと音を立てて控室の戸が開いた。


 「やあ。」そう言ったのは大隅だった。既に演劇の衣装に身を包んでいる。


「……似合ってるじゃん。頑張れよ。」


「ありがとう。……それとね、少し言いたいことがあってね。今良いかな?」


「構わないけど……何だ?」


「……私、あなたの事が好き。」


「え?」……俺の口から出た言葉はそれだけだった。


「……この間はあんな事言ったけどね、私国東が好きなの。……だからね、もしそっちが良ければ私とキスしてくれないかな……?……私だって、ファーストキスは好きな人としたいもん。」


「……本気か?」


「この期に及んで冗談なんて言うわけないでしょ……。」


「……わかった。でも、その前に。」俺はひとつ、深呼吸する。


「俺……大隅の事が好きだ。」


「えっ……!」とても驚いたのか、大隅はとてもうろたえている。


「だから、その……。これっきりじゃなくて、俺と付き合ってくれないかな?」


「……うん。良いよ。」大隅は快諾してくれた。なんだか、嬉しいようなむずむずするような、そんな気持ちに包まれた。


「じゃあ、本題のキス……いくよ?」


「ああ。わかった。」


 俺達はゆっくりと顔を近づけあった。間近で見てみると、大隅の顔は整っている。そんな子と今から唇を重ねると思うと、とても緊張してくる。心臓はまるで早鐘のようになっている。そして一呼吸おいた後、唇は重なった。心地の良い柔らかさと暖かさが俺の唇に伝わってくる。時間にして数秒か、それだけ重ね合った後俺達は顔を離した。


「……これで、ファーストキス……だよね?」


「ああ。お互いな。」これだけ言葉を交わした後、暫しお互い何も言わない時間が流れる。なんだか、急に照れくさくなってきたのだ。


「それじゃあ、行ってくる。」


「頑張れよ。俺も見に行く。」


「ありがとう。じゃあ、また後で。」そう言って大隅は控室を去って行った。


 また一人だけになったこの部屋で余韻に浸る。たぶん、今の俺はニヤニヤしているんじゃないだろうか。さすがにこんな顔を見られたくは無い。俺はぱしんと軽く自分の頬をはたき、気を引き締めた。さて、文化祭を楽しもう。


−−−−−−−−

 大隅が出演した演劇は大盛況に終わった。演目が古典的名作でもあるロミオとジュリエットというのも手伝ってか観客からの評判も上々らしかった。しかし、俺が一番驚いたのがキスシーンが無かったことだ。大隅にどういうことかと聞いて見ると、例のイケメン君、名前は三浦というらしいが、三浦君が気を利かせて演出を変えるよう脚本担当の子に言っていたらしい。どうやら大隅がキスをしたことが無いというのを何となく感じ取っていたらしく、ファーストキスを貰うのは気が引けていたようだ。イケメンなのは顔だけでは無いらしい。


 結局ファーストキスがどうのこうのというのは空騒ぎだったわけだ。でも、悪い気はしない。それが無ければ大隅と付き合うことも、……お互いのファーストキスの相手になることなんて無かった訳だから。


 演劇の後、俺は大隅と文化祭を回ることにした。色々見ていると俺達に気がついた能登は「お前らいつの間に?」なんて言ってたりしていた。けれど「俺はお前らの邪魔しないで別なヤツと回る」なんても言ってくれた。実にありがたい。


 そんなこんなで俺達は色々見て回り、文化祭を楽しんだ。二人で別なクラスの模擬店でコーヒーを飲んでみたり、自分のクラスが出してる催し物を見てみたり、俺はこんなひと時があるなんて思いもよらなかった。大隅と文化祭を楽しむ。それだけで大事な思い出だ。俺はこの日の事はずっと忘れることは無い。そう思える一日だった。


 文化祭は終わる。でもこれからの日々は大隅と一緒。その日々が今から楽しみだ。

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